心開くとき
機嫌よく鼻歌を歌うピスティは、気絶しているミーシャを地面に捨て置くように放置していた。
すると、影からフードを被った女性が現れた。
フードからのぞく紫色の瞳がピスティを心の底から憎々し気に睨みつけ、その視線を落とす。
「その子……どうしてっ」
「使えそうなので捕えたんです。重いのであなたが持ってくださーい」
「この子まで巻き込んで……クソ野郎」
「あははっ、あの邪魔な魔族を引きつけてくれたのも、あのわんちゃんをやったのもあなたなのに、それ言っちゃいます?」
「お前のせいでっ……アタシが必ずお前をぶっ殺してやる」
「はぁ……できることならやってほしいものです。あぁ、それと口には気を付けてくださいね」
「うっかり、あなたの大事なものを壊してしまうかもしれませんからぁ」
ピスティは、にこりと笑うのに優しさが微塵も感じられない。
フードの女性がぐっと拳を握りしめるが、その怒りをピスティにぶつけることはせず、細く息を吐いたて怒りを閉じ込めた。
女性がピスティの命令通りミーシャを抱える。
「あっ、そうだこれも使わせてもらおうかな」
ピスティがミーシャの手首につけているブレスレットを奪い、そして三人はその場から姿を消した。
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眠るエリザベスの手をすがるようにルクスが握りしめる。
ルクスは、エリザベスが倒れてからできるだけ長い時間をエリザベスと共に過ごせるように、仕事や食事も医務室に持ち込んでいた。
しかし、エリザベスはまる一日眠ったままだった。
「エリザベス……目を覚ましてくれ……そなたを失うなどあっては……」
「……くす、さま?」
「エリザベスっ!?」
エリザベスの瞼が微かに揺れ、ゆっくりとサファイアの瞳が姿を見せた。
まだ頭がしっかりしないのか、ぼーっとしている。
ルクスがぼろぼろと涙を流しながらエリザベスを抱きしめたあげた。
「エリザベスっ……よかった」
「ルクス様……わたし、ご心配をおかけしたようで……」
「あぁ、心配したっ……そなたは丸一日眠っていたんだ」
「一日!ですか……」
エリザベスは、まさか自分がそんなにも眠っていたとは思わず驚いた。
ルクスは、嗚咽をもらし大きい身体が震えていた。
エリザベスは、一度躊躇したが抱きしめ返す。
「ルクス様、ご心配をおかけして、申し訳ありませんでした」
「ぐずっ……はぁ………本当に目を覚ましてくれてよかった。すまない、情けない姿をみせて……俺はそなたに謝ってばかりだな……」
「そんなことないです。むしろもっと……見せていただいても……というか……はっ!」
エリザベスが気配に気づいて顔を上げると、泣いているがぎゅっと口を結んで我慢しているルーニャと横を向いて視線を外してくれているジーニャがいた。
今だにエリザベスはルクスに抱きしめられていて、さすがにこの状況は恥ずかしく思えて「あ、あの……陛下、離れた方が……」とこそりと言った。
しかし、ルクスはエリザベスをより抱きしめて首を横にゆるゆると振った。
ジーニャが「ごゆっくり」と言わんばかりに泣き顔のルーニャを引っ張って、医務室から出ていった。
(あ、あぁ……恥ずかしかったぁ……でも、こんなに陛下が取り乱すなんて……)
(抱きしめて、こんなに心配してくださるなんて……)
エリザベスの頭がやっと晴れてきて、あの惨事をじんわりと思い出す。
(陛下が大怪我をして、それを妖精たちの力を借りて治してもらって……)
(わたしが聖女だと、さすがにバレてしまったわよね……)
エリザベスが視線を落として、黙りこくっている。
ルクスは、エリザベスが何か言いたげに黙っているのを察して、ゆっくりと離れる。
「……あの、ミーシャ……金髪で赤い目のわたしと同じくらいの女性はいませんでしたか?」
「そなたの妹か……ルーニャから報告を聞いた」
「……申し訳ありません。妹のことも、わたしが聖女だということまで隠していて」
「正直、相談してほしかった……」
「申し訳、ありません」
「違うんだ。相談してほしかった、という思いはあるが、俺自身がそなたに壁を作ってしまっていたからだ、とも思う……俺もそなたに話せていないことがたくさんある……お互い、ため込む性分なのかもしれないな」
ルクスは、苦笑する。
その苦笑に深い悲しみや孤独が込められていることをエリザベスは感じとった。
エリザベスは、手を伸ばしてルクスの頭をゆっくりと撫でた。
ルクスは一度目を見開いたが、エリザベスの撫でる手に頭を少し下げて身を任せる。
「これから、わたしのこと……いろいろ、陛下にお話ししてもよいですか……たくさん、ご迷惑をおかけすることになるかもしれません」
「あぁ、そうしてくれると嬉しい」
「……あの、では、陛下のことも……ルクス様のことをお話し出来る範囲で、わたしも聞いてよいのでしょうか……」
「あぁ、俺のことも知ってほしい」
ルクスがエリザベスの撫でている手を取って、愛おし気に口を押し当てる。
それが口付けなのだと気づくのに数秒かかって、気付いたときには恥ずかしさで顔が熱くなる。
そして、ルクスに告白されたことが思い出されてしまう。
「あの、陛下……あの時言ったことは……その」
自分のことが好きか?なんて質問が恥ずかしくて夢だったらどうしようだとか考えてしまって、口から出てこない。
もじもじとするエリザベスの手を握り直し、ルクスにまっすぐ見つめられるとエリザベスの胸が速く鳴る。
「エリザベス、もう一度はっきり言おう。俺は、そなたが好きだ……」
「………」
エリザベスの頬が赤く染まる。
こんな夢みたいなことがあっていいのだろうか。
自分の好きな人が自分を好きになってくれただなんて、そんな贅沢が許されるのだろうか。
今まで心に閉じ込めていた「誰かを好きになる」という気持ちを解放してよいのだろうか。
そんな想いが頭の中を占めていくのに、目の前で優しく微笑むルクスを見るとだんだんと心が緩んでいく。
気づくと、頬には涙が伝っていた。
「わたしも……わたしもルクス様を好きでいて、よろしいのでしょうか……?」
「あぁ……あぁ! もちろんだ!」
ルクスがとびっきりの笑顔でうんうんと頷いて、ちぎれんばかりにしっぽを振る。
エリザベスも泣きながら花が咲いたようにきれいな笑顔をみせた。
(あぁ、どうしよう。こんなに心が満たされるだなんて……)
「うれ、しいです……! とっても、とっても」
嬉しさのあまりエリザベスの気分がふわふわして、ルクスの頭をモフモフして撫でてみた。
しかし、それは誤りだった。
撫でられるほどルクスの気持ちが高ぶって、エリザベスの顔に頬ずりしたり、鼻をこすり合わせたり、スキンシップが激しくなっていく。
そして、ついには口をがばっと開けてエリザベスの頭が食べられそうになった。
さすがに驚いたエリザベスが「えっ」と声をもらすとルクスの動きが止まった。
ルクスは、急いでエリザベスから離れて、耳がしおれる。
「すっすまん! あまりにも嬉しくて……人間の愛情表現と違うことを失念していた」
「あっ、えっ、銀狼族の方は好きな人を食べちゃうのですか!?」
「いやいや、さすがにない。その……軽く噛みつきたくなる、のだが……怖かったよな」
「いえ、少し驚いただけで……嫌では、ないです」
「そ、そうか」
お互いになかなかのことを言い合っていると気づいて、二人とも顔を赤くして俯いてしまった。
ルクスは咳ばらいをして、いつもの落ち着いた彼に戻った。
「んんっ……そなたの妹の捜索は範囲を広げて引き続き行う。だから、任せてもう少し休むといい」
「わかりました……どうか、お願いいたします」
ルクスはこくりと頷くと、外に待機していたルーニャと入れ替わりで部屋をあとにした。
ルクスが部屋の外に待機していたジーニャと合流する。
「ジーニャ、外の様子は?」
「はい、依然として、ロギア教の信者が門前に詰めかけています。皇妃様の件をあの場にいたもの全員に口止めをしましたが、どうやら情報がもれたようで……拷問をして突き止めますか?」
「いや、今更誰が話したかを突き止めても意味はない。それに彼女が聖女だという噂がこんなにも速く大勢に広まったのは、何か意図を感じる。あの魔族も見つかっていない。城の警備の警戒度を最上にし、必ず彼女に被害のないようにするんだ」
「はっ」




