クッキー
2022/05/20 少し書き換えました
(どうしようっ、時間が有り余ってる!)
帝国に来てから数日、エリザベスは皇妃としての仕事をさせてもらえなかった。
何かしようとすれば、先日の暗殺未遂で気持ちが沈んでいるだろうとか、まだ帝国に来たばかりでなのでとか、皇妃になったら忙しくなるのだから今は休息を、とメイドたちにひきとめられた。
怪我はすでに治っており、精神的にも大丈夫だと伝えても過保護にまだ休めと言われてしまう。
このような扱いを受けたことがなく、エリザベスは大いに混乱した。
(こんなに休んだことがないけれど、本当にこのままでいいのかしら?)
(式の準備は、決定権はわたしにくれるけれど、ほとんどメイドたちがやってしまっている)
(これからきっと忙しくなるし、わたしに自由な時間をくれようとしているのかな? それとも本当に世継ぎを産むことだけしろってことなの……?)
(世継ぎを産むことのみがわたしの『仕事』ということ?………頭では理解できるけれど……でも)
考え事をしながら、廊下でとぼとぼ散歩をしていたが足が止まる。
(そういえば、挨拶の時から皇帝陛下にお会いしていないわ……)
「エリザベス様、いかがなされました!?」
ルーニャが心配して慌てたように話しかけてきた。
常に元気で明るいルーニャを見ていると、こちらも元気がでるのでありがたい存在だ。
ただ、数日一緒にいて気付いたが、ルーニャもなかなかに過保護なのがたまに傷だ。
「ハッ! まさか、傷が痛いですか!? 体調を崩されているのでしょうか!?」
「だっ、大丈夫よ。本当に傷はもうすっかり治っているから」
「それでは、どうしてそのお顔に雲がかかっているのか教えていただけないでしょうか……皇帝陛下に任されたのもありますが、このルーニャ、エリザベス様のためにできることはなんだってやりますよ!」
「ふふっ、ありがとう。ルーニャが元気でいてくれるとわたしも元気がもらえるわ。そうだ、やりたいことがあるの、手伝ってくれる?」
「はいっ、よろこんで!」
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「エ、エリザベス様っ、不思議です! ほわほわです!」
「メレンゲよ。作るのは大変だけれど、これで可愛くて美味しいクッキーができるの」
「クッキー!? これがクッキーになるんですか!? しかも、可愛いのですか!? 楽しみです!」
エリザベスがルーニャに手伝ってほしいと頼んだのはクッキー作りだ。
城の台所を借りて、二人できゃっきゃしながら料理に励んでいた。
只今メレンゲクッキー作り中で、メレンゲ作りは大変だが二人で交代に卵白を泡立てると楽しさ二倍、疲れは半減だ。
料理担当ではないルーニャは、お菓子作りはあまりしたことがないらしく興味津々に取り組んでくれている。
(わたしの気持ちの発散に付き合わせてしまったけれど、こんなに楽しそうにしてくれると嬉しいわ)
(昔はミィともこっそりやったな……手紙は送ったけれど、届くまで数日かかるわよね。殿下に求婚されていたけれど、大丈夫かしら……)
考え事をしつつも身体はてきぱきと動いてくれて、着々とクッキーは完成に向かった。
クッキーの形を形成して、オーブンに生地をいれる。
「あとは、焼きあがるのを待つだけね」
「楽しみです。ねこちゃんに、いぬちゃんに、とかげちゃん……クッキーでこんなに作れるだなんて、お菓子作りは侮れません」
にこにことしながらオーブンを覗くルーニャを微笑ましく眺めつつ(どうしてトカゲなのかしら?)という疑問を投げかけられずにいた。
クッキーを焼いている間に洗い物などの片づけをしようとしたら、料理長がやってきて、調理器具を片づけ始めた。
「料理長さん、大丈夫ですよ片付けもやりますから。キッチンを貸していただいてありがとうございました」
「いえいえ! 未来の皇妃様がお料理好きとは嬉しい限りです。それと、片づけくらいはさせてください。ここの水は冷たくて、私どもスイにはなんてことありませんが、皇妃様お辛いでしょう。そんな思いをさせるわけにはいきません!」
料理長はスイ族とよばれる一族の出身で、見た目は人間と近いが体躯が逞しく、歯というよりも牙が生えており、所々魚のような鱗に覆われている。
強面ではあるが話せば気の良い人で、快くキッチンを使わせてくれたし、笑顔が素敵な人だった。
「では、せめて拭くのを手伝わせてください」
「こりゃまた、皇妃様はこんな下々のものと肩を並べてくださるんですね。しかも料理好き! これだったら皇帝陛下と良い国を作ってくださるに違いねぇ」
「良い国……」
(そうよね、本来なら皇帝陛下の隣でこの帝国をより良い国にするために努めるのが皇妃の役目)
(でも、世継ぎを産むことだけを求めるということは、陛下はその役目を果たすことは拒否しているということなのかな……)
(わたしには隣にいてほしくない……?)
(拒絶されているのかな……)
料理長が洗った調理器具をエリザベスが丁寧且つ手早く拭いて行く。
しかし、手を動かすだけになるとぐるぐると思考が巡ってしまっていた。
「いやぁ、本当に皇帝陛下には感謝、感謝です。こんな田舎から出てきた私をこうやって使ってくださるんですから」
「そういえば、このお城には様々な方が働いていますね」
「えぇ、陛下の方針で地位や出自関係なく雇ってもらえるようになったんです。実力さえあれば出世できるんですよ。こういう、地位も何もない輩たちからすれば、大変ありがたい話です」
「そうなのですね」
(だから出自に関係なく、色んな種族の人たちが働けるんだ。いろんな人がいればその分できることも増える)
(人が多ければ考えがぶつかり合うという問題が起こるけれど、みんな陛下に対する忠誠心がある。陛下がいることによってまとめられているんだ)
「でも、それって……陛下ひとりに負担がかかるんじゃ……」
「何かおっしゃいましたか?」
「い、いえ、そうだ。料理長さんの故郷のお話し聞かせてもらえませんか?」
「えぇ!? なんもないし、つまんないですよ」
「そんなことないです。自分の知らないことのお話しがきけるのは貴重な経験ですし、興味深いです」
「そ、そうですか。じゃあ……」
料理長はくすぐったそうにしながら、故郷のことを話し始めた。
やはり、知らない土地の話しは面白く、本で得るものとはまた違うわくわく感を味わえた。
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「でっきたー!」
「うん、上手にできたわね」
エリザベスとルーニャは出来上がったクッキーをにこにこしながら嬉しそうに満足するまで眺めたあと、味見をして「美味しい!」と確認して再び満足気に微笑み合った。
「あ、あのっこのクッキーを少し分けていただけないでしょうか? 兄に美味しいクッキーを食べてもらいたくて……」
エリザベスは、もじもじとしながらお願いをしてくるルーニャが可愛らしく思えて、自然とにこりと笑顔になった。
「もちろんよ。じゃあ、この袋に包んであげて。可愛く飾りつけしましょう」
「わぁ! ありがとうございます」
クッキーを詰めた紙袋にレースのリボンを結んで、プレゼント用に飾り付けをした。
飾りつけが終わった後、ルーニャはきらきらした眼差しで袋を眺めていた。
「ルーニャのお兄さんは陛下の側近として働いているのよね? 陛下にお会いしたときに離れたところにいたのは見たけれど」
「はいっ、少し気難しいところがありますがいい兄ですよ。あっ、エリザベス様も誰かにお渡しするのですか?」
「あ、えぇ、陛下にと思ったのだけれど、甘いものは苦手だったりするかしら……」
「………」
ルーニャがぽかんとした顔で口をあけながらしばらく黙った。
「陛下が可愛いクッキーを食べる姿は想像できません」
「うーん……やっぱり、甘いものが得意でない男性もいるから、失敗だったかしら……好みを調べてから渡すべきよね」
「え、あ、好き嫌いとかそっちなのですね」
「え?」
ルーニャは『可愛いクッキー』を食べることが想像できないのであって、自分は『甘いクッキー』が食べられないかもしれないと考えていたという相違に、ルーニャの不思議そうな顔を見てやっと気づいた。
(や、やだわ、わたしってばすっかり陛下に可愛いという印象がついてしまって……陛下のこと何も知らないのに、失礼なこと……)
(でも、不思議だわ。暗殺者から助けてくれた時に血まみれな陛下も見たはずなのにどうして可愛いと思う気持ちの方が勝るのかしら……? 妖精に囲まれた姿をみたから?)
今度はエリザベスが思考に耽ってしまい、恥ずかしさで顔を赤くしながらうーんと考え込んで いると、ルーニャに肩をつんつんされた。
「大丈夫ですか、エリザベス様?」
「あっ、ごめんなさい。つい、考え事を……よければ今からクッキーをお兄さんに渡しに行きましょうか? 渡すだけなら時間もとらないでしょうし」
「いいのですか! ありがとうございますっ」
(陛下に渡すのはまた今度にしよう、かな……)
エリザベスとルーニャは、料理長や他の料理人たちにお礼を言って、クッキーを渡しに向かった。




