縫い合わせて
(……やっぱり知りたい。ルクス様のお父様とお母様に何があったのか)
(ルクス様はわたしの傷を包んでくれた……でも、あの方の心は傷ついている。まだ沈んでいる……)
エリザベスは、泣き疲れて眠ってしまっていたが、おかげで夜中に目が覚めた。
まだルクスは仕事をしているのか、部屋には戻ってきていない。
一番奥のまだ足を踏み入れていない部屋の扉の前に立つ。
「……でも、ここには入れない。別の方法で調べよう」
小さな灯りをもって、こっそりと部屋からでた。
様々な記録が保存されている資料室で、先代皇帝と先代皇妃に関する資料をかき集めた。
おおよその予想はついているがしっかりと自分の目で確かめねばならない、と思った。
ぺらぺらと冊子をめくって、目を通していく。
「ルクス様のお父様は人間、お母様は銀狼族……子どもに恵まれなかった貴族の家に養女として迎え入れられたのね……」
「お母様の位は決して高くない……それでも婚姻を結んだということは、お互いに愛があったのね……」
アトラン帝国は元から多種族ではあるが、貴族の多くは現在もだが人間が占めている。
貴族というだけでも好奇の目にさらされただろうが、さらには皇妃になるとなれば様々な反応があっただろう。
そのことを考えると、ルクスの母の苦労は計り知れないものだ。
(苦労なさったのでしょうね……祝賀会のときのルーニャのような扱いだって受けていたのかもしれない。それでも、一緒にいると………あれ?)
記録を呼んでいるうちに、不自然に皇妃の活動が書かれていない期間があった。
(たしか、ルクス様は平民と同じように過ごしたことがあるとおっしゃっていたわ……きっとこの期間ね)
(でも、また城に戻っている……離縁なさったわけではないようだし、きっと何か理由が……)
さらに読み進めていくと、冊子の文字をなぞっていた指がとまる。
その文字を見て息をのむ。
「病死……皇妃様は病でお亡くなりに……この年だと、ルクス様がまだ幼い頃だわ」
ルクスは、幼い時の自分は悪夢を見れば父母にくっついていた、と以前言っていた。
ただでさえ、親に甘えたい幼い子供なのに、大好きな母を亡くしてしまった時の喪失感と絶望感はいかほどのものか。
それを考えるだけで、エリザベスは胸が張り裂けてしまいそうだ。
そして、皇妃が亡くなってしまってから、先代皇帝があげた法改定の立案数がさらに異様に多くなることに気付いた。
(かなりの数……それにどれもが異種族共生を推し進めるもの、けれどそれが人間の貴族たちを刺激してしまった……)
(ルクス様のお父様はおそらく作りたかったのだわ。愛する子供が不自由なく暮らせる国を……)
しかし、さらに記録を読み進めると、次は父の死が待っていた。
皇妃の病死とは違い、先代皇帝は毒殺とされていた。
(どく、さつ……お父様が何者かにお命を奪われたのは、事実……けれど、決してルクス様がしたのではないわ。それは絶対に言える)
(ルクス様はご両親から愛されていたもの……それは今のルクス様を見ていればよくわかるもの……それなのに酷い噂が)
エリザベスきゅっと目をつむる。
頭の中で、今までのことが全て繋がっていった。
「……反発……おそらく、ルクス様のお父様は多種族反対派に……それをルクス様に被せようと……」
「………ルクス様、今も自分を許せないのだわ。お父様が改革を性急的に行ったのは……自分のせいだと思って。だから『親殺し』なんて言葉を否定しなかった」
「ルクス様………」
エリザベスは、ルクスが今までどれほど苦しんできたのだろうと考えると、心が痛くてたまらずに涙があふれる。
(ルクス様、どれほどお辛い思いをしたの……愛する人を亡くして、奪われて……さらには追い詰められて)
涙が流れないよう嗚咽が漏れないように口をふさぎながらうずくまったが、意思とは反してしずくが流れる。
すると、頭にふさふさとした温かい感触がした。
顔をあげると、かつてピスティだった妖精が心配そうにエリザベスの頬ずりする。
(リズ ないてるの? どこか いたた? イノがいたたなおす?)
「ぐず……ううん、大丈夫。心配してくれているの?」
(うん! だってイノ リズすきだもん!)
ピスティだった妖精は他の妖精たちと違い、イノという名前を持っていた。
保護しているうちに懐かれたようで、エリザベスにべったりになってしまった。
「そっか……女神様は戻したとおっしゃっていたけれど、本当はあなたも優しい子だったのね……」
(?)
エリザベスは優しくもはかなげに微笑んで、きょとんとしていたイノを指で撫でる。
イノは嬉しいのか、もっと撫でてほしいとせがむようにすり寄ってくる。
「そろそろ戻らないといけないのに、まだ涙がでてくる……ルクス様、まだお仕事をなさっているかしら……」
(ルクス? わん?)
「ふふ、ルクス様はわん、だなんて言わないわよ」
イノが可愛らしく首をかしげて言うので、笑顔が戻ってきてくれた。
ただ、笑顔が戻ってもまだ涙が止まりそうになかったので、はしたいないと思いつつ、椅子に足を上げて落ち着くまで顔をうずめた。
イノはエリザベスの頭に乗って(リズ げんきなてね)と励ましてくれた。
・
・
・
(あれ? 身体が浮いてる?)
(なんだか温かいわ……もふもふ? ルクス様みたい……)
エリザベスがゆっくりと目を開けると、身体は宙に浮いていて、何者かに運ばれていることに気付いた。
顔を上げればルクスの顔がすぐ近くで、自分はルクスに横抱きにされて運ばれているようだ。
そして、ルクスの首元のもふもふに自身の手を無意識で突っ込んでいた。
(わたしったら、いつの間にか寝てしまったの? あ、でも、もふもふ……)
まだ寝ぼけて頭がはっきりしないまま、欲望に忠実にもふもふを堪能していると、ルクスにくすくす笑われた。
「エリザベスは俺の毛並みが好きだな」
「触ると気持ちがよくて……つい」
さすがにやりすぎたとエリザベスは手を引いて、恥ずかしそうに頬が赤くなる。
「あの、ご迷惑をおかけして申し訳ありません。もうおりますから……」
「もう着いたし、このまま運ぼう」
(! まさか、資料室からここまでこの状態で!? 夜中とは言え、絶対人に見られてっ……)
エリザベスは、恥ずかしさで頭から湯気がでてしまいそうなほどだった。
エリザベスが固まっているうちにルクスは自室について、器用に扉を開けて中に入る。
寝台にエリザベスをそっと置くと、隣に座った。
「……それで、父上と母上について調べていたのか」
「あ……はい」
資料室から抱えられていたとなると、広げていた資料も見られたに決まっている。
ルクスの横顔を見ると、辛そうに鼻筋に皺が寄っている。
エリザベスは、勝手に調べていたことに後ろめたさがわいてきた。
「あ、あの……勝手に調べたりして……」
「エリザベス、少しだけ起きていられるか?」
「……はい」
調べたことには怒ってはいなさそうだが、辛そうなのは変わらない。
不安に思いつつ立ち上がったルクスに手を差し出され、その手をとった。
ルクスが連れてきたのは一番奥の部屋だった。
「この部屋には、入っていないのか?」
「はい、なんだかルクス様の大事なものがある気がして、いいと言われるまで、入ろうとは思えなくて……」
「そうか……なら、今から一緒に入ってくれないか?」
エリザベスは、ルクスの顔を見てこくりと頷いた。
部屋の中はいっそう暗く、ルクスが灯りをつけてくれて壁に大きな肖像画が飾られているのが見えた。
肖像画には金色の瞳を持つ人間の男性と銀色の髪が美しい狼の耳をした女性が愛おしそうに子供を抱えている。
男性の瞳と女性の面影がルクスにぴったりと一致する。
つまり、今にも泣きそうな顔をした可愛らしい男の子は、ルクスだ。
「ルクス様のお父様とお母様……」
「そうだ……三人がそろっている絵はこれ一枚だけ。この時のことは覚えている。何時間もじっとしなければならなくて、もう嫌だと泣き出しそうになっていた」
ルクスが懐かしさで目を細めるが、同時に深い悲しみも潜んでいる。
エリザベスは、ルクスの手を握って寄り添う。
「母は病気で、父は毒で……亡くなった。父は穏やかな人で、母は笑うと花が咲いたようだった……」
「母は陰湿な貴族たちの嫌がらせを受けていたのに、それを微塵も俺に見せなかった。ただ、暗殺を恐れた父が母と俺を隠すために平民と同じ場所で暮らすように離れた時、初めて母が泣いたのを見たよ……それで、心が弱ってしまって、更には病気に」
「城に戻った時には手遅れだった」
「父は母が亡くなってから何かに追われるように改革を性急に進めた。その何かは……俺自身だった。俺に皇位を渡すときに困らないよう。母の時のように誰かに責められることのないように、手を尽くした」
「だが、それで父は殺された」
ルクスの広い肩が縮こまって、震えている。
泣きたい気持ちをかみ殺して、必死に耐えていた。
(悲しみ、後悔、怒り、自責……こんなの、すでにルクス様の心が壊れてしまってもおかしくない)
(それでも、毎日は続いて行く……張り裂けてしまった心をおひとりで縫い合わせて耐えていらっしゃったのだわ)
エリザベスは、ルクスの気持ちを考えるだけでまた涙が流れてきた。
それに気づいたルクスが、かがんで顔を覗く。
「エリザベス、泣かせるつもりはなかったんだ……すまない」
「違うのです……ルクス様のことを考えると勝手に……すみません」
「ふふ、お互い謝っているな………いや、やっぱり、今は泣いてくれないか? 俺のために、父上と母上のために……」
ルクスが悲しそうに笑うのでエリザベスはますます涙が止まらない。
それをルクスが「すまない」と「ありがとう」を繰り返しながら拭ってくれていた。
エリザベスが落ち着いてきて、ルクスが額に口付け手からまっすぐエリザベスを見つめる。
「俺はずっと恐ろしかった……大事な人を失うのが、怖くてたまらなかった」
「だが、ともに過ごしていくうちに、そなたの存在が俺の中で大きくなって……恐怖を乗り越えてでもエリザベス、そなたを愛したいと思った」
ルクスがエリザベスを抱きしめると、抱きしめ返す細い腕の感触が背中にまわる。
「父上、母上、この人が俺の大事な人です。世界で一番、大切で笑顔でいてほしい人です……」
「どうか、彼女が笑顔でいられるように、見守っていてください……」
エリザベスは、優しく抱きしめる腕が温かくて、愛おしくてたまらなかった。




