知りたい
エリザベスはルクスの部屋に連れてこられて、今はソファに隣同士で座っている。
温かいハーブティーを飲んでルクスの大きな手に背中をさすられて、ほっと息がつけた。
「落ち着きました。ありがとうございます、ルクス様」
エリザベスとルクスは、それぞれの部屋があるものの、婚姻してから夜はどちらかの部屋で一緒に過ごすという形に落ち着いた。
ただ、エリザベスはまだ奥の部屋には立ち入ったことがない。
なにか、ルクスの心の深い部分があるような気がして、エリザベスはルクスがいいと言ってくれるまで入らないと決めていた。
エリザベスは落ち着きは取り戻したものの、視線はぼーっとカップの水面に向いていた。
やはり大丈夫ではないと思うと、エリザベスの父に会わせてしまったことが悔やまれる。
ルクスはぐっと拳をにぎり、視線が下に向いて耳がしおれる。
「すまない、エリザベス。そなたがあの者に会わないようにもっと注意を払うべきだった」
「いえ、まさかお父様がここまでいらっしゃるだなんて……なかり追い詰められていたようでした。あの、お父様はどこに……」
「あぁ、お帰りいただいたよ……もう、ここに来ることもないだろう」
「え……」
ルクスは優しく微笑んでいたが、その笑顔の裏に別の感情が隠れているのがちらりと見えた。
そういえば、初めて会った時は暗殺者を半殺しにしていた。
彼は、敵に対しては容赦ないという一面もあると思い出すと、エリザベスの顔が真っ青になる。
「あ、あの確かに父は無礼極まりないことをしましたが……命だけは……」
「……そんな顔をしないでくれ。さすがに命を取りはしない。そんなことをすれば、そなたに心残りができてしまうだろう」
命はとらないと言ってくれたので、とりあえず安堵したが不安で眉が寄る。
ルクスが苦笑しつつ、安心させようとエリザベスの頭を撫でてる。
「今日はこのまま休むといい。俺はもう少しやらないといけないことがあるから、先に寝ていてもいいよ」
「はい……」
エリザベスは、寂しそうにまた視線が下に向いた。
やり場がなさそうに指でカップの側をなぞっている。
(いつも彼女は周りを心配させまいと暗い感情は隠す傾向にある……見逃さないように注意しているが)
(だが、今はそれを隠せないほどに弱っている。いつも気丈に俺を支えてくれている彼女が……)
ルクスはエリザベスの頬を手で包んで、何度も額や首筋に口をあてる。
エリザベスがくすぐったそうに少し微笑んだ。
「この姿だとやはり口付けがしづらいな……」
狼の姿を人間に近い姿に変えて、もう一度エリザベスに口づけを先ほどの何倍も丁寧にしていく。
エリザベスは恥ずかしさがこみあげてきているのか、白い肌が火照ってバラ色になる。
ルクスは、それがまた愛おしくて「かわいい」とささやくと、エリザベスは顔を真っ赤にしてぎゅっとカップを握りしめてお茶がこぼれそうになった。
しかしそのおかげでルクスの動きが止まり、視線が重なった。
「どうしたら伝わるのだろう……俺はそなたが何よりも大切で、悲しい思いなどさせたくはないというのに」
「そんな、十分なほどルクス様のお気持ちは伝わっています」
「……足りないんだ。日々そなたへの愛おしさが増していく」
エリザベスからカップをもらって机の上に置く。
憂いがなくなって、唇を重ねて、首筋に頬ずりする。
ルクスの柔らかい髪がくすぐったくて、エリザベスは少し身をよじった。
「そなたは俺の心をいつも助けてくれるのに、そなたは心の傷を隠して、みせないようにする……やはり、俺では頼りないか?」
ルクスは、自分でも実にずるい言い方だと心の中で苦笑した。
こんな言い方をされては、「そんなことはない」と返ってくるというのに。
(自分のことは棚に上げて、エリザベスに詰め寄っている……でも、それでも知りたい。彼女のことを……)
エリザベスは思った通り「そんなことはありません」と否定した。
ルクスは、そこに畳みかけるように、じっと瞳を見つめて詰め寄る。
「なら、教えてほしい……お父上殿と何があった? そなたは何が辛かった? 今でもその辛い思い出がそなたを苦しめているのか?」
「そ、それは……」
エリザベスの視線が空中をうろうろする。
ただ、否定しないということは考えが当たっているという答えではある。
エリザベスは、迷ったあげく口を堅くつぐんでしまった。
しかし、ルクスも諦めるつもりは毛頭ない。
「言ってくれないのだな……ならば、俺にも考えがある」
「かん、がえ?」
ルクスが悪い笑みを浮かべていて、エリザベスは思わず「ひゅっ!?」と小さい悲鳴がもれた。
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「………話す気になったか、エリザベス?」
ルクスにひょいと抱えられてついた先は寝台で、エリザベスは実に甘い「説得」をされていた。
「はぁ、はぁ……はなし、ます………」
陥落して、肩で息をするエリザベスから、やっとのことで言葉を引き出せた。
ルクスは満足げににやりと笑って、うつむせで横になっているエリザベスの髪を上げ、うなじをはむ。
「あ、の……はなしますので、もぅ……」
「あ、あぁ、すまん。つい」
エリザベスがルクスを涙目で訴えたので、ルクスはかわいいと思いつつ少し離れた。
エリザベスは、落ち着くまで深呼吸を繰り返して、静かに口を開く。
「ただの……ただの記憶だと思って聞いてください……」
「わたしは、幼い時から王妃教育を受けていて……先生が厳しい方で、それもお父様が指示していたそうですが……」
「何か少しでも間違えると……教鞭で足の裏を叩かれて……血がでても、できるまで手当てをさせてもらえなくて……」
エリザベスは声がだんだんと震えて、毛布にくるまって身体を縮ませる。
「それは、ほとんど毎日で……でも、ミーシャが訴えて、お母様の耳に入って先生はやめさせられたのですが……」
「ですが今度は、お父様が……わたしが何か失敗すると……罰でわたしを地下のクローゼットに閉じ込めて……」
「暗くて、身動きがとれなくて、寒くて、叫んでも誰も来なくて………今でも、暗くて狭い場所が苦手なんです……」
エリザベスは、身体が悲しいほど震えている。
ルクスは、愛しい人がこんなにも辛い思いをしていたことに、絶望さえ感じた。
毛布ごとエリザベスを抱きしめて、異様に冷たくなってしまった身体をさする。
(ずっと……ずっと、そんなに辛いことを心に閉じ込めていたのか……それを他人に見せずに、じっと独りで耐えて)
「話してくれて、ありがとう……」
「……すみません、こんなお話しお伝えしても、困らせてしまうのに……」
「いいや、もっとはやく聞いておくべきだった。時々、夜中に目が覚めていたのはそのせいか?」
「……起こしてしまっていたのですね……はい、夢に見てしまって」
「そうか……そう、だったのか……辛かったな、苦しかったな」
エリザベスの受けたむごい仕打ちは辛いものだと、肯定するように頭を撫でる。
エリザベスは今までずっとずっとため込んでいた気持ちがどっと押し寄せてきて、ぼろぼろと涙が溢れてきた。
ルクスは、泣いて声がもれでているエリザベスを、彼女が全て苦しみを吐き出し終わるまで、しっかりと抱きしめた。




