大事な人
2022/5/13 少し書き換えました
ミーシャは、ここから脱出しようとアロクロに向かって呼びかけたが、ミーシャの声は届いていないようだった。
(アロクロどうしちゃったの?)
(一緒にエリザベスを助けてくれると思ったのに……いや、結局助けることなんてなかったんだ)
(もう、どうしたらいいのか、わからないよ……)
明らかに参加者ではいミーシャを不審がって、兵士たちがミーシャを取り囲もうと動き出した。
ミーシャは取り囲まれる前にテラスにでて、城の庭園に逃げ込んだ。
とにかく、捕まらないように走って走って、走り続けた。
冷たい風にあたると、エリザベスにぶたれた頬が熱く感じる。
(あたしって、本当に馬鹿だったんだ……リズの気持ちを理解しようとしないで、リズの大事な人を大事にしないで、逃げることばかり考えてた)
(この物語から……設定から……)
(でも、頭がこんなに物語のことでいっぱいになるだなんて、こんなんじゃ逃げたって頭が支配されてる)
(こんなことして、エリザベスの幸せをずっとあたしが邪魔し続けてるみたい)
「くっ………ハァ、ハァ、ハァ……」
「……みたい、じゃなくてずっと、あたしが……」
「う……うぅ、う……」
ミーシャは、人気のない場所まで来るとしゃがみ込んだ。
自分のバカさ加減や嫌なくらいまとわりつく物語と設定、エリザベスを傷つけてしまったことを考えると涙が止まらなかった。
「ごめん……ごめんね、リズ」
「おや? どうされました、お嬢さん?」
人の気配がなかったはずなのに、突然話しかけられた。
顔を上げて身構えるとそこには、現実ではないかと思うくらい綺麗な白銀の髪の男性が佇んでいた。
「誰っ?」
「別になんてことはない、通りすがりの神官ですよ」
にっこりと微笑みながらるんるんに話す男性にミーシャは怪訝な顔を向ける。
「あっ! 怪しいって思ってますね。顔にでてますよぉ」
「だって、怪しいし」
「初めましてで、ボクのこと知らないだけですよ。おや? お可哀そうに怪我をされているのですね。治して差し上げますぅ」
ミーシャは嫌そうな顔をして、さっさとこのおかしな神官から離れようとしたが、男性の細い腕では想像できないほど強い力で腕を掴まれた。
そして、掴んだ手の強さとは反対に優しくミーシャの頬を撫でる。
彼の手は異様に冷たくて、冷たいエリザベスの手が好きなミーシャだったが、彼に触れられると背筋がゾッとした。
「はい、治りましたよ」
ミーシャが固まっている間にいつの間にか治療は終わった。
はやくこの怪しい神官から離れたかったが、相変わらず掴まれている腕は引っ張ても動けない。
すると突然、頬に触れていた手で両頬を挟まれ、無理やり前を向かされ視線を合わせられた。
男性の瞳の奥から冷たさしか感じられない。
ミーシャの頭の中で警鐘はずっとなっているのに、思うように身体が動かない。
「あなた……面白いですね」
「っつ!」
全身が雪の中に投げ出されたように身体が冷たくなり、心がぞろりと舐められたような悪寒が走る。
ミーシャは震える手で腰に携えている剣に手をかけるが、震えのせいで上手く鞘から取り出せない。
まるで心の中を覗かれているようだ。
「ふーん、なんだかこの世の者でないような。混ざっているような」
「なっなんでそのことっ」
話していないのに情報が吸い取られていくのが気持ちが悪い。
「ほほぅ………あなたの大事なお姉さん……エリザベス」
「やっぱり聖女だったんですねぇ」
男性のきれいな顔が欲望で歪んだ笑みになった。
明らかに姉に害を及ぼすこの神官を今ここで止めなければならないと、ミーシャの身体が動いた。
剣を振り上げようとしたのだが、その前にミーシャの身体がぐらりと揺れ、そのまま地面に倒れた。
「くふふふ……少しだけ利用させてもらいますね」
・
・
・
(あいつ、あいつを殺さないと!)
(そうじゃないと、また大事な奴が奪われる!)
アロクロは依然として会場で狂ったように暴れていた。
誰もいない場所を攻撃して、悲痛な叫びをあげている。
(………大事な)
(オレの……大事な)
(あ、れ? 妹も弟も死んだ。誰だ……オレの大事な)
「ミー……シャ……」
暴れていたアロクロは、突然、糸が切れたように動きが止まった。
今までどうして狂ったように暴れていたのかわからないほど、頭にかかっていた霧が晴れたように、すっきりとする。
(オレはどうして暴れて……まさかっ、幻惑魔法に精神魔法!?)
(だが、そんなことができる魔族がいるはずがっ)
「……っつ!」
動きが止まったアロクロにルクスが顔を殴りつけてきた。
とんでもない馬鹿力で殴られたので、巨大なアロクロの身体が傾いた。
「このっ犬ころめっ!」
「何が目的だ!? 何故ここで暴れる?」
アロクロは殴られてむかつきながらもそれよりも重要なことを思い出し、辺りを見渡す。
(ミーシャ!……どこに行ったんだミーシャ!)
ミーシャの姿を探すが見当たらず、遠くに呆然と座り込んでいるエリザベスの姿が見えた。
(どうして、エリザベスはいるのにミーシャがいないんだ!?)
アロクロは取り囲む兵士を飛び越えて、エリザベスに向かって走り出す。
「クソッ! エリザベスに近づくなっ!」
ルクスがアロクロを追いかけるがアロクロの方が速く、エリザベスの目の前に迫る。
エリザベスの傍にいたルーニャの肌に鱗が浮かび上がり、太いトカゲのしっぽのようなものが生え戦闘態勢になる。
太ももに仕込んであるナイフを両手に握り、果敢にもアロクロに立ち向かってきた。
「エリザベス様はあたしが守るんだからっ!!」
ルーニャがアロクロの顔めがけて太いしっぽを叩きつける。
アロクロがそれを片手で受け止めると、ルーニャは躊躇なくしっぽを切り離し素早くアロクロの腹に滑り込む。
隙ができ、刃を腹に突き立てるがアロクロの鱗が固すぎて、はじかれてしまった。
「うそっ!? ぎゃっ」
ルーニャがひるんでいる隙に、アロクロはしっぽをルーニャの足に巻き付け、腹の下から引きずり出してルクスに向かって放り投げた。
ルーニャはルクスに受け止められて無事そうではあった。
「ちっ、遠縁とは戦いたくねえ、それより……」
アロクロはエリザベスの前に来ると人間に近い姿に戻った。
そして、焦ったようにへたり込むエリザベスの肩を掴んで揺らす。
「おい、エリザベス! ミーシャは、ミーシャはどこに行ったんだ? 一緒じゃないのか?」
「ミーシャ……は、どこかに行ってしまって…………ごめんなさい、ミーシャ……あなたを傷つけたかったのではじゃないの……」
エリザベスは、放心状態で独り言のように謝罪を繰り返している。
アロクロはこれでは回答を得られないと手を離し、翼を背に生やして、どこかに飛び去ってしまった。
「エリザベス!」
「エリザベス様!」
ルクスとルーニャがエリザベスのもとに駆ける、その時だった。
どこからか放たれた黒い光線がルクスの腹を背中から貫いた。
放心していたエリザベスの瞳にルクスの真っ赤な血が色濃く映る。
「いやああああ! ルクス様!」
エリザベスは絶叫を上げると同時に、ルクスのもとに走った。
倒れたルクスは傷を抑えつつ、なんとか仰向けになる。
「ルクス様っ! ルーニャ! 早くお医者様を!」
「っはい!」
「ルクス様、ルクス様、ルクス様っ……」
エリザベスは必死にルクスに呼びかける。
ルクスの身体からはドクドクと新しい血が流れ出し続けている。
「エリ、ザベス……」
「ルクス様、お気を確かにっ……」
「エリザベス……これでは駄目なようだ……そなたには迷惑をかけてばかりだな」
「そんなことないです! 今はお話しにならないでください。血が……流れて……」
ルクスの声がどんどん弱弱しくなり、エリザベスの声は涙声で震えてしまう。
「エリザベス……伝えたいことが……あるんだ」
ルクスが手を伸ばし、エリザベスの頬にそっと触れる。
その手にはべっとりとルクスの血がついてしまっていたが、エリザベスはルクスの手を上から包む。
「好きだ……エリザベス」
「俺は卑怯で臆病者だから、今まで言う勇気がなかった……すまない」
「好きだ……」
エリザベスの瞳からぼたぼたと大粒の涙が流れて、ルクスの顔に落ちていく。
考えている時間などなかった。
(こんな深い怪我治してもらったことがない、でも……)
(この人を助けたい……できるかどうかわからなくても、やるんだ!)
決意を固めたエリザベスは顔を上げる。
「お願い妖精のみんなっ! どうか、どうかルクス様を……わたしの大事な人を助けて!」
「お願い……」
エリザベスが悲痛な願いを叫ぶと、隠れていた妖精たちがぞくぞくと集まってきた。
妖精たちが輝きだし、温かな光がルクスを包み込む。
その強い光の輝きは通常は妖精を見ることのできない人たちでも、見えるほどであった。
その光景は見ている人々に「奇跡」を思わせた。
光が止むと、一仕事を終えた妖精たちはそそくさと散り散りに飛び去っていった。
「ルクス様……」
服が血で濡れてわかりにくいが、怪我は完全に治っているようだった。
エリザベスがルクスの手を握ったまま心配そうに見つめると、ルクスはゆっくりと身体を起こした。
「何が起こったんだ……もしかして、エリザベス……そなたは」
「よかった……よかった!」
エリザベスがルクスに抱き着いて、子供のように泣きじゃくる。
首に手をまわして隙間を埋めるように距離を縮める。
ルクスも抱きしめ返して、エリザベスの頭を優しく撫でる。
「よかった……本当に」
「心配をさせてしまったな……ありがとう、エリザベス。辛い選択をさせてしまって申し訳ない」
「いいえ……貴方様が死んでしまうより、ずっとずっといいです」
「よかった……る、くすさ……」
「エリザベス? エリザベス!?」
エリザベスは突然脱力したように腕をだらりと落とし、目が閉ざされた。
ルクスはすぐにエリザベスの呼吸や鼓動を確かめると正常で、ただ眠っているようだ。
それでも心配なルクスは、エリザベス抱きかかえて急いで医務室に向かった。




