妖精✿
最後に挿絵が入っています。見たくない方注意です。
(部屋では会えたけれど、もう寂しくなってる………)
帝国に行くための馬車に乗り込むところで、エリザベスは名残惜しそうに屋敷の一室の窓を見つめた。
しかし、ずっとそのままにしているわけにもいかず、手首につけているブレスレットに触れて、馬車に乗り込んだ。
馬車のなかでは、遠くなっていく屋敷をみることはしなかった。
そうしなければ、ただでさえ心細くてたまらないのに、決意が揺らいでしまいそうだった。
(大丈夫………皇帝陛下は恐ろしいお方だと聞いたけれど、嫁ぐのだから悪いようには扱われない………はず)
(アトラン帝国は様々な人々が住まう国、つまり人が集まる分、知識も集まる)
(わたしにできることは妃として陛下を支える。そうやって信用を得られれば、自由に動けるだろうし、ミーシャにかけられた誓約を解く方法を見つけられるかもしれない)
「ミーシャ………」
ぼーっと変わりゆく景色を眺めていたが、緊張のあまり昨夜は眠れなかったせいか眠気に襲われた。
そして、ゆっくりと重くなった瞼は下がった。
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姉妹は同じ屋敷に住んでいたにもかかわらず、エリザベスは王妃としての教育があるためか、離れ離れに教育を受けることが多かった。
部屋も別にされていたが、不思議と仲は良かった。
二人は、約束をしなくともなんとなく会えるような気がして、隙をみてこっそり遊ぶこともしていた。
エリザベスとミーシャが6歳の頃。
「ふふっ、クッキーおいしい?」
(おいしい リズのつくる おかし すき)
「ありがとう、また作って来るね」
「リズ? 一人で何話してるの?」
「ひゃっ! ミ、ミィ」
庭園の隅で、一人でぶつぶつと話していたエリザベスの背中からミーシャが覗き込んだ。
エリザベスはあわあわとしながら、慌てすぎたのか手のひらにのせていたクッキーをバキバキに握りしめてしまった。
「ああっ、ちょっ、クッキーが大変なことに! ごめん、そんなに驚かせた?」
「う、ううん、け、気配に気付かなくて………」
「でも、なんでクッキー? もしかして、動物でもいた!?」
「どうぶつ………なのかな?」
「あっ、やっぱり何かいたんだ。ふふ、リズは隠し事がへたっぴだなぁ」
ミーシャがくすくすと笑うと、エリザベスは、恥ずかしさで顔を赤くして俯いていた。
「それで、なになに? 何がいたの?」
「ミィは、わたしのこと嫌いにならない?」
「あたしがリズを? そんなのあり得ないよ!」
「だって………お母様に以前言ったら………すごく、嫌そうだったし、誰にも言うなって」
「お母様が? どうしてそんなこと」
エリザベスが不安そうにもじもじと足先こする。
その様子にミーシャは困ったように微笑んでから、エリザベスの顔を下から覗き込んだ。
しかも、変な顔をしながら覗き込んできて、思わずエリザベスは吹き出してしまった。
「もうっ真剣に悩んでたのに、変な顔するんだから」
「暗い顔してるより、笑ってた方がリズは可愛いよ」
ミーシャがにこりと笑って、「少しくれる?」と言ってクッキーの破片を分けてもらった。
「それで、リズのクッキーを食べられる幸せ者の動物?はどんなのなの?」
「んと………妖精なの」
「ようせい? リズ、妖精が見えるの!?」
「う、うん、そうみたい。この前までもやもやっとしか見えなかったけど、最近くっきりとチョウみたいなのが見えてきたの。本で調べたら妖精みたい」
その時、ミーシャは目を見開いて一瞬硬直したが、すぐにいつもの笑顔に戻っていた。
「妖精ってクッキー食べるんだ。形はチョウなんだよね? 想像できない」
「そうみたいなの、羽はチョウなんだけど身体はもふもふしてて………それに話すのよ。美味しいって言ってくれるの! 見てて」
エリザベスは年相応にはしゃいで、クッキーの欠片を掲げた。
エリザベスの周りに、何羽もの虹色の羽をもつ蝶のような妖精たちがひらひらと近づいてきた。
妖精たちは喜びながら少しずつクッキーを食べ始める。
ミーシャからすると、何もいないはずなのに、クッキーはまるで何者かに食べられているようにさくさくと音をたてて、消えたように見える。
その様子を目を丸くして、じっと見つめ、その瞳には興奮の色がでていた。
「あたしは何にも見えないけど、今、妖精が食べてるんだ! すっごーい!! あたしも、あたしもやる!」
ミーシャは、興奮しながらクッキーを掲げるがしばらくしてもクッキーが食べられる様子がなかった。
「来ない………あたし、うるさいから嫌われてる?」
「うんと、妖精たちは恥ずかしがり屋さんで臆病な子が多いから………ほら、大丈夫だよ。おいで」
エリザベスが手を掲げて、妖精をのせるとミーシャの方に近づけた。
「妖精、ちゃんときてる?」
「うん、そのまま静かにね」
しばらくすると、くすぐったい感覚がしたと思うとエリザベスの時と同じようにクッキーが消え始めた。
妖精を驚かせないように叫びそうなのを口をぎゅっと結んで我慢しているが、ルビーのような瞳は好奇心できらきらと輝いていた。
その嬉しそうな顔をエリザベスは優しい顔で見つめていた。