否定
医務室の寝台で主人公が眠っているのをミーシャが不安そうに見つめる。
エリザベスが励ますように、ミーシャに寄り添った。
「お医者様が仰るには、疲労がたまっているそうよ。ゆっくり休んで、栄養を取れば大丈夫だって……」
「うん、よかったよ……」
ルーニャが首を傾げる。
「ミーシャのお友だちですか?」
「友だち……ではないけれど、知り合いかな?」
「そうですか……料理長の料理を食べたら、よくなりますよ!」
ルーニャがにぱっと笑うと、ミーシャも遠慮がちに微笑んだ。
(あたしって性格悪いな……あたしが心配してるのは、もし、主人公であるこの子と関わることで何かシナリオが関わってくるかもってことだもの……はぁ……でも、放っておけないよなぁ)
ふと、エリザベスの頬に温かくて、くすぐったいものが触れた。
視線を向けると妖精イノがエリザベスにすり寄っていた。
「イノ……」
(リズ こまってる? ボク たすけたげるよ!)
イノが突然現れて、ミーシャもルーニャも顔を歪める。
「エリザベス様っ、ご心配なく! 今すぐつまみだしますからね!」
「ルーニャ、この子は大丈夫よ。それに、つまみだしても、またどこからでも入ってこれるわ」
(どうして、他の妖精と違って姿も見せるのかしら……寂しいのかな……)
エリザベスが悩みつつも、手のひらにのせて頭をなでると指にすり寄るイノを見てほっこりする。
そんなイノをルーニャはもちろん、ミーシャも不快だという気持ちを前面に表した顔で睨むので、イノはぷるぷると震えだした。
(こわ……こわい……)
「ミィ、ルーニャ……気持ちはわかるのだけれど……」
「だって、信用ならないんだもん」
エリザベスが困ったように微笑んで、イノを主人公の傍らに下ろした。
「じゃあイノ、お願いできる?」
(うん! がんばる)
イノがもぞもぞ這って主人公の頬にたどり着くと、きらりと光った。
そして、間もなく主人公の瞼がゆっくりと開いた。
「よかった、目が覚めたわ。ルーニャ、料理長さんに頼んで、食べやすいものを貰ってきてちょうだい」
「かしこまりました!」
ルーニャが元気よく医務室から出ていった。
イノがほめてと言わんばかりに手のひらにすり寄って来たので、エリザベスは少し微笑んで優しく撫でた。
(ボク がんばた?)
「えぇ、とっても助かったわ。ありがとう……」
(えへへ)
こんなにも無垢な妖精があんな残酷な人と同じだなんて思えなくて、胸が何故だか締め付けられた。
「ぎゃああああ!! エリザベス! エリザベスがいるぅ……」
主人公が突然、奇声をあげたので、驚いたエリザベスの肩がびくついた。
驚いたのと同時にイノもびっくりして、姿を消した。
エリザベスを驚かせたのにむっとして、ミーシャが主人公を睨みつける。
「もう少し静かにしてくれる? リズがびっくりしてるじゃない」
「え?……たしか、えーっと、アロクロ様といた……」
「ミーシャだよ。ただのミーシャ」
「そうそう!……はっ! アロクロ様は!?」
「その前にっ、あなた名前は? ずっときいてないのだけど」
「えっ、名前……えーっと……」
自分の名前を言うだけなのに主人公は口ごもった。
不思議そうに首を傾げるがしばらく待っていると、主人公は腹を決めたようにうん、と頷いた。
「セナ! セナって呼んで」
セナは人懐こい笑顔をみせる。
ミーシャは無表情になっていたがエリザベスはにこりと微笑んだ。
「よろしくねセナ。わたしはエリザベス・フランネル・ペラートル、この国の……」
「フラン……えっ!? なっ、なんでエリザベスが!? やっぱりおかしい! おかしいよ!」
「え……? ねぇ、ミィこの子どうしたのかしら? すごく混乱しているわ……」
エリザベスが心配そうに隣を振り向くと、ミーシャは真剣な顔で考え込んでいた。
「セナ、どうして帝国にいるの? ロギア教国に連れてかれたんじゃなかったの?」
「そうなのっ、聞いて! あいつらあたしを聖女じゃないってわかったら、外にほっぽり出したのよ! それからずっと路頭に迷って……でも、たまたまアロクロ様を見かけてその馬車を追ってここまで来たの……」
「そっか……単刀直入にきくね。転生がどうのって言ってたけど、前世の記憶があるんだよね」
「へっ!? ある、けど……なんであなたがそんなこと」
「………あたしもあるの前世の記憶。この世界はまるである乙女ゲームの世界みたいだってのも知ってる」
「そっそうなの! あたしそのゲームの大ファンでっ、すっごく嬉しくて……」
嬉々として話始めようとしていたセナだったが、ミーシャの暗い表情を見て声が小さくなっていく。
「別にあなたのゲームを大好きな気持ちは否定しないけど、でも、これだけは心に留めといて……ここはすごくゲームに近いけれど、全く別物。ここにいるエリザベスは死にかけたし、あたしの大事な人はたくさん傷ついた……この痛みも辛さも、本物だったから」
(そう……たしかに、シナリオが世界を動かしている部分もある。それにずっと悩まされていた。けれど、あたしもリズもアロクロもみんな、生きているんだから……ゲームとは違う)
(この子からゲームの情報を聞き出そうと思ったこともあったけど、やめた)
(聞けば聞くほどがんじがらめになりそう……もう、そんなのは嫌だから)
同じく前世の記憶を持つセナには、しっかりと伝えておかねばと思った。
彼女の言葉の端々からどうしても基準がゲームとなっていて、それがかつての自分を見ているような気がして、その危うさに気付いてほしかった。
セナは、ミーシャの言葉を聞いて、眉を八の字にして口をきゅっと結ぶ。
そして、俯いて黙りこくったかと思うと、わなわなと肩が震えだした。
「どうして……」
「え?」
「どうしてっ、そんなこというの!? 前世で全然いいことなかったんだから、いいじゃない期待したって! あたしだってイケメンと恋して、幸せになりたいの! それも、期待しちゃだめなの!?」
「えっ、あの、そういう意味じゃ……」
「あたしはっ、絶対この新しい人生で幸せになるって決めたんだから! いじわるなこと言わないでよ! あたしだってアロクロ様のことが好きなのにっ、あたしの邪魔ばっかりして!?」
「そんなつもりは……」
「もういいっ!」
セナは寝台から勢いよく飛び降りて、大股で歩き、扉を開けた時ご飯を持ったルーニャと鉢合わせた。
「ありゃ? お知り合いさん、もう動いて大丈夫なのですか?」
「きゃー! ルーニャだ……かわいい、けどっ今はそれどころじゃない! あ、それ食べていい?」
「ど、どうぞ」
ルーニャが盆に運んできたスープとパンをがつがつと食べてしまい「ごちそうさまっ!」とだけ言って、再び大股で出ていってしまった。
残された三人はセナの勢いに気圧されて、ぽかんとした表情で見送った。
ルーニャが眉をひそめて、口をとがらせる。
「何なんですか、あのお知り合いさん? ありゃ? 名前教えたっけ……」
ミーシャは大きくため息をついて、エリザベスが背中を撫でてあげる。
「はぁ……傷つけちゃったのかな……」
「あの子、どうしちゃったのかしら……でも、たくましそうだから、大丈夫だと思うけれど……」
「んー、そうだね。今まで生きてこれたみたいだし……もう、これ以上無理に関わらなくてもいいか……」
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セナはぷりぷりと頬を膨らませて、ずかずかと城の廊下を歩いて行く。
ふと、足が止まる。
(出口どこよーーー!?)
(いつの間にか運ばれてたからここがどこかも知らないじゃん! 聞いとけばよかった!……ん?)
話し声が聞こえてきて、廊下の角に身を隠す。
二人のメイドが困り顔で相談していた。
「まさか、ご両親が病気になるだなんて……もうすぐ、建国祭もあって忙しくなるのにねぇ……」
「代わりの人、見つかったのかしら?……今日明日までに来てくれるといいのだけど」
(建国祭……まさかっ、あのイベントがある建国祭!?)
セナは覚悟を決め、ずかずかとメイドたちに近寄り詰め寄った。
セナが突然現れたのと必死な顔にメイドたちが肩をびくつかせた。
「あたしが代わりのメイドです! よろしくお願いします!」
「え、えぇ……?」




