繋いだ手
2/12書き換えました。
「キャー! きれいですっ! さっ、エリザベス様! 次はこれ着ましょう、着ましょう!」
「え、えぇ」
結婚式のドレス選びで、ルーニャや他のメイドがエリザベスの綺麗なドレス姿に興奮して、あれもこれもと試着に張り切っている。
しかし、式の主役であるエリザベスは、ある心配事で頭がいっぱいになり上の空だった。
(ミィが来るかもしれない。いや、きっと来るわ……でもそれがいつかわからない。手紙の返事もないし、すれ違いになっているのかも)
(とりあえず、ミィが訪ねてきたら通すように門番にお願いしておいたけれど……きっとミィのことだから大人しく扉から来ない気がする……)
(あぁ、陛下にもミィのこと話せていない……ミィの誓約を解くための手がかりを探すために信頼を得ようとお仕事を頑張って来たけれど、今更罪悪感が……陛下にどんな顔をすればいいかわからない……)
エリザベスは、ミーシャへの心配とルクスへの罪悪感がつのり、心がずっしり重かった。
「これだったら髪型はこうやって結った方が、あと宝石も……エリザベスはどう思われますか?」
「えっ、どれも素敵だと思うわ」
「そうですよね! はぁ~、エリザベス様がお綺麗なのでどうしても力をいれたくなってしまって、お疲れではないですか?」
「わたしはまだ大丈夫だけど、でもそうね、みんなずっと付き合ってもらっているし、そろそろお茶でもして休憩しましょう」
「わっかりましたっ、では、お茶の準備は他のメイドたちに任せて……申し訳ありません、少し兄に用事があるので行ってきてもよろしいですか?」
「えぇ、もちろんよ」
エリザベスは笑顔でルーニャを見送った。
ルーニャは、部屋の扉を閉じると、兄ジーニャのもとへとできる限りの早足で向かう。
(エリザベス様、絶対、絶対何か思いつめていらっしゃる!)
(これはっ……これは………婚前不安症というやつなのでは!? すぐにジーニャに伝えないと!)
焦る気持ちからルーニャは早足から駆け足へと変わっていた。
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「婚前不安症? 彼女がか?」
「はい。婚前の男女が結婚に対する不安や環境の変化で心労がたまるという症状ですね。妹によると……話しかけても上の空で、時折不安そうに遠くを見つめているそうです」
「なっ………そうか、式が目前で、各地から貴族らも集まって実感がわいてくるころだからか……むしろ、今まで仕事までこなして、しっかりとしすぎたくらいだ」
ルーニャからエリザベスの様子を伝えられたジーニャは、すぐにルクスに報告をした。
報告を受けたルクスは頭を抱え、自分の配慮が足りなかったかと深く後悔する。
「……あぁ、クソ、少し彼女と話してくる。できるだけ不安を取り除く助けをしなくては……」
「お言葉ですが陛下『少し』では足らないかと思われます」
「……では、どうしろと言うのだ?」
「午後からは、急ぎの仕事はございません。ですので、時間はたっぷりございます。それに良い天気ですね」
「………」
ジーニャの圧にたじろいだが、気晴らしにはいいかもしれないと、ルクスはとりあえずエリザベスにある提案をすることにした。
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「お出かけですか?」
「あぁ、目立たぬように変装をして、城下町に行くのだが……興味が……ある、だろうか?」
ルクスは、いい案だなと自分では思っていたのだが、大概の貴族令嬢は平民と過ごすのを嫌うし、ましてや王妃になる教育を受けてきた彼女からすれば城下町の平民がたくさんいる状況は好ましくないと感じる可能性もある、と口に出してから気づいた。
しかし、視線がそれていたルクスがエリザベスの顔をちらりと見ると、彼女の瞳は宝石以上に輝いていた。
それがあまりにも美しくてでしばらく見とれていたが、エリザベスもルクスも見つめ合ってしまっていると気づいて、お互いに顔を伏せた。
「あの、い、いいのですか、お忍びについて行ってしまって」
「ついて行ってもらうというのではなく、一緒に行きたいと思うのだが」
「……行きます! あ……陛下とご一緒したいです」
パッと顔をあげて勢いづいた返事をしたあと、あっと気付いて申し訳なさそうに言葉を言いなおした。
しかしルクスは一瞬だけ、エリザベスの無邪気な少女の顔を見たような気がして、心が少しだけ浮ついた。
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二人はそれぞれの部屋で服装を平民のものに変え、顔を隠すフードを被る。
待ち合わせ場所に来た時はルクスは人間に近い姿になって、髪の毛を植物の色で黒色に染めていた。
エリザベスは、人間に近い方の顔が見慣れなくて、ついじっと見つめてしまった。
「なにか変か?」
「あ、いえ、なんだかまだ陛下のこのお顔が見慣れなくて、それにせっかくの陛下の綺麗な銀の髪がわからなくなってしまっているのが残念に思えて……」
「そういうものか?」
「どうして陛下はいつもあのお姿なのですか?」
「……狙われた時に戦闘態勢に入りやすいからな。剣を振るうより、あの姿で殴り倒した方が早い」
「そう、なのですか……」
戦闘態勢に入りやすい、つまりは常に気を張っている状態なのだろう、と思うとエリザベスは胸が痛んだ。
(陛下の心休まる時間はあるのかしら……)
そんな考えが頭をよぎったが、せっかくの楽しい時間なのだから悲しい顔は見せないように気持ちは隠した。
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城下町は、様々な文化が入り混じっているせいか様式の違う家々が並ぶ。
町のいたるところに水路が通っていて、小舟が人々の移動手段となっていた。
帝国に来てからずっと城にこもっていたエリザベスにとって、城下町は目新しさと興味深いものでいっぱいだった。
王国と違う建物の作りや、姿が様々な人々が行き交い、城でも感じていた多種族が暮らすというのが間近で感じられる。
城下町を二人で歩くと、ルクスはエリザベスに歩幅を合わせてくれていたが、身体にしみついているのか、エリザベスは隣ではなく必ず後ろにいた。
しかし、エリザベスはついきょろきょろと辺りを見回しながら歩いてしまって、ルクスと離れそうになっては駆け足でルクスに追い付くを何度か繰り返してしまっていた。
その様子を見られてルクスにくすりと笑われてしまい、エリザベスは、はしゃぎすぎたと反省した。
「そなたは歩くだけでも楽しそうだな」
「あっ、申し訳ありません。興味深くて、つい……」
「責めているのではなくて、楽しそうでよかったと思ったんだ。ただ、いつか迷子になりそうだ。手を繋いでおこう」
「えっ……は、はい」
そんなことして良いのかと思ってしまったが、自分が本当に迷子になった時のことを考えるとそちらの方が迷惑になるという気持ちを天秤にかけて、ルクスの手を取ることにした。
だが、エリザベスはその判断をすぐに後悔した。
ルクスは体温が高いのか、自分の手が冷たいせいか、つないだ手は熱いくらいだ。
それで余計に自分の手の冷たさがはっきりとする。
「手が冷たいな……寒いか?」
「いえ、いつもこうなんです……」
エリザベスの表情が暗く、沈んでいく。
(そういえば昔、殿下に手が冷たすぎるから触るなと言われたことがあったっけ……嫌なこと思い出しちゃった。もしかして、男の人は冷たい手は嫌いなのかも、申し訳ないことをしてしまったわ)
嫌な思い出が思い出され、さらに今現在、ルクスに迷惑をかけていると思うと顔から血の気が引いた。
「申し訳ありません。やはり後ろからついて行きますので、手を繋いでいただかなくとも大丈夫です」
エリザベスが申し訳なさそうに微笑んで手を引いた。
しかし、その手は離されることなくルクスは掴んだままだった。
「一体何に対しての詫びなんだ?」
「え……冷たい手は不快ではないですか?」
ルクスは明らかに苛立ちが顔に出ていて、エリザベスはやはり不快だったのかと思い焦ってしまって、引く手に力を込めたがびくともしなかった。
むしろ、逆に引き寄せられて、両手で手をぎゅっと握られた。
エリザベスは意図がわからず、きょとんとするとルクスは顔を寄せて距離を詰めた。
整った顔がせっかくの綺麗さを消すように目つきが険しくなる。
「そんなことを誰か言ったのか?」
「あ……そ、それは」
(殿下だけれど……元婚約者の話なんてしていいものなのかしら……)
「城の者か? そなたが言わないのなら、一人ずつ詳しく聞く必要があるな」
「ちっ、違います! お城の方々は十分すぎるほどによくしてくれています。本当に!」
「なら、誰だ?」
金色の瞳がぎらりと光って、エリザベスを脅すように問い詰めてくる。
まさかこんな一面があるとは知らず困惑したが、言わなければこの追及が終わらないのだろうと思わせる迫力がある。
エリザベスは観念して、小さく答える。
「元婚約者の方です……幼いころに決められていたのですが、どうやら嫌われていた、ようで……」
「フンゴル王国の王子か……」
(あ、温室でそう言えば殿下と婚約していたことを話していたっけ……でも、なんだろう? あの時には感じなかったのに、心が……ちくちくする?)
自分の心に現れた痛みの正体がわからず、意識が逸れていたがルクスのため息で戻って来た。
結局、手は離されていないのでどうしたものかと戸惑っていると、ルクスも何も言わずに眉間に皺を寄せて考え込んでいた。
「そなたの手は不快では断じてない。そんな愚かな男の言ったことなど忘れてしまえ」
「………」
一国の王子を「愚かな男」とばっさりと言い切って、本当に怒ってくれているようだった。
温かさがじんわりと心に広がって、エリザベスの表情にはいつの間にか暗さではなく、嬉しさが現れていた。
「さ、行こう。そなたと行きたい場所がたくさんある」
「はい……」
ルクスはエリザベスの手を繋ぎ直して、歩き出した。
エリザベスは、初めの時よりも少しだけ距離を近づけて一緒に隣を歩いて行った。




