取り戻す
エリザベスを救出した後の処理は、大仕事だった。
女神復活は失敗に終わったとロギア教団の兵士たちに伝わると、士気はみるみるうちに低下し、帝国の騎士団が兵士らを制圧した。
教団に捕えられていた聖女たちを解放し、帝国が保護した。
エリザベスが辛そうに聖女たちを見つめる。
聖女たちは、呆然としている人もいれば、安心したように泣きじゃくる人もいる。
「聖女たち……長い間捕えられて、かなり困惑していましたね……」
「目が覚めたら長い時間が流れていたんだ。身寄りもなくなってしまっただろうから、しばらくは帝国で保護をして、のちに生活基盤を整えさせよう」
ルクスは、傍らで安心させるようにエリザベスを抱き寄せた。
今は、聖女たちを落ち着かせるために、帝国騎士団たちが彼女たちに毛布を掛け、温かい食事を提供している。
馬車の手配が終わり次第、帝国に移動する予定だ。
「リズ、ルクスさんお疲れ様!」
「ミィ、アロクロ様、ナロクロさんの様子はどう?」
笑顔で手を振るミーシャと穏やかな表情のアロクロがやって来た。
「ピスティが隠し持ってた本にナロクロの恋人が封印されててな。今さっき解放してきたんだよ」
「それでナロクロさん、すっごく泣いちゃって、泣き疲れて今は眠っているよ」
「そう……恋人さんも無事でよかった」
四人が話していると、捕えられていた聖女の一人がエリザベスたちのもとに歩いて来た。
彼女は短く整えられた髪に中性的な整った顔、男装すれば女性がきゃあきゃあ黄色い声を上げそうだ。
その聖女を見て、アロクロは顔をしかめる。
「やぁ、久しぶりだね魔王君」
「その呼び方をするな……アロクロだ」
「フフッ、そうか、アロクロ君……」
ミーシャは、聖女とアロクロの顔を交互に見つめる。
「アロクロ……この人が?」
「あぁ、オレたちを封印した張本人さ」
「初めまして、ワタシはネリネ……アロクロ君に皇帝陛下……それに愛らしい君たちが、捕まっていたところを救ってくれたのだね。ありがとう、かわいい小鳥たち」
「うあ!?」
「へ!?」
ネリネがミーシャとエリザベスを見て、綺麗な顔でウインクしながら恥ずかしげもなく言うものだから、ミーシャもエリザベスも思わず変な声が出た。
アロクロがむすっとしながら防衛本能が働いて、とっさにミーシャを抱き寄せて、しっぽをミーシャの胴に巻き付けた。
ルクスに至っては、覆いかぶさるくらいに両腕でがっちりとエリザベスを抱き込んでネリネを睨む。
「フフッ、そんなに警戒しなくとも、人の花をむしり取ろうなんて美しくないことはしないよ」
「こいつ……まさか、これが通常なのか?……それで、何しに来たんだよ」
「それは、もちろんお礼と……懺悔にさ」
ネリネはアロクロに目を伏せ、頭を下げた。
「もう聞いただろう? どうしてワタシが君たちを本に閉じ込めたか……切羽詰まった状況とは言え、君たちの命を、運命をひっかきまわしてしまった。勝手なことをした自覚はある」
「だから……今度は君がワタシの運命を決める番だ」
「君が望むならどんな選択でも受け入れよう……それがたとえ死でも」
ネリネの声は震えることもなく、芯の通った強い意志を感じた。
(この人は本気だ……)
ミーシャは、隣にいるアロクロを不安げに見つめる。
しかし、アロクロは落ち着いていて、自分の心配は杞憂だとすぐに気づいた。
「はぁ……あんたをどうこうするつもりはない。むしろ、妹と弟はあんたのおかげで助かったんだ。そこは感謝している……」
「それは、結果にしかすぎなくとも、かい?」
「あぁ、あんたはあんたなりに、争いを終わらせようとした。それだけだろ……あんたの人生は自分だけのもんだ。勝手に好きに生きろ」
「わかったよ。その選択を受け入れる。うじうじしているのは、美しくないからね。堂々と生きようじゃないか」
ネリネは、晴れ晴れしく笑った。
安心したと思ったら、ミーシャはいつのまにか笑いながらぽろぽろと泣いていた。
「あはは……よかったぁ、ほっとしちゃったよ」
「ミーシャは泣き虫だな。泣くな泣くな」
アロクロがミーシャの両頬を手で包み込んで、ぐしぐしと涙を拭ってくれた。
傍で見ていたエリザベスがハンカチをポケットから取り出そうとしていたが、そっと戻して微笑んでミーシャとアロクロを見つめていた。
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帝国に向かう馬車の中で、ミーシャは人生の中でもっとも緊張する場面のひとつに直面していた。
馬車にはミーシャと母、エミリアのみで乗っている。
アロクロには申し訳ないが二人で話してみたいから別の馬車に乗ってくれないか、とお願いすると馬車の屋根にいると言い出して、現在屋根の上で寝転がっている。
ミーシャはいざ話すとなると、固く結んだ拳に手汗でにじむ。
向かい合った状態で座っているのだが、沈黙がずっと続いている。
(あの時は緊急事態だったから、すんなりと話せたけど……今はどう話していいか……)
ミーシャが黙りこくっていると、エミリアの方から口を開いた。
「怪我は……大丈夫ですか?」
「えっ、はい。たいしたことではないです」
「そうですか」
母子とは思えないほど、ぎこちなく、再び沈黙がおとずれる。
今度はミーシャが口を開いた。
「お父様と離縁なさったのですよね?……なぜですか?」
「……エリザベスとあなたが家を離れたら、離縁するつもりでした。あの人は結婚当時から私を都合の良い働きバチくらいにしか考えていないようでしたし……まぁ、それに気づいたのが随分と遅かったですが」
「……」
「あなたたちには、苦労を強いてしまいましたね……貴族としての立場や妻としての立場……そんなものはさっさと捨ててしまって、もっと早く、立ち向かう勇気があれば、と後悔しています」
「ごめんなさい……」
厳しくも常に凛としていた母が、静かに頭を下げた。
ミーシャは今になって、母の苦悩に気付かないほど、エリザベスと自分のことで手一杯になっていたことに気付いた。
「……お母様、謝らないでください。あたし、全然お母様のこと見えてなかった……自分ばっかりになっちゃって、お母様が何を考えているとか、全然考えてなくて……」
ミーシャが手をもじもじとさせながら、少しだけまだ遠慮したように母を見る。
そして、意を決したように立ち上がって、母の隣に座った。
「その………これからは、もっと話したい……お母様と」
エミリアは瞬きをして、そして、少しだけ表情が緩んだ。
「そうですね……話しましょうか、これから今まで話せなかった分も……」
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「それで、魔王様とはどうなのですか?」
「えっ!? どう、といっても……その、お付き合いさせてもらっています……」
「そうですか……彼は、あなたを大事に想ってくれているようですし……大丈夫でしょう。それに、顔がいいですね」
「ぷふっ!………くく、お母様……うん、そうなんです。顔もいいんですよ」
話しているうちに、エミリアが無表情でもお茶目なことを言う人だと分かって、ミーシャと和やかに会話が進んだ。
突然「顔がいい」だなんて言うので、思わず吹き出してしまった。
そして、同じことを考えていたことにほんのり心が嬉しくなる。
「………」
「ど、どうなさったんですか? あ、すみません。笑いすぎました?」
「いいえ、嬉しいのです。あなたが健康でここまで育ってくれて、幸せになってくれたことが……生まれた時、実はあなたは産声をあげなかったのですよ」
「えっ……」
「本当は、エリザベスよりもずっと小さく生まれて、いくら医者が手を尽くそうと、どんどん弱まるばかりで……」
「………」
「もう命も終わるのかと……せめて、姉妹と母との近くでと医者がエリザベスと私の間にあなたを置いたとき……エリザベスが驚くほど大きく声をあげて泣いたのです。まるで、あなたに生きてほしい。諦めないでと叫ぶように……」
「………リズ」
「……あなたは小さく、本当に小さく泣き始めて、『あぁ、この子は生きたいんだ』と思ったら、私も必死に頑張れと叫んでしまって……人生であれほど泣いたことはありません」
「しばらくすると、あなたの産声は大きくなって……今思えば、エリザベスの聖女の力があったのかもしれませんね」
「あなたが生きてくれて………本当に、本当によかった」
話を聞いているうちに、自然にぼろぼろとミーシャの瞳から涙が流れていた。
ミーシャが泣いているのに気づくと、エミリアは少し戸惑ったように手がうろうろしたあと、ゆっくりとミーシャを抱きしめた。
「う……ずずっ……う、うぅ」
「……困りましたね。こんな時にどう言ってよいかわからないですね。今までのツケですね」
ミーシャは、背中に手をまわしてひしと抱きしめる。
強張った手でゆっくりとミーシャの背中を撫でる。
そのぎこちない手が、ミーシャは最後の心の棘を取り払ってくれたと感じた。




