危機
ガタンッ
「ひゃい!?」
馬車の大きな揺れで、エリザベスは懐かしい夢から無理やり現実に引き戻された。
しかも衝撃で頭を後ろの壁にぶつけてしまって、変な声が出て、赤面してしまう。
外を覗くと、泊まる宿についたようだった。
(リズ だいじょうぶ?)
妖精がエリザベスを心配して、ふわりと飛んできた。
妖精は、触れると感覚が薄っすらとあるものの、壁をすり抜けて移動できるのでこうしてどこにでも現れる。
「だ、大丈夫よ。少し頭をぶつけただけ」
妖精の一匹がエリザベスの頭にとまる。
妖精が触れてくれると、なぜだか温かな気持ちになる気がする。
(いたいのなおしていい?)
「ありがとう、お願いできる?」
エリザベスがにこりと微笑んでお願いすると、妖精は嬉しそうにはしゃいで、頭でもさもさ動いてくすぐったい。
(いたいの いたいのとんでけー)
妖精がそう唱えると、すっとエリザベスから痛みが引いていった。
「ありがとう。なんだか元気もわいてきたわ」
妖精と触れ合っているうちに分かったのだが、妖精は癒しの力を宿している。
妖精の力を借りれば大抵の傷は治してしまえる。
幼い頃はわからなかったが妖精が見える人間はとても貴重で、見える人間を「聖人」として崇める国もあるくらいで、特に妖精と意志疎通までして癒しの力を持つ女性は「聖女」と称される。
(これまで、お母様とミィ以外に秘密にしておいてよかった。もしバレていたら、大変なことになっていたもの)
馬車から降りて、今日の宿に泊まる手続きを終える。
少数の護衛や御者、国境を超える際の手続きする従者は連れてきたが、身の回りの世話をするメイドは連れてきてはいない。
何人か帝国についてきてくれると申し出てくれる人はいたが、国を離れさせるということに抵抗があり、遠慮した。
身体はくたくたになっていたが、ドレスをなんとか一人で脱いで、湯浴みを終わらせ、寝台に飛び込んだ。
「疲れたぁ………馬車の移動だけでこんなに疲れるだなんて、ミィだったら平気なんだろうなぁ」
「ミィ、わたし頑張るからね」
馬車の中でも眠ったが、疲労からか、すぐに眠りは訪れた。
・
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夜が深まり、エリザベスの寝息のみが聞こえる部屋に窓から忍びよる影がひとつ。
その手には凶暴な刃がギラリと光る。
(リズ! リズおきて!!)
エリザベスは妖精の警告に一気に覚醒して、飛び起きたがすぐに忍び込んできた何者かに喉から押さえつけられた。
「だっ………れ」
「ちっ、起きたか。恨むなら皇帝を恨むのだな!」
バンッ!
男が刃物を振り上げたその時、部屋の扉が何者かに蹴り破られた。
男がその音に気を取られて扉を振り返ると、蹴り破った人物が物凄い速さで暗殺者に襲いかかり、驚くことに腕力だけでエリザベスから引きはがした。
片手で暗殺者を持ち上げ、部屋の壁に叩きつけると馬乗りになって何度も殴りつける。
暗くてよく見えないが、しぶきが飛び散る音がして、そのしぶきが拳を振り上げた時にエリザベスの頬についた。
恐る恐る触れると、匂いからして間違いなく血だった。
暗殺者が完全に抵抗力を失ったことを確認すると、助けてくれた人物はゆっくりと立ち上がる。
そして、振り返り、金色の眼光がエリザベスの姿を捉えた。
「お、おおかみ?」
振り返ったその人物の顔は狼そのものだった。