陽だまりで
エリザベスとルーニャは植物園の温室の前に到着した。
植物園と呼ばれるこの場所は薬に使われる薬草の育成や珍しい草花の研究、保存が目的とされている。
温室はガラス張りのドーム型の建物で、中は常に一定の温かい温度に保たれている。
建物の中に入ると妖精に包まれた時のように温かく、確かにここで過ごすのは気持ちがよいだろうなぁ、とエリザベスは思った。
そして、ここにも妖精たちがふわりふわりと飛んでいて、導かれるようにエリザベスは進んで行った。
奥に進むにつれて周りは濃淡様々な緑と色とりどりな花々に囲まれる。
「あ……陛下?」
少し開けたところにベンチが設置してあり、そこにルクスは座っていたのだが、その姿はエリザベスの知っている姿ではなかった。
見た目は人間に近いが、銀色のさらりとした髪に狼の耳に狼のしっぽが生えている。
銀色の髪の毛が陽の光に当てられて、きらきらと輝いていて綺麗だった。
(そうか、銀狼族は姿が変わるのよね。確か本には、意識的に変化するのと心境による変化がある、って書いてあったような……)
ベンチに座ったまま眠ってしまっているようで、腕を組みながら目をつむっている。
「ルーニャ、少しの間、陛下と二人にしてもらえる? 陛下とお話してみたいの」
「わかりました。でも近くにはいるので何かあればすぐにお呼びください」
エリザベスはこそりとルーニャに耳打ちすると、ルーニャはこくこくと頷いて来た道を戻っていった。
エリザベスはルクスを起こさないように静かに傍により、ベンチの隣に座ろうとした。
少しルクスの顔を覗いて、狼の姿だと分かりにくかったがまつげが長いんだなぁ、とエリザベスは仄かに思った。
その瞬間視界がぐるりと回った。
頭を殴られたように強く打って、首元は圧迫された。
状況が全く分からずに痛みで視界がちかちかと光がとんでいたが、やっと状況が理解できた。
狼の姿のなったルクスに肩を掴まれ押し倒されて、刃の代わりに噛みつかんとしている牙を首元に当てられていた。
「……陛下?」
「!?」
声をかけると、やっと組みしいている相手がエリザベスだとわかったルクスが慌てて顔を引いた。
「エ、エリザベス!? すまない! 頭をぶつけたよな? あぁ、くそ首にまた痕が……」
「………」
ルクスが慌てふためきながら、エリザベスの頭の後ろをさすったり、首元を申し訳なさそうに見る。
大きな目をさらに見開いてぽかんとしているエリザベスの反応を見て、ルクスは明らかにしまった!という顔になった。
「あっ、こっこれは、ちが……」
「ぷふっ、ふふふ」
エリザベスはもう我慢できずについに笑ってしまった。
笑うのを止めようとして顔を片手で覆いながらも、まだ笑いが収まらず、口の端があがっているのがルクスから見える。
「な、は、何故笑う?」
「ごめんなさい。陛下がやっぱり可愛い人だって思えて……と、止めますから、ふふ」
笑われて少しむっとしたいのと申し訳ないのとがルクスの顔に交互に表れていて、それがまた可愛らしく思えて、エリザベスは視界にルクスをいれないように身体を背けた。
「……はぁ、もう、大丈夫です」
「………」
やっと心が落ち着いて、仰向けになるとルクスの金色の瞳と視線が重なった。
笑いを抑えている間ずっと見られていたのかと思うとさすがに恥ずかしくなって少し顔が赤くなった。
「あの、どいていただけると……」
「あ、あぁ」
もう取り繕うのは諦めたのか、申し訳なさが勝っているのか、心配そうにエリザベスに手を貸してゆっくりと起き上がるのを助けてくれた。
頭を打ったのが悪かったのか、くらくらと眩暈がして立ち上がるときに足元がふらついたが、ルクスが支えてくれてベンチに座った。
「……大丈夫か?」
「少し休めば、大丈夫ですよ。少したんこぶができたくらいです」
なんてことがないようにエリザベスは言ったのだが、ルクスの耳としっぽがしおれた花のようにパタッと下がった。
きっと狼の顔でなかったら、顔色も真っ青なのではないだろうか。
エリザベスは困ったように微笑んで、隣をぽんぽんと手でたたいた。
「陛下もお座りになってください」
「……」
ルクスは何も言わなかったが、大人しく隣に座った。
しかし、エリザベスとの間には距離を作っていた。
「その、本当にすまない。早く医務室で手当てを……」
「ふふっ、大丈夫ですから、落ち着いてください」
怖い目に合わせてしまったのに、柔らかく微笑むエリザベスにルクスはかなり困惑していた。
「何故、怪我を負わされて怒らない? 責めない?」
「え? あぁ、身体の傷はいつか治りますし……でも、寝起きはあまり良くないのですね。予め知れてよかったです。対策をたてられますね」
「な、ちが……いや、人の気配を感じると反射的にやってしまうのだ……いつもならこんなところで眠りこけないのだが……」
「反射的に」と聞いて、どうしてなのかを考えた時に導き出された答えに、エリザベスは胸が痛んだ。
「……過去にお命が狙われたのですか?」
「………そなたもこの国に来る前に狙われただろう? 俺に反発している派閥がどうやって俺を皇帝の座引きずり降ろそうか、傀儡にしてやろうか、もしくは命を奪ってやろうかと心の裏で考えている奴らがわんさかといるのだ。ここでは命が危険にさらされる。そなたが皇妃になればより危険が多くなる」
(これが……これがこの方の『心配』だったのね。わたしを争いに巻き込みたくなかったんだ)
(だからわざとわたしにあんな態度……結局、怖くはなかったけど……をとったり、わたしを遠ざけること)
(やっぱり……)
「陛下はお優しいです」
「は?」
「考え方が貴族っぽくも王族っぽくもないです。わたしを利用するとか使い捨てるとか、そういう思考にはならないのですね……」
(まるで……ミーシャみたい……)
自分の予想はあっていたのだと納得したようにうんうんと笑顔で頷くエリザベスに、ルクスの金色の目が丸くなった。
「陛下、わたしは命を狙われようとかまいません。もともとはフンゴル王国の王子に嫁ぐ予定でしたし、そこでももしかしたら同じ目に合っていたかもしれませんから、さほど変わりませんよ」
励ますつもりで笑顔で言ったのだが、ルクスの顔色は曇っていた。
その曇りがどうして起こっているのかわからず、エリザベスは少し首を傾げた。
「あっ、実はここに来たのは陛下にお渡ししたいものが、あ……あ!」
「どうしたっ!?」
「お、渡ししたいものがあったのですがまた今度にします……」
手に作ったお菓子をいれた包みをずっと持っていたが、先ほど押し倒された時にぐしゃりと潰れてしまっていた。
エリザベスがしょんぼりとして包みを見つめていると、ルクスがすんすんと空気の臭いを嗅いだ。
「また菓子を作ったのか……」
「はい……ですが潰れてしまったようなので、作り直します……」
「……かまわない」
「え?」
「その……潰れていてもかまわない」
エリザベスが瞳を瞬かせて、そっと包みをルクスに差し出した。
ルクスは包みを受け取ると丁寧に開けて、中身を取り出した。
中身は、ルクスの手を比べると小さい、ひしゃげたカップケーキだった。
「紅茶のカップケーキです……あの、本当に無理なさらずに」
ルクスは、カップケーキの紙をはがして、くんくんと匂いを嗅ぐ。
そして、口を開きひとくち、食べるというより噛みつくように見えてしまうが、食べた。
「お口に合いますか……?」
不安そうに尋ねたエリザベスだったが、ルクスの耳がぴょこぴょこ動いて、しっぽも左右にふっていたので喜んでいることがわかってほっとした。
ほっとしているうちにルクスは包みの中のカップケーキを全て平らげてしまった。
(よほど好きだったのね……よかったぁ)
「美味しかった。ありがとう……」
「こちらこそ、美味しそうに食べていただけで嬉しかったです。ありがとうござます」
「………さすがにそろそろ医務室に行こう」
「そんな大げさですよ。部屋で治療しますから大丈夫です」
エリザベスはにこりと笑うが、またルクスは先ほどの曇り顔になっていて、不安になった。
思い返せば随分と馴れ馴れしく話し込んでしまって、しかもルクスのことを笑ってしまったし、さすがに気分を害してしまったのでは、と考え着いた。
(わたしったら、調子に乗って陛下にずけずけと踏み込みすぎたのだわ!)
「あの、陛下……大変失礼いたしました。わたし、礼に欠いた態度をとってしまって」
「なんのことだ?」
「は、え? 違うのですか? 陛下が曇った表情をされていたので、てっきり……」
「そなたが礼を欠いた覚えはないが……とにかく医務室に行こう。ルーニャは近くにいるな?」
「はいっ! おりますよー!」
声が聞こえる距離にはいてくれたのか、間もなくルーニャはガサッという音と共に、植物をかき分けて現れた。
「ルーニャ、彼女が怪我をした。今すぐ彼女を医務室に連れて行ってくれ」
「なっ、なな……かしこまりました!」
ルーニャはエリザベスが怪我をしたと聞いて混乱しそうになったが、首をぶんぶん振ってそれを振り払った。
エリザベスのもとに駆け寄ると「失礼しますっ」と言ってエリザベスを軽々と横抱きにして抱え込んだ。
「ひゃっ!? ルーニャ、さすがに歩けるわ! 重いでしょ、それに、ちょっとこれは恥ずかしい……」
「大丈夫です! 素早く、安全にお連れいたします!」
「頼んだぞルーニャ」
(もしかして、今まで過保護にされてたのって、陛下が絡んでいるんじゃ……!?)
ルーニャはエリザベスを抱え込んだまま、小さな身体のどこにそんな力があったのか、ものすごい速さで植物園を駆け抜けていった。
あまりの速さに驚きのあまりにエリザベスはぎゅっとルーニャにしがみつくしかなかった。




