歪んだ想い
城には一部の人間しか踏み入れることがない地下が広がっている。
地下には牢獄や拷問部屋があり、エリザベスの父グロリアを持って行けと言われたルーニャはいったん、彼を拷問部屋の椅子に縛りつけておいた。
彼の口には、「うるさいから」とさるぐつわがつけられている。
ルーニャは、拷問器具をもって、まるで品物を眺める客のように、あれでもないこれでもないと思案している。
「んー……どうするかな? こっち? はたまたこっち? でも、ジーニャに聞いてからじゃないと、こないだみたいに勝手にやったら怒られるよね? 怒られるとお説教だもの……聞こう」
結局、一回地上に戻ってジーニャに判断をあおろうと決めて、グロリアをほっぽいて部屋から出ていってしまった。
一人にされたグロリアはこれから待っている絶望を想像するだけで、心臓が破裂しそうだった。
(どうしてっ、どうしてこうなった!? いったいどこから間違ったというのだ!? この間までわしは帝国の皇妃と王国の王妃の父という、絶対的な権力を手にするはずだったのにっ)
逃げられないかと身体を左右に動かしてみるが、拘束具がいっそう食い込んで痛むだけだった。
拷問室の重い扉が開かれ、ルーニャが戻って来たかと思い、グロリアは恐怖で目を見開いた。
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ルクスが執務室で残っている仕事をこなしている時に、耳を疑うような報告がされた。
「なに? グロリアが消えただと?」
「はい……妹が拷問室を離れた際に姿が消えた、と……申し訳ございません」
「もっ、申し訳ございません! 私が目を離したばっかりに……罰は受けます!」
ルーニャが勢いよく腰をおり曲げて謝罪し、ジーニャも頭を下げる。
「拷問室を出た時には鍵をかけていなかったものの、対象は拘束されており、身動きがとれませんでした」
「匂いもおってみようとしたのですが、より強い匂いでかき消されていました」
「脱走を手引きした者がいるかと……現在、捜索隊を騎士団で結成し、捜索を行っています」
ルクスは、頬杖をつき、机をとんとんと指で叩く。
「何者かの手引き、か……しかし、いったい何の価値があるというのだ。公爵と言ってもすでに没落したも同然。あの性格では恨みはかっても、恩義に思う人がいる可能性も低い」
「何故助ける必要があるんだ……公爵、ディーワ家、エリザベスとミーシャの父……」
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「た、助かった……あのイカれた奴らに捕まった時は、どうなることかと……」
「いえ、罪のない人間が命を失うようなことがあってはなりませんから、ね」
馬車の中でグロリアが冷や汗をかいて、手を組み足を揺らす。
向かいに座る初老の紳士はゆったりと微笑みかけていた。
「それで、ディーワ公爵家の当主がいったいなぜこのような理不尽な目に合われたのですか?」
「ぐっ……そっ、それは……」
「お話ししていただけませんか? 私は貴殿のお力になりたいのですよ」
グロリアは初めは渋ったが、だんだんと紳士の言葉に乗せられて、今までのことを洗いざらい話した。
彼は決して懺悔の言葉を述べることはなく、いかに自分が理不尽な目にあったか、妻に裏切られたとか、娘にも恩を仇で返されたとかという文句ばかり。
しかし、紳士はその無駄と思える話の中から、自分の知りたい情報を摘みとっていく。
「それはそれは大変でしたね……その妹さんが連れてきたという男、どのような者でしたか?」
「あの男……忘れもしないあの不気味な紫の目。そうだあの男がきてからミーシャは余計にたてつくようになったんだ! 態度も本当に腹立たしい!」
紳士はにやりと笑った。
その笑みにグロリアは気づきもせずにまだ、べらべらとしゃべっている。
「そもそも、エリザベスをあそこまで教育してやったのもわしだ! 決して逆らわぬよう従順になるように、身体に教え込んでやったのに! ミーシャにいらん影響ばかりうけおって」
「あぁ……教育というのは、クローゼットに閉じ込めるという……可愛い娘にそれはいかがでしょうか……」
「何を言うかっ、それぐらいして当たり前だろう! それなのに、あのばか娘ときたらっ」
今までにこにこと話しを聞いていた紳士から表情が消えた。
相変わらず自分のことに手一杯なグロリアは、そのことにさえ気づかない。
「ずっと馬車を走らせてきて、ここは町はずれの森の中です。まぁ、多少は動物などもいることでしょうね。襲われるかどうかは、運次第でしょう」
「そ、それがどうした?」
「先ほど、罪のない人間が……と申しましたが、ずいぶんと貴殿は罪深いようだ……」
紳士が持っていた杖でグロリアの頭を殴り脳を揺らした。
その隙に馬車の扉を開けて、紳士はグロリアを走る馬車から突き落とした。
グロリアの身体が転がっていったのを確認し、扉を閉じる。
一仕事終えた紳士は杖についたあぶらをハンカチで綺麗にふき取った。
こつこつと杖で壁を叩いて御者に合図を送る。
「このまま屋敷に戻りなさい」
「かしこまりました。旦那様」
紳士は苛立ちをなくすため、細く息を吐く。
「まったく、あの男は実に不愉快だった。自分の娘をどうしてあのように蔑ろにできたのだ……あの子が生まれたのは奇跡だな……」
「何故、あの男には娘がいるというのに……」
ポケットから取り出した小瓶が窓からさす月明かりに照らされる。
「違う、あの子は戻ってきてくれたんだ………あるべき姿に戻すべきだ」
「罪をかぶせる相手もいる。これで、あの子は戻って来るんだ」




