おいてけぼり
「えっ、また、でかけちゃうの……?」
ミーシャが城の二人の自室に戻った時、アロクロは外出の準備をしているところだった。
「あぁ、ルクスから土地をもらったからな。帝都にやっかいになってる仲間の移住をしなきゃいけないし、まず、土地は元の通りじゃないだろうから直接見てこないとな」
「じゃあ、あたしも行く!」
「フフ、可愛いこと言うな。でもな、長距離移動する必要がある。しかも、何度も往復するから、ミィ、お前じゃ大変だ」
「でも……あたしだって役に立ちたいもの……」
アロクロは、しょんぼりするミーシャの頭をわしゃわしゃとなでて、ほっぺたをむにむにとした。
もちゃもちゃにされて、ミーシャはこちらは真剣なのに、と少しむっとして睨む。
「なら、オレがいない間、代わりに妹たちの話し相手になってやってくれ。あいつらもお前なら喜ぶだろうから」
「……うん」
むっとしていたのに寂しさが勝ったのか、ミーシャのしょんぼり顔が帰ってきた。
困ったように笑うアロクロがミーシャの額に口付けすると、ミーシャは慌てふためいて頬が赤くなる。
アロクロがくすりと妖艶な笑みを浮かべると、心臓がどくりと跳ねた。
「そんな顔するな。帰ってきたら、かわいがるから……たっぷりとな」
「へっ!?」
「じゃあ行ってくるな、ミィ。すぐ戻るさ」
アロクロは、頬に口付けをして、荷物を抱えて出ていってしまった。
残されたミーシャは頭の中の整理が追い付かないまま、口付けされた頬をさする。
そして、しばらく放心しながら立ちすくんでいると、大事なことを思い出す。
「あ、話があるって言うの忘れてた……」
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ミーシャは空いた時間ができたので、さっそくアロクロの妹のナロクロと義理の弟であるタクトが住む集合住宅を訪問した。
二人は生活をこの帝都で送ることに決めたらしく、着々と生活基盤を整えていた。
(ナロクロさんとタクトさん……色々みんな忙しかったから、ゆっくりとは話せてないな)
ミーシャが扉を叩くと、くるりとはねる灰色の髪を持つ優し気な青年がにこやかに迎え入れてくれた。
青年の腕には、にこにこ顔のナロクロがぎゅっとくっついている。
「いらっしゃい、ミーシャちゃん」
「いらっしゃい! 姉貴!」
「こんにちは、タクトさん、ナロクロさん」
部屋にあがり、ミーシャが持ってきたお土産を渡している間、タクトがお茶を用意してくれた。
二人が暮らす部屋は、様々な装飾品を作る職人であるタクトの影響で工房兼住まいとなっている。
壁には装飾品を作るための道具がかけられている。
ミーシャは、初めて見る職人の部屋を瞳を輝かせながら眺める。
「タクトさん職人なんですよね。こんなにたくさん道具を使うんだ……かっこいいなぁ!」
「いやいや、ゼロから集め直している途中だから、足らないものばかりだよ。でもよかった、時間が経ったと聞いたときはどうかと思ったけれど、まだ僕の腕が通用して……おかげでこの帝都での仕事も見つかったからね」
「たぁくんはすっごい職人さんなんだ! 情熱だって誰にも負けないし! 初めて会った時も、装飾に使う珍しい石を探すためだけにアタシたちの村にやってきて、追い出そうとしたアタシにボコボコにされつつも諦めなかったもんね……惚れちゃった」
「て、照れるよ、なぁちゃん……」
「だって、ほんとなんだもん! たぁくんカッコいい! たぁくん世界一!」
なかなか刺激的な出会い方をしているのに本人たちにはいい思い出なのか、二人とも照れている。
そして、二人の世界が始まってしまい、どうしていいかわからないミーシャは「あはは……」と乾いた笑いをするしかなかった。
タクトがやっとミーシャが困っているのに気づいて、恥ずかし気に頭をかいた。
「ご、ごめんね。つい……」
「う、ううん、むしろ二人の大事な時間を邪魔しちゃってごめんなさい。封印が解けてやっとだもんね」
「まさか、結婚式の前夜にあんなことが起こるだなんて……本当は死にかけていたのだけれど、聖女様の本の中だと回復するみたいでこのとおり元気な身体になったよ。職人として大事な手もこのとおり無事だった……」
「けれど、たくさんの人間も魔族も亡くなったと思うと……」
悲しく目を伏せるタクトを見ると、ミーシャもつられて悲しい表情になってしまう。
しかし、ナロクロが元気をだしてと言わんばかりに、ばんばんとタクトの背中を叩いて、にっこりと満面の笑みで笑いかける。
「生きてるアタシたちは今を一生懸命生きればいいの! もうあれ以上悪いことなんてなかなか起きないよ」
「うん、そうだね。それが僕たちにできることだ……結婚式もきちんとやり直そう。君の花嫁姿、みたいからね。それで、これから一緒にうんと幸せになろう」
「たぁくん……」
タクトとナロクロが見つめ合い、ループのように二人の世界が再び始まってしまった。
諦め始めたミーシャは、二人が世界に浸っている間、心に引っかかっている言葉を考えていた。
(結婚かぁ……魔族にもあるんだよね……結婚……アロクロと)
(どうなんだろう……あぁ、やっぱりアロクロがでる前に聞いとけばよかった! もやもや……する)
ミーシャがあまりにもぼーっとしてしまい、二人の世界から帰ってきたナロクロとタクトが心配そうに顔を見る。
「姉貴、大丈夫?」
「へ? あ、と、大丈夫、大丈夫……あ、でもナロクロさんにちょっと相談というか聞きたいことがある、かも……」
「聞きたいこと?」
「ナロクロさんに、アロクロがあたしのことについてなにか……言ってたりする? 例えばその……これからのこと、とか……」
ミーシャが顔を真っ赤にして、俯きながらもじもじと手を絡ませる。
すると、タクトがにこっと笑って「あ、それなら……」と話し出そうとしたのだがナロクロがバチン!とタクトの口を塞いだ。
「ひはいよ、はぁひゃん」
「たぁくん、兄貴から頼まれたこと忘れたの!? ひ・み・つ!」
ナロクロがこっそりとと耳打ちすると、タクトはハッとした。
幸い、ミーシャは、俯いて考え事に浸っていたので、内緒話は聞こえていないようだった。
ナロクロが手を離し、二人ともぎこちない笑顔になる。
「な、なんも聞いてないかなー、あぁ、でも、心配する必要ないんじゃない? 兄貴は姉貴のこと好きだし?」
「うんうん、僕もそう思うよ! あ、あーそうだ、ミーシャちゃんにお礼がまだできていなかったから、よかったらミーシャちゃんにアクセサリーを作ってもいいかな? うん、ぜひ作らせてほしいんだ!」
「へ? いや、別にあたしだけの力じゃ何もできなかったし、いいよお礼なんて」
「ダメ! お礼はするの! ほらほら、身体のいろいろ測らないとだから、ちょっと立って!」
「えぇ……?」
ミーシャは、二人のぎこちない笑顔と変に強引な態度に首を傾げるが、流されるままナロクロに採寸されていく。
アクセサリーと言っていたのに、身体の隅々まで測られて、いったい何が出来上がるのかと想像できなかった。
「な、何つくるの?」
「それは、出来上がってからのお楽しみだよ! もう少しだから、我慢してね!」
採寸が終わり、少し話をしていい時間になったのでミーシャは城に戻っていった。
ミーシャが帰り、ほっとナロクロが息をつく。
「もう、たぁくんがぺろっと話しちゃうかとひやひやしたよ!」
「ご、ごめんね」
「でも、兄貴も兄貴だよ。姉貴を寂しくさせるだなんて、よくない! さっさと言って安心させてあげればいいのに……あ、そうか……そうだ! 兄貴はかっこつけたがりだ! まったくもう……寂しくさせてるとそこらの男にかっさらわれたらどうするのっていうの!」
「まぁまぁ」
ぷんすかと怒るナロクロをタクトが背中を撫でてなだめすかした。




