呪い
※流血注意です
大聖堂の奥、普段は信者が入ることを禁じられている区間まで来ると、エリザベスたちを先導していた神官が口を開く。
「皇帝陛下、お話し合いに来られたと先ほど仰っていましたが、何か誤解があるようで……」
「誤解?」
「はい、エリザベス皇妃様の妹君はこの大聖堂で保護させていただいているのです。彼女は今、深刻な病に侵されております」
数日前に健康な姿だったというのにミーシャが病に侵されているなど、この状況も相まって信じられるものではなかった。
「ミーシャが、わたしの妹が病に? いったいどのような病ですか?」
「治すには大変難しい、心の病です……よほど衝撃的なことがあったのか、目に生気は感じられず、ほとんど反応もしないのです」
「そんな………」
エリザベスの声が震える。
「衝撃的なこと」というのが、自分がミーシャを拒絶したことなのではと思った。
自分のせいでミーシャが酷い状況になっていると考えるだけで、恐怖で手先の感覚がなくなってしまう。
「彼女を助けるために……お力を貸していただきたいのです。聖女様のお力を……」
「っ!……」
エリザベスは言葉に詰まった。
しかし、即座にルクスが助け舟を出してくれた。
「皇妃は聖女ではない。それに、彼女の行動は彼女の意志で決まる。そなたたちの思惑なぞ、関係はない」
ルクスが安心させるためにエリザベスの手を握ってくれた。
氷のような手が、ルクスの温かい手で包まれ溶けていく。
泣きそうな顔で横をみると、ルクスが優しくエリザベスを見つめてから視線をまっすぐに戻す。
エリザベスは、温かいルクスの手に包まれて、自分にも温度が戻って来る。
そして、前をしっかりと向いた。
「……まぁ、まずは妹君の様子を見ていただきましょう。見れば、嫌でもお力を使うことになると思いますがね……」
神官が廊下の突き当りにある、重々しい扉を開く。
扉の先は暗く、上ではなく階段が下に続いている。
「妹君は地下で安静にしております。足元にはお気をつけて……」
地下へと進んで行くたびに深い沼を覗き込むような恐怖があったが、頼もしい人たちがいてくれると思うと、エリザベスはしっかりと歩けた。
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「? 地下なのに明るい?」
地下への階段を下った先は、広い空間につながっていた。
筒状の吹き抜けになっているこの空間は、空らか温かい陽ざしが入り、地面は土なのか綺麗な白色の花畑が広がっている。
そして、その花畑の中央に、ずっと会いたくてたまらなかった人が佇んでいた。
「ミィ!!」
「ミーシャ!!」
「待てっ、二人とも!」
エリザベスが思わず走り出してしまいそうになったのをルクスが手を引いて止めたが、アロクロはルクスの制止を聞かずにミーシャに向かって走った。
しかし、突然どこからともなく鎖が現れ、アロクロの手足を拘束し、アロクロはミーシャにたどり着く前に、地面にうつむせに叩きつけられた。
「う……ぐ、ミーシャ……!」
「アロクロ殿! ルーニャ、退路を確保しろ。エリザベスっ、必ず守る。離れるな!」
「はっ、はい。ですがミ―シャがっ……」
ルーニャの姿が変わり、出口となる階段に向かうが、すでに鎧と剣で武装した兵士たちに阻まれていた。
そして、兵士たちは潜んでいたのかぞろぞろと姿を現し、エリザベスたちを囲んでいく。
「ずっ、ずるい! 自分たちだけは武器を持つだなんてっ!」
「フッフフ、聖なる力を込めて作られた鎧と剣です。他の武器とは違うので特別なのでーす」
聞き覚えのある声がした。
声の方を向くとサエウム・ピスティがにっこりと笑っていた。
口調が随分とふざけているのにエリザベスは驚いたが、これが本来の彼で、彼から放たれる狂気を隠す気がなくなっただけなのだろう。
「あっ、魔力をもつルーニャさんとアロクロさんは、兵士に触れただけでも痛いですよ。気を付けてください。フフ」
態度も何もかもふざけているピスティをルクスが敵意をむきだした金色の目で睨む。
「ピスティ卿……姿をみせないと思えばこのようなふざけた真似を……」
「それはすみませーん。いやぁボク、アロクロさんが怖くって……だってあの人ボクを恨んでるし」
「アロクロ殿が……?」
アロクロを見ると、心の底から溢れ出る憎悪で彼の瞳が濁っていた。
握りしめた拳を震わせて、ピスティを睨みつける。
「サエウム・ピスティ……名前が変わってて気づかなかった。やはり生きていたのか……」
「はいっ、こうしてぴんぴん生きていますっ。あーぁ、あの時きっちりかっちり、ボクを殺してくれたら、よかったのにねぇ」
「………クソ野郎、もう一度ぶっ殺してやるっ」
倒れていたアロクロが、鎖を引きちぎらんと引っ張りながら、ゆっくりと起き上がる。
「こんなもので縛れると思われるとは、舐められたもんだ……」
アロクロは全身に黒い魔力を纏うと、繋がれていた鎖は破壊された。
ピスティはさすがに危ないと思ったのか逃げる姿勢をとったが、アロクロはピスティにはかまわずミーシャのもとへと向かう。
「殺してやりたいが、貴様なぞ今はどうでもいい……ミーシャを返してもらうぞ」
アロクロは、ミーシャの前までやっとでたどり着いた。
ミーシャはアロクロが近づいても、背を向けてなんの反応も見せない。
「ミーシャ……遅くなってすまなかった。帰ろう」
「……」
「怒っているよな。オレが傍にいてやれなかったこと、本当にすまない」
「………」
「……ミーシャ」
アロクロがミーシャの腕を掴んでこちらに向けさせようとした時。
ぐずり
肉が裂ける音がした。
アロクロは額から汗をどっと流し、痛みと熱さがとめどなくあふれる元をみる。
腹に剣が刺さっている。
剣はミーシャの手に握られていた。
「ミ……シャ………」
ミーシャの瞳には光がなく、明らかにまともな精神状態ではなかった。
(ミーシャ……これは呪いがかけられてるのか? あのクソ野郎がミーシャにこの剣を持たせて、ミーシャにこんなことさせやがって)
「ミ……シャ、大丈夫だぞ。こんな怪我ほっときゃ治るから……」
「………」
息をぜぇぜぇと吐きながら、優しく微笑むアロクロがミーシャの頬に手を伸ばす。
ミーシャの頬に触れて、剣が深く刺さるのも気にしないで近づく。
「ミーシャ……オレの大事な花籠……」
アロクロは、愛おしいという気持ちを込めてミーシャの額に口づけをする。
微かにミーシャの赤い瞳が揺れた。
しかし、アロクロの願いむなくしく、ミーシャはアロクロの腹を足蹴にして、剣を引き抜く。
アロクロは反動でよろめき、その場に膝をついた。
ミーシャとアロクロのまわりの花が血の赤で染まっている。
ミーシャがアロクロにとどめを刺さんとばかりに剣を振り上げた。
アロクロが力なく顔を上げると、ミーシャの瞳から涙が流れて、剣先が震えていた。
「もうやめてーっ!!」
エリザベスの悲痛な叫びが響く。
ピスティがミーシャに手を向けると、ミーシャは剣を下ろした。
エリザベスは大粒の涙を流して、行き場のない怒りでドレスを握りしめる。
「こんなことっ……どうしてこんなことが許されるはずがありませんっ! もう、やめてください……」
「どうしてアロクロ様が……どうしてミーシャがそのような仕打ちを受けなければいけないのですか?」
「聖女の力が必要なのでしょう!? なら、わたしに直接言いなさいっ! これ以上二人を巻き込まないでっ!」
エリザベスがピスティを睨む。
ピスティに対する怒りで心がかきむしられるようだった。
しかし、エリザベスの怒りを無視した、不気味な笑みをピスティは浮かべる。
「そんな睨まないでくださいよぉ。ミーシャさんをおかしくしたのは悪―い魔族なんですよぉ、ボクじゃないですぅ。ボクはむしろ、ミーシャさんを治してほしいのですよ。あなたの……聖女様の力で」
「ミーシャを……治す? それがあなたの望みだというの?」
「まぁ、ボクの望みに必要なことですね」
エリザベスは、ピスティの考えが全く分からない。
しかし、今すぐミーシャを助けたいと思う気持ちがエリザベスに一歩を踏み出させた。
だが、身体がルクスの手に引かれて後ろに下がる。
ルクスの顔は、エリザベスを失うのではという不安がありありとしている。
ルーニャも不安で泣きそうになっていた。
「駄目だエリザベス、絶対に駄目だっ……オレが先頭になって道を開けさせるから、そなたはルーニャに抱えてもらって……」
「そうですっ! エリザベス様だけでもっ……」
「それでは二人を置いていくことになります。それだけはできないのです……ごめんなさい、ルクス様、ルーニャ……」
エリザベスは、優しく微笑んでルクスの手を離させる。
エリザベスは、一歩下がると振り返ってミーシャのもとに走った。
ルクスとルーニャがエリザベスを追いかけようとするが兵士たちが行く手を阻む。
「行くなっ!! 行くなエリザベス!!」
「エリザベス様っ!」




