望みは潰えて
ミーシャがエリザベスが捕えられている巨木に、剣を深く突き刺した。
「やめろぉ!!!」
ピスティの絶叫とともに無数の鎖が出現し、ピスティを押さえつけていたルクスを突きとばした。
鎖はミーシャの腹に巻き付いて、巨木から引きずり落とした。
ミーシャもルクスもなんとか受け身をとって怪我はないが、剣は突き刺さったままだ。
ピスティがぜぇぜぇと肩で息をしながらふらりと立ち上がる。
「いい加減にしろよっ! あと少しなんだっ、ボクの邪魔をしないでくれっ!」
「いい加減にすんのはあんただ!」
ミーシャが腹に鎖を巻き付けたまま、ものすごい勢いでピスティに向かって突進し、彼の顔面に頭突きをかました。
ピスティは、鼻血をだしてよろめく。
しかし、おでこを赤くしたミーシャががっちり襟首をつかんでピスティのみぞおちに拳をきめた。
「あんたっ! こんなことして、いったい何がしたいって言うの!?」
「っるさい、お前に何がわかるんだよ……!」
「わかんないけどっ、アロクロも妹もルクスさんもリズもっ、みんなこっちは散々巻き込まれてんの!」
ミーシャは、ピスティが何もできないように羽交い絞めにして、地面に押さえつける。
「ルクスさん! また鎖をだすかもっ、お願い!」
「あぁ! もうすぐだ!」
ミーシャがピスティと交戦している間、役割を交代し巨木に登っていた。
差し込まれている剣に手をかけ、巨木を引き裂く。
「エリザベス……」
引き裂かれた巨木の隙間からエリザベスの顔が見えた。
繭でできた巨木はルクスの爪で引き裂け、ルクスはエリザベスの身体を巨木から引き抜いた。
「なんだっ!? 羽が……」
引き抜かれたエリザベスの背には妖精と同じ虹色の羽が生えていた。
それを見たピスティの口角がにやりと上がる。
「成功したっ……あははは! やった、やったぞ!」
「まさかっ、エリザベス! 頼む、そなただと言ってくれ!」
エリザベスはルクスに呼びかけられると、ゆっくりと瞳を開き、にこりと微笑んだ。
しかし、その微笑みにルクスは背筋が凍った。
「はぁ、久しぶりだわ……あぁ、身体が重い」
エリザベスは力のなくなったルクスの腕からするりと抜け出し、ふわりと地面に降り立った。
「うそでしょ……リズ、エリザベスだよね?」
「違うと分かっているでしょう?」
優しく微笑むエリザベスにミーシャの身体が震えて、涙が流れる。
その隙を逃さず、ピスティがミーシャを突き飛ばして、女神のもとへと駆け寄る。
女神を前にして、ピスティの瞳は憎しみに染まった。
「やっと……会えた」
「久しぶり……今は名前が違うのよね」
「ボクはのんきにあなたと会話をしたいんじゃないっ!」
「あら、ならどうしたいの?」
ピスティは、憎しみが引いて行き、その代わりに深い悲しみが顔を覆った。
今にも泣きそうな顔をして、膝をついて頭を地面にこすりつけた。
「ボクを……ボクを殺してください……お願い、します」
ピスティが掠れた声で切望した。
「あなたに捨てられて、一人になった。生きようとしても、大切な人は全員いなくなった……何度も孤独を味わった」
「何度も死のうとしたけれど、ダメだった……苦しいだけで、すぐに身体が戻る……」
「どんどん自分の心が壊れていくのがわかった……人を殺しても、死ねるのが羨ましいとしか思えない」
「こんなこと………もう、耐えられない」
「女神のあなたならボクを殺せるでしょう? どうか、お願いします……」
切実に、ただ一つの願いを涙をぼろぼろ流しながら訴える。
ミーシャは、そんな姿をみると、今までの他人を散々苦しめてきた彼の姿とは別人のようにさえ感じた。
しかし、それで彼に対する怒りが収まるわけではない。
「ねぇ、あんた……自分が死ぬためにこんなことしたの?」
「……うん」
「酷すぎる……酷すぎるよ! そんなのに他人を巻き込むなよ! どうして、魔族の争いが起こるようなことなんてしたんだよ!」
「……もしかしたら、強い魔力で殺してもらえば死ねるかもって……」
「たった……そんなことのために………」
「そんなことって…………ボクの長い苦しみなんてお前にわかるもんか!!」
ピスティが目を血走らせて、ミーシャに怒鳴った。
ただ、ミーシャも臆することなく睨み返す。
すると、女神がかがんでピスティの頬に触れる。
「そう……とても苦しんでいたのね」
「っ!……ボクを殺してくれるの?」
「それはできないわ。だってあなたは命じゃないもの……でも、このままにしておくのは良くないみたい。エリザベスに怒られたしね」
「だから……せめて、戻してあげる」
女神がピスティの額に軽く口づけすると、ピスティの身体が淡く光って消え去り、衣服だけが残った。
ミーシャがその光景に息をのむ。
「きえっ……まさか死んで……」
「いいえ、見て」
ピスティの衣服の中でもぞもぞと何かがうごめいていた。
何かは出口を見つけると、その顔をみせた。
実際には顔はわからないのだが、丸いもふもふに虹色の羽が生えた生き物だった。
「妖精に戻してあげたの。これでなんにもできないわ」
「………」
ミーシャはその妖精を見つめて、複雑な気持ちになった。
気持ちが晴れたわけでもない。
しかしながら、本人にとっては望みはかなわず、これが罰なのかもしれない。
「さて、そろそろエリザベスを返してあげないとね」
「!! 本当に!?」
「えぇ、あなたたちのおかげよ。もう少し遅ければ、エリザベスをのっとってしまうところだったわ」
「よかった……よかったよ! ね、ルクスさん!」
エリザベスがもう戻ってこないと思い、木から降りて呆然と立ち尽くしていたルクスの瞳に生気が戻って来た。
女神はにこっと笑って、ルクスの前に立つ。
「大丈夫、あなたはエリザベスを守り抜いたのだから胸を張りなさい……じゃあね」
エリザベスの身体がぐらりと揺れ、背中の羽は淡く消えた。
とっさにルクスが抱える。
「リズ……」
「エリザベス……」
ルクスが優しく名前を呼び、頬を撫でる。
エリザベスの指先がぴくりと動き、ルクスの手を包み込んだ。
そして、ゆっくりとサファイアの瞳がルクスたちを映す。
「ルクス様……それに、ミーシャも」
「エリザベスっ……」
「わっ!?」
ルクスはエリザベスを持ち上げて、全身でエリザベスを抱き抱えた。
エリザベスは驚いたが、すぐにルクスの首に腕を回して抱きしめ返した。
「エリザベス、エリザベス……エリザベス……」
「ルクス様……ご心配をおかけしました……あぁ、でもよかった。帰ってこられた……」
ルクスもエリザベスも泣きながら抱きしめ合って、ミーシャも涙で顔がぐしゃぐしゃだった。
「はぁ、いつの間にか終わってんな」
「えりざべずざまぁ~」
「アロクロ様! ルーニャ!」
聖女たちの救出を終えたアロクロと、彼の背にのっけてられてルーニャが戻って来た。
アロクロは姿を戻して、やれやれと言った様子で笑っていて、ルーニャもミーシャ同様、涙で顔がぐしゃぐしゃだ。
「それで、遠目で見ていたがあのクソ野郎は今はあれなのか……」
アロクロがぎろりとピスティだった妖精を睨みつけると、妖精はぷるぷると震えていた。
「皆さんにも見えるのですか?」
「あぁ……」
「ルクス様、少し下ろしてもらえますか?」
ルクスは名残惜しそうに、エリザベスを地面に下ろした。
エリザベスが妖精を手に掬い上げると、ミーシャは怪訝そうな顔をする。
「リズ、触っても大丈夫なの?」
「大丈夫……女神様が仰るに、完全に妖精に戻してしまったそうだから」
未だに怯えている妖精にエリザベスは複雑に思いながらも、優しく話しかける。
「……あなたは自分のことがわかる?」
(ボクのこと? わかんない ここどこ? どうして みんな おこってるの? ボク わるいことしたの?)
「……うん、悪いことしてしまったわ。でも、もう覚えてもいないのね……」
(そうなの? おぼえてなくても ごめんなさい したい……ごめんなさい)
「うん……」
妖精は、頭がないが、ぺこぺこと身体を上げ下げしているのを見て、アロクロは眉間に皺を寄せて深いため息をついた。
「オレが殺してやりたいほど憎んでいた奴とは別もんだな……こんな、ちっこい奴どうにかする気もおきない」
「アロクロ……」
ミーシャは心配そうにアロクロを見つめた。
「そんな顔すんなミーシャ、もういいんだよ。もうな……」
アロクロは、憑き物が落ちたような顔で微笑んで、くしゃくしゃとミーシャの頭を撫でた。
ミーシャは恥ずかしくなって、顔を赤くして後ずさる。
その様子をエリザベスが頬を赤らめつつも、わくわくと嬉しそうに見ていた。
「やっぱり、アロクロ様とミーシャって……」
「えっ、その……ちがくはないけど……」
「うふふ、そうなの、そうなのね! わたしは、嬉しいわ! ミィがそう、うふふ」
「ちょっと、からかわないでよ、リズ!」
和やかな雰囲気が流れていると、ルクスがエリザベスを再び抱きかかえた。
「えっ、あの、ルクス様っ」
「もうだめだ。離れていると苦痛だ」
「ですが、その、重いですし、歩けますよ」
「その間は離れてしまうだろう。無理だ」
エリザベスの顔が真っ赤になっているのをミーシャとルーニャがにこーっとしながら見てくるので、顔を隠したかったが手のひらにはまだ妖精が縮こまっていた。
「……あなた、もうお友達の所に行っていいのよ」
(う……ん)
小さく震えている妖精をエリザベスは捨て置くのは気が引けてしまって、選択肢にはなかった。
「じゃあ、姿が見えないようにできる?」
(うん)
「もう少しだけ、このままいてもいいよ」
(ほんと? ありがとう……)
エリザベスは、悲し気に少しだけ微笑んだ。
「よし、帰ろうエリザベス」
「はい……帰りましょう。みんなで……」




