好き嫌い
(執務室……今日は陛下もここでお仕事だったはず)
扉を目の前にすると緊張がこみあげてきて、エリザベスは唾を飲み込んだ。
だが、ここで立っているままではいかず、扉を叩いた。
扉が開くと、顔を出したのはルーニャの兄、ジーニャだった。
彼もルーニャと同じく尖った耳と小麦色の肌に若草色の瞳と髪だが、落ち着いた凛とした雰囲気をもつ青年だ。
エリザベスと後ろのルーニャを確認すると、ジーニャは執務室の扉を大きく開けて、二人を迎え入れる姿勢をとった。
奥にはルクスが仕事机で書類に向かっているのが見えた。
相変わらず周りに妖精が何匹か飛んでいる。
ルクスは狼の顔の鼻筋に皺が寄って厳しい顔になり、ちらりとエリザベスを見たが、すぐに書類に視線を戻してしまった。
それがエリザベスは少し寂しく思えて、心がちくりと針で刺された。
しかし、ルーニャがジーニャの腕を引っ張って、扉を閉めさせることでエリザベスの視界は遮られた。
扉を閉めるとジーニャは何事かと迷惑そうな顔をしてルーニャを睨むがルーニャは全く気にしていないようだ。
「ジーニャに用があってきたの」
「僕に?」
「ほらこれっ! エリザベス様と一緒に作ったのクッキー! しかも、可愛いのよ、ねこちゃんにいぬちゃんにとかげちゃんもクッキーで作ったの」
「とかげ……」
ルーニャが嬉しそうにクッキーを詰めた包みを差し出すと、ジーニャはそれを受け取って少し目を細めて包みを見つめた。
「お前が料理とは……」
「エリザベス様と一緒に作ったんだから味も美味しいのよっ。食べて、食べて!」
「今食べるわけないだろう。申し訳ございませんエリザベス様、妹が迷惑をかけてばかりで」
「そんなことないわ。ルーニャのおかげで毎日楽しいもの」
エリザベスは、兄弟の会話をにこにこして微笑ましいなぁ、と思いながら聞いていた。
ふと、エリザベスも包みを持っているのがジーニャの目にとまって、慌てて扉の取っ手に手をかけた。
「もしや、皇帝陛下にお渡しする予定でございましたか? ひきとめてしまい申し訳ございません」
「あっ、違うの……いいえ、本当はお渡ししたかったのだけど、わたし、陛下が甘いものが好きかどうか知らないまま作ってしまって……お忙しそうだし、迷惑になるだろうからまた今度にするわ」
少し寂しそうに微笑むエリザベスを見て、ジーニャは眉がぴくりと上がった。
「………エリザベス様は陛下のことお嫌いになっていないのですね」
「え? そう、そうね。陛下のこと嫌いだなんて思ったことはないけれど……」
突然の質問にするりと答えが出て、そんな自分に驚いた。
(そうだ。わたし、陛下のこと嫌いじゃないわ。むしろ、好感がある?)
再び考え事に耽りそうだったが、これ以上ジーニャの時間をとっていけないことを思い出した。
「ごめんなさい、お仕事中なのに長話してしまって」
「いいえ、むしろ私の妹に付き合わせてしまい、申し訳ございませんでした」
エリザベスとルーニャの姿が遠のいて見えなくなってから、ジーニャは執務室の扉をそっと開き、入った。
「行ったか」
「はい。お話しされなくてよかったのですか?」
「特に話すことはない」
「エリザベス様はそうではなさそうでしたが」
「………」
「陛下、差し出がましい提案ではございますが、エリザベス様と一度お話しされてみてはいかがでしょうか?」
「下手に彼女との距離が縮まれば、余計に目をつけられて危険な目に合う確率が増えるだけだ……俺には敵が多すぎる」
「……未だに出自差別意識のある貴族たちですね。実績を出しているというのに、いつまでたっても考えを変えない」
「自分たちの地位を脅かされることを恐れているのだ。そのような状況になれば、どのような者でも必死になる」
ルクスは、鼻をすんすんとならし、空気の香りをかいだ。
「彼女たちがきてからいい香りがするな……」
「あぁ、クッキーです。エリザベス様と妹が作ったそうで」
「………………」
「陛下?」
「………何でもない」
ルクスは食べ物に対して好き嫌いをみせることがなかったのだが、まさかのクッキーに反応したので、ジーニャは目をぱちくりさせた。
「………お召し上がりますか?」
「いい、お前のだろう」
「さようですか……」
(少し耳が垂れている。本当は召し上がりたかったのか……)
ジーニャは、ルクスの心境の変化に、心の中で密かにほくそえんだ。




