迷いを捨てて
歩いて行くと扉が見えてきたが、その扉は不自然に開かれていた。
ミーシャがその不自然さに身構える。
「まさかっ、すでに誰かが入り込んでいるんじゃ……」
「俺が先に入ろう」
ルクスが先頭になって部屋の中の様子を確かめると、部屋の中は書庫のようになっていて、いくつもの本棚に本がぎっしりと並べられている。
そして、部屋の真ん中にフードを被った誰かがうつむせに倒れていた。
服の裾から、アロクロと同じしっぽが見える。
「魔族だ……」
「まさかっ、ナロクロっ!? お前なのかっ!?」
アロクロが驚きの声を上げて、急いでミーシャに支えられながら倒れている魔族の女性に駆け寄る。
女性を仰向けにさせたとき、フードが脱げた。
彼女は、アロクロと同じく黒い髪に二本の角が頭から生えている。
アロクロが肩をゆすったり、頬を軽く叩いたりして呼びかける。
「ナロクロっ、ナロ! 起きろ! 頼む……」
「………ぅ……兄貴?」
微かにナロクロの瞼が揺れ、ゆっくりと紫色瞳が見えた。
アロクロは妹の無事を確認すると声を押し殺して、涙がぽたりぽたりと流れた。
隣で見守っていたミーシャも微笑み、涙が流れる。
「兄貴、泣くなよ……」
「泣くだろ……くそっ……こんなの……あぁ」
「好きな女の前だろ? いいカッコしなきゃ」
「好きな女って……お前なんでミーシャのこと」
「ごめん……全部アタシのせいなんだ」
ナロクロは力の入らない様子で、身体を起こすのをアロクロが手伝った。
ナロクロは申し訳なさそうにミーシャを見つめ、頭を深く下げた。
「アタシがあなたに呪いをかけたんだ……心を蝕む、危険な呪いを……」
「え?……なんで、アロクロの妹が?」
「それと兄貴、あと……わんこさん? 二人にも謝らせてほしい……」
ナロクロがわんこさんと呼んだのはルクスで、ルクスの眉間にぎゅっと皺が寄った。
慌てて、「名前がわかんないから!」と言われ、「ルクスだ」と教えてもらった。
「それで、なんだよ謝ることって」
「え、と………あの、祝いの席で兄貴に魔法をかけたのも、ルクス、さんを魔法で撃ったのも……アタシなんだ」
「ミーシャのことといい、なんでお前がそんなことしなきゃいけないんだよ?」
「アタシもわけがわからなくて……たぁくんと一緒に崖から落ちて、目が覚めるとたぁくんはいないし、あのクソ野郎が目の前にいて……」
ミーシャがアロクロに「たぁくんて?」と尋ねると「こいつの恋人」と答えた。
「クソ野郎……カスティを殺そうと思ったら身体が言うこときかなくて、しかも、あいつの命令が絶対って言われて……実際その通りに、自分の意志とは関係なくなっちゃって」
「聖女の本の誓約が使われたのか……はぁ、聖女の奴、嫌な誓約つけやがって……」
ミーシャがうーんと考えて、口を開く。
「もしかしたら、聖女は封印を解いた人が傷つかないように、って思ったんじゃないかな? アロクロだって、初めあたしを殺そうとしたでしょ?」
「………すまん」
「えっ、あ、ごめん。全然気にしてはないからね」
気まずそうに視線を外したアロクロに、ミーシャがあわあわしながら首を振った。
「……カスティは、たぁくんの本も持ってて……万が一のことがあれば、燃やすって脅してきて」
「身体も言うこときかないし、たぁくんも危ないしで……どうしようも……なくなって」
「皆に酷いことばっかりして……最後にミーシャさんに危険な呪いをかけるように命令されて、そのせいで魔力がほとんどなくなったら、用なしだってここに捨てられた……なんとか出ようと這いつくばって移動してたら、ここにたどり着いたの」
ナロクロは、鼻をすすりながら、再び頭を深く下げた。
「だから、ごめんなさい。兄貴、ルクスさん、ミーシャさん……」
「……そなたの状況は理解した。気に病むな、罰は奴に受けてもらう……」
「あたしも大丈夫、いろいろ乗り越えられたし……」
「そうだ。とにかく、お前が生きててよかった……本当に……」
アロクロが優しく微笑むと、ナロクロは泣きそうになりながらこくこくと頷いた。
「よしっ、アロクロの妹も見つかったし、ここから出る方法も見つけなきゃね!」
ミーシャが元気よく立ち上がる。
しかしすでに、エミリアが手帳を片手に部屋の探索を始めていた。
エミリアが本棚の裏に何か書かれているのに気づいた。
「陛下、申し訳ないのですがここの本棚をずらしていただけますか?」
「わかった」
ルクスが中の本を落とさないように注意しつつ、本棚をずらした。
すると、壁には円の形をした不思議な文様が描かれていた。
「これです。これには聖女様の聖なる力が込められていて、触れれば外にでられるはずです」
本棚の本を全てアロクロが魔法で回収し、全員揃ったところで壁の文様にエミリアが触れると、光が部屋全体を包んだ。
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「ここ……どこかの部屋? でも外には出られたみたい!」
ミーシャたちが転移してきたのは、どこかの倉庫のような一室だった。
そしてすぐ、部屋の前の廊下から騒がしい声が聞こえてきた。
「帝国の騎士団が攻めてきているだとっ、援軍まできているのか!? あと少しだ。女神様のため、時間を稼ぐのだっ」
大勢の鎧がこすれ合う音が遠のいていく。
「どうやら、幸いまだ大聖堂の中のようだ。それに、遅れて来るように指示しておいた騎士団も助けに来ているみたいだな」
「だが、はやくエリザベスを助けなければ……地下が手薄になっている今の内だ。行けるなルーニャ?」
「もっちろんです!」
ルクスがルーニャのみに言ったので、ミーシャが「待って!」と二人を呼び止めた。
「ルクスさん、あたしも行くから。これでも剣は扱えるし!」
「オレも行けるぞ……だいぶ体力も戻って来た」
ルクスが煮え切らない様子でミーシャとアロクロを見ていると、エミリアが口を開く。
「殿下、不安を抱いていらっしゃるのでしょうが、四人で行くことを進言いたします」
「先ほど聖女様たちが捕えられているとお聞きしましたが、ピスティは聖女様たちのお力を使うと言っていたのでしょう? そうだとするならば、聖女様たちを解放することが儀式の失敗につながるのではないでしょうか」
「エリザベスの救出と聖女様たちの解放……二人では難しくとも、あなたがた四人ならそれもできましょう」
ルクスは、エミリアの冷静な提案に瞬きをした。
そして、深呼吸をして顔を上げると、精悍な表情が戻ってきていた。
「ありがとうナギヤ殿、また誰かが傷ついてしまっては、と迷いがでるなど、不必要だったな」
「怪我もするだろう。命の危険もある……だが、それでもエリザベスを助けたい。ミーシャとアロクロ殿は、それでもいいだろうか?」
二人は力強く頷いた。
ミーシャがいざ行こうとした時、エミリアがミーシャの手を握った。
そんなことをされたことがなかったので少し驚いたが、その手をゆっくり握り返した。
「エリザベスを……お願いね。どうか、あなたも無事で」
「うん……ナロクロさんのこと、よろしくお願いします」
ミーシャはしっかりと母の目を見つめて伝えた。
手を離して、部屋の外へと出ていった。




