前世
ミーシャ・フォン・ディーワは、物心ついたときには、ほんのりと前世の記憶というものがあることに気が付いた。
(フンゴル王国にアトラン帝国………やっぱり聞いたことある気がする)
前世の記憶を思い出せる限り紙に書き出してみた。
記憶の所々に穴があるものの、この世界があるゲームの設定に近いことがわかった。
(ゲームの世界に転生した………のかな? でも………)
前世では、部活に明け暮れていてゲームはほとんどやっていなかった。
このゲームの話を聞いたことがあるのは、熱心なファンであった友人から語られたためだ。
この世界は、いわゆる乙女ゲーの世界で、よくある設定の異世界に来てしまった少女が主人公がこの国の王子や騎士、その他イケメンと恋に落ちるというものだ。
しかし、ゲームのシナリオと実際にいる状況が全く異なっていた。
時は流れ、そろそろ主人公が現れてもおかしくないというのに、いつまでたってもその主人公は現れなかった。
そして、エリザベス・フォン・ディーワ。
彼女は、主人公に恋をした王子から婚約破棄を言い渡され、主人公に対する嫉妬から魔王召喚に手をだすという、このゲームでいう悪役令嬢の立場になる予定であった。
だが、それはミーシャの支えがあって回避することができたはずだった。
しかし、現実は悪い方向へと進んでしまっている。
王子は何故だか自分に恋をし、姉は帝国に嫁がされることになってしまった。
攻略対象に裏ルートで皇帝も含まれているのだが、裏というだけあってその難易度は高く、一歩間違えば即ゲームオーバーとなる。
(前世の記憶があっても、生きている今、あたしにとってリズが一番大事。どうにかしてリズをこの状況から助け出さないといけないのに………)
(いけ、ないのに………)
軟禁状態で部屋から出ることが許されないミーシャは、一人、寝台の上で座って縮こまり、うなだれた。
手首には、昨日エリザベスが誕生日の贈り物としてくれたブレスレットをつけていて、それにそっと触れる。
「はは、双子だからかな。同じものお互いにあげちゃうなんて」
「………あたし、王国騎士になるためにあんなに鍛えたのに、全然強くないや」
ルビーのような瞳から、雫が静かに流れ落ちた。