危機一髪
セナは、くすねてきた飲み物に小瓶の毒を全て流しいれた。
ミーシャとの待ち合わせ場所である庭園の噴水の縁に座り、落ち着かずにきょろきょろと辺りを見渡す。
コップを握りしめミーシャが来るのを今か今かと待つ。
(来るかな……もう、どうしよう。ここまで考えるので精一杯でこれからのこと考えてない!)
(どうやって飲んでもらおう。来てくれてありがとう! 疲れてない? はい、飲み物!……みたいな?)
セナが冷や汗をかいてぐるぐると思考を巡らせていると、ぞわっと背筋に悪寒が走る。
上に気配を感じて、見上げると月明りに照らされる夜空に浮かぶ人の姿があった。
「へ? アロクロ様?」
アロクロは目の前に下りたつ。
凍り付くような紫色の瞳だったが、セナを認識すると徐々に殺意が懐疑へと移り変わった。
「……貴様、見たことあるな。まさか、貴様がセナ、か?」
「は、はひ、そうです……な、なんでアロクロ様がここに?」
「ミーシャはどこだ? 来てないのか?」
「ま、まだ来てないです」
(ひゃーーーー! 推しと同じ空気だ! しかも、話しちゃった!)
セナの思考が停止してしまい、顔を真っ赤にして、機械のようにぎくしゃくとしか身体が動かない。
アロクロが顔をしかめて(どうしたんだ、この娘は?)と思ったがミーシャの方が大事なのでその態度には追及しなかった。
「何故、貴様がミーシャを呼ぶ? 何の用だ?」
「へ、あーと飲み物……そう! 美味しい飲み物があるから、あげよう……かなーって……」
実に苦しい言い訳で、猜疑心でいっぱいなアロクロの視線がぐさぐさ刺さって痛い。
(作戦失敗! 諦めよう! 次の手を考えればいいんだから!)
「ちょーーっと、入れ違いになっちゃったみたいです。ま、また今度にしますー」
早々に見切りをつけてこの場から立ち去ろうと、立ち上がって背を向けた。
「おい待て、そんなわけが……」
アロクロが腕を掴んでセナをひきとめようと、セナの腕に触れた時。
「ひゃあーーーー!?」
驚きすぎて振り返った拍子に手が滑って飲み物をアロクロの顔にぶちまけてしまった。
セナは、まさかの自身の行いに絶望で顔面蒼白になる。
「あ、あ、あぁ、アロクロ様の……大事なお顔にぃ……」
「よくも貴様……っ!? くっ……あぁ」
「ア、アロクロ様っ! そんなっ、どうしようっ、これには毒がっ!」
「ど……く……?」
アロクロは、飲み物を被った時に少し飲み込んでしまった。
飲んでしまった量は多くないはずなのに、尋常ではないアロクロのもがき苦しむ姿にセナは涙目でおろおろするばかりだった。
「アロクロさま……ひっく、どうしよう。こんなことしたかったんじゃ……アロクロ様……」
アロクロはしゃがみ込んで頭を抱える。
そして、もがき苦しんでいたのに、その動きがぴたりと止まった。
セナがアロクロに触れようとかがむ。
「アロクロさま……だいじょう……」
「触るな人間」
触れようとした手ははじかれ、じんじんと痛い。
全身が凍ってしまうほど冷たい声だった。
アロクロは、ふらふらと頭を抱えながら立ち上がった。
辺りを睨みつけるように見渡す。
「どこだここは……頭が割れるようだ……」
ぶつぶつと話すアロクロに、セナは話しかけようにもできなかった。
アロクロの紫色の瞳は冷酷で、へたに話しかけられる様子ではない。
(う、嘘……アロクロ様の記憶が無くなっちゃったの!? どうしよう……ミーシャのこと忘れたのかな……)
(でも……ちょっと怖い!)
震えるセナを見下すように睨む。
「おい小娘、ここはどこだ?」
「アトラン帝国のお城です……」
「アトラン帝国……なんでオレが……?」
「あ、あのぅ……ミーシャってわかります?」
セナはビビりつつも、希望を見出さずにはいられず、ついに聞いてしまった。
しかし、アロクロは鬱陶しそうにセナを睨み、頭を鷲掴みにしてきた。
「ひっ、痛い! 痛いです!」
「甲高い声で必要以上にしゃべるな。頭に響く……このまま永遠に黙らせるか」
「や、やめてっ! やだやだ! 痛い!」
黙らせるという意味が命の終わりであると悟ったセナは、泣きながら懇願するが、それが余計にアロクロの癪に障ってしまい、手により力を込められる。
(う……うぅ、ごめん。また駄目だったみたい。ごめんねラ……)
もうだめかと諦めかけた時、光の矢がアロクロの手をめがけて飛んできた。
アロクロは矢が突き刺さる前にセナから乱暴に手を離し、羽ばたいて後ろに大きく下がって距離をとり、矢をうってきた方向に身構える。
「いやいや、警備を任されていてよかったよ。かわいい小鳥を乱暴に扱うとは、ずいぶんとおいたが過ぎるじゃないか……アロクロ君。いや、その感じだと魔王君、かな?」
「誰だ貴様は……」
矢を放ったのは聖女のネリネであった。
ネリネはくすりと笑みを浮かべて、どこからともなく光の矢を生み出す。
「君はこれくらいでは死なないだろうから、全力で止めるよ」
アロクロに向かって矢を放つと、矢はいくつも枝分かれし、アロクロを激しく襲う。
しかし、アロクロは、矢をかわすか魔力ではじいていて無傷だった。
「なんだ貴様っ……オレは今、虫の居所が悪いんだ。貴様もあの世に送られたいか……」
「それは困る。ワタシは堂々と生きると君に誓ってしまったからね」
「……なんの話だ?……くっ」
アロクロは、再び頭を抱えてふらついた。
呼吸が荒く、額から汗がつたっていた。
「しかたがない……その首洗って待っていろ」
アロクロは羽を広げ、夜の闇の中に飛び去ってしまった。
ネリネは、仕方がないなぁと言ったようにため息をついた。
(ネリネしゃまだぁ……聖なる力で戦う姿、かっこいぃ……)
セナがうっとりネリネの背中を見つめていると、ネリネがくるっと振り向いてにこりと微笑む。
「さて、どうしてこうなったか、聞かせてもらえるかな? いたずらなことり」
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ミーシャは本を読んでいたのだが、いつの間にか眠気に負けてしまっていたようだ。
机に突っ伏していたせいで、おでこが赤い。
身体を無理やり伸ばすと、あちこちが悲鳴をあげる。
窓を見るとすっかりと暗くなっていて、自分の不甲斐なさに苦笑いになる。
「う……くぅー……はぁ、集中が続かないなぁ、訓練だったら違うのに……もう、すっかり夜だ。ここから建国祭の会場って見えるのかな?」
様子を見ようと外のバルコニーにでた。
見上げると満月がぽつんと闇夜に浮いている。
「はぁ………」
「会いたいって思うのはわがまま、かな……」
「おい」
部屋のバルコニーでまわりに人がいるはずがないのに、話しかけられた。
ミーシャはその声に聞き覚えがあるのだが、知っている声とはかけ離れていた。
「……アロクロ? アロクロなの? どこ……っ!?」
突然、衝撃とともに壁に追いやられ背中がぶつかり、首を掴まれた。
息はかろうじでできるが全身が氷のように冷たくなり、思うように動かない。
そして何より、自分にこんなことをしているのがアロクロで、ミーシャの頭は全く状況に追い付かなかった。
「アロ……ク」
「何だ貴様は? オレに何かしたのか? 貴様を見た瞬間、余計に頭が割れるように酷く痛む」
「な……どうし……たの?」
訳が分からなくなって、ミーシャの目じりに涙が浮かぶ。
首が絞められていることよりも、アロクロが自分に向ける冷たい視線の方がよほど心をえぐった。
(なんでアロクロがこんなことするの? 冷たい瞳……本当にどうして)
(わかんないよ……)
視界がかすみ、ミーシャの我慢の限界がきて、ぽろぽろ雫が赤い瞳から流れた時、アロクロは首を絞めていた手をばっ、と離した。
ミーシャは体勢を崩して、その場にへたれこんだ。
アロクロは、混乱したように手を見つめ、ミーシャを見る。
「おい……」
「う……ひっく」
「おい、泣くな……頭に響く」
「泣くよ……久しぶりに会えたと思ったら、こんなこと……ねぇ、何かあったの……?」
手が離されてもミーシャの涙が止まるはずがなく、むしろより涙が溢れてきてしまった。
アロクロは、悪いと思えてきたのか、どうしていいのかわからないのか、棒立ちだった。
ただ、ミーシャを置いて立ち去る様子もない。
「……ぐず………アロクロ、どうしちゃったの……あたしに嫌なところがあるのなら、話してよ」
「貴様に話すこと……など……話す、こと………?」
アロクロは頭を抱えて、口をつぐむ。
アロクロが黙ってしまって、ミーシャもこれ以上どうしていいかわからない。
「……あたしと話すのも嫌?………わかった」
ミーシャはふらりと立ち上がって、部屋の中へと向かおうとする。
「おい、どこに……」
「今、頭がぐちゃぐちゃだから……冷静になりたい……あたし、エリザベスの部屋にいさせてもらっているから、アロクロは向こうの部屋に戻ってよ……落ち着いてから話そう」
「向こうの……?」
ミーシャは部屋の中に入り、扉を閉めた。
暗い部屋の中に奥に行くにつれて姿が闇に消えていった。




