色褪せた
※胸くそ注意です
ミーシャにエリザベスが近づいても、ミーシャは光のない虚ろな瞳で放心している。
その瞳を見るだけで、胸が苦しく締め付けられる。
傍で大怪我をして膝をついているアロクロがエリザベスを心配そうに見つめる。
「アロクロ様……申し訳ありません。あなたを治すことができなくて……」
「なんてことはない。魔族は、しばらくすれば自然治癒する。だが、気を付けろ……ミーシャは病気なんてものじゃない。呪いをかけられている……それも、かなり強力な……」
「呪い……ピスティ卿が何を考えているかはわかりません。ですが、ミーシャをこのままにすることはできません」
おどけたピスティがエリザベスににっこりと微笑んで話しかける。
「そうですよ! ささっと治してあげてください。早くしないとわんちゃんとトカゲちゃんが兵士を全員ぼこ殴りにしそうです! 妖精に命じれば、必ず現れて命令をきいてくれますから」
「あなたは黙ってくださいっ」
「や~ん、こわい」
エリザベスが苛立って睨むと、ピスティわざとらしく怯えて後ずさった。
エリザベスは、ミーシャの目の前まで歩み寄る。
相変わらずミーシャの瞳には何も映らない。
「ミィ、待たせてごめんね……今度はわたしがあなたを助ける番……」
「大好きなミィを助けるために、お願い、力を貸して……」
エリザベスがミーシャを抱きしめると無数の妖精がどこからともなく集まってきて、エリザベスとミーシャはまばゆい光に包まれた。
エリザベスの視界が真っ暗になった。
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カミシロ ラナ、それがあたしの前世での名前だった。
中学二年生の時。
暮れかけた日が照らす道を自転車を引きながら、ゆっくりとラナは家に向かっていた。
別に自転車がパンクしているわけではない。
ただ、出来るだけゆっくり歩いて時間を稼ぎたかった。
(今日もあの家に戻る……明日も、明後日も)
空を見上げれば、赤でもない青でもない色で塗りつぶされている。
ラナには、このよくわからない色も意味のない色あせた灰色にしか見えない。
「ただいま……」
玄関に入ると、ラナの声をかき消すほどの男女の言い争いが聞こえてきた。
「またあの女と浮気してたの!? いい加減にしてよっ!」
「違うっ、ただ相談しただけで……というか、また俺の携帯を覗いたのかっ!?」
「あなたが疑わしいことするからじゃない!」
「ハァ!? お前も新しいブランドもののバッグ買ってるくせに、俺には自由がないのか!? こんなストレスがかかる家庭なんてうんざりだ!」
(今日は一段と激しい)
ラナがリビングのドアを開けると、言い争っていた男女はばつが悪そうにラナを見る。
「あ、あぁ、ラナお帰りなさい」
「今日も部活だったのか?」
「喧嘩が玄関まで聞こえてるよ。ご近所さんにだけは迷惑かけないようにね……夕飯つくるから」
「あ、あらごめんなさい。部活で疲れているでしょう? お母さんが作るわよ」
「別に……ありもしない気なんか使わなくていいよ。親権ならお母さんを選んで、そのままおばあちゃんの家にお世話になる。そうすれば、お母さんは養育費払わなくていいし、お父さんは新しい女の人と一緒に暮らすとき問題ないでしょ?」
ラナは、無表情で淡々と話す。
その瞳には、怒りも悲しみもなかった。
唖然とする両親を放っておいて、ラナは夕食の準備に取り掛かる。
また両親が「あの子がああなったのは、あなたのせいよ!」、「お前がちゃんと見ていないからだろう!」と責任のなすりつけ合いが始まっていた。
これがラナにとっての日常だった。
ラナは部屋にひとりになると、静かに嗚咽をかみ殺すように泣いていた。
毎日、毎日、誰にも知られることがないように。
「……お父さんとお母さんは喧嘩で忙しいし……あたしを心配してくれる人なんて、いるはずないか……」
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ラナは、学校で机に突っ伏して、誰とも話すことなくぼーっと外を見つめる。
騒がしい周りの生徒たちの声は、ラナにとって遠い存在だった。
教室に、はつらつとした男性が入ってくると、騒いでいた生徒たちが席に着いた。
「みんな! 今日は色紙を書くぞ!」
「はぁ? 色紙? なんでですかー?」
「皆も知っているだろう。今年度からみんなの仲間になったスズカタ キラリだが、一度も登校していない! そこでっ、皆で励ましの色紙を書いて送るんだよっ」
キラリという名前が出た時、一部の女子たちからくすくすと陰湿な笑いが起こり、何かささやき合っていたが先生には見えていなかったようだ。
まわってきた色紙に、ラナは興味なさそうに一文だけ書き込んで、後ろの席の生徒にまわした。
色紙がまわり終わると、教師が「よし、書いたな! じゃあこれをキラリの家まで届けてくれる奴いるか?」と言い出した。
「せんせぇが行けばいいじゃん!」とごもっともな不平がでたが、「テストの準備で行けそうにない!」と言い訳をしていた。
誰かいないかとざわついていると、ラナが手を上げた。
「あたし、行ってきます」
「おっ、いいのかカミシロ? 部活もあるだろう?」
「はい、問題ないです」
(遅く家に戻れるし、内申点に影響出るかもしれないし)
「じゃあ、任せた! あとで行き方を説明するから職員室に来なさい!」
「はい」
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「ここか……」
スズカタ キラリの家は大きな庭付きの一軒家で、思わず上から下にじっくりと見てしまった。
窓をみるとカーテンで遮られているが光が漏れ出ているのが見えた。
(いるみたい……はぁ、先生ってば、あれもこれもってプリントが多くなって紙袋にいっぱい……重い)
ラナは、インターホンを押したが、反応がない。
ポストにも入りそうにない紙袋をそのままにもできないので、連続でインターホンをならし続けていると、やっとでてくれた。
「……はい」
「えっと、クラスメイトのカミシロ ラナなんだけど、プリントとかあずかって来たから貰ってくれる?」
「……は、はい」
しばらくすると、玄関ドアが半分だけ開く。
ドアの間から、全身を毛布でくるんだ、ふくよかな黒縁眼鏡の女の子が顔をのぞかせた。
キラリの陰鬱とした雰囲気に、ラナは一度ぎょっとしたがとりあえず目的を果たすことにした。
「えっと、これが今までの授業ででた課題で、これが今度の体育祭の書類。でたい種目にまるつけてだってさ……」
「べ、別にあたし学校行かないし、勝手にやってください」
「ふーん、そか……んで、これが色紙」
「色紙?」
「クラスの皆で書いた。先生の提案で……」
「いっいらない! あいつらも書いたんでしょ!? そんな色紙いらない! 今すぐ捨ててよ!」
今までぼそぼそとしか話さなかったキラリが突然、怒りを含んだ大声になる。
それにぎょっとしたラナの目がさらに丸くなる。
「あいつらどーせまたあたしの悪口で笑ってたんでしょ!? 同じクラスなんてほんとに最悪!」
あいつら、というのに教室でくすくすと笑っていた女子たちの顔が浮かぶ。
その女子たちがそうとう酷いことをキラリにしていたのだろう。
「ほんとにいらんの?」
「いらない! 破って燃やしても足りないくらい!」
「わかった」
「へ?」
ラナは、色紙を十字に破ってしまった。
そこらへんに捨てるのはさすがにできないので、持って帰ってゴミにするかなんて考えていた。
キラリはラナの唐突な行動に開いた口がふさがらない。
「へ? ちょっと本当に? というか、色紙って素手でいけるの?」
「目の前で破ったじゃん」
「そう、だけど……」
ラナは、プリントのみ残った紙袋をキラリに渡す。
「じゃあ、プリントは渡したから」
「まっ、待って……えと、カミシロさん?」
「ラナでいいよ」
「じゃあ、ラナちゃん……えっと……その……」
キラリは、呼び止めたと思ったら言葉の整理ができていないのか口ごもる。
ラナは、それを咎めることなく言葉が出るのを待った。
「あ、ありがとう……その、気持ちを汲んでくれて」
「別に破いただけだし」
「あのさ、今更だけど、その色紙やっぱりくれない?」
「いらないって言ったり、いるって言ったり……」
「ご、ごめん」
不平を言いつつも、ラナはキラリに色紙を渡した。
「ラナちゃんの書き込み……『無理しなくていい』って」
「別に学校来たくなければ、無理に来なくてもいいじゃん。だけど、勉強はやっときなよ。それは自分のためだから……って意味」
「そ、そっか……」
「んじゃ、そろそろ行くから」
ラナが踵を返して家に戻ろうとした時、キラリに腕を掴まれた。
キラリは羽織っていた毛布が落ちて、初めてラナと視線があった。
「ラナちゃん! お、お友達になってくれませんか!?」
「………別にいいけど」
「~っ! ありがとう! あのさっ、今度あそぼっ」
「じゃあ、部活帰りによる」
「うんっ、うんっ!!」
淡々と応えていたラナとは対照的に、キラリは嬉しさで瞳を輝かせていた。
そして、ラナとキラリは友だちになった。




