両親
だいぶ地図に記したところの本は回収できた。
アロクロが魔法で本を異空間に収納してくれて持ち運びは問題にならなかった。
日が暮れたのでミーシャは屋敷に一旦戻ることにした。
アロクロは寝起きはどうするのだろうと思っていたら、ミーシャについてきた。
どこかに行って何か問題でも起きたら大変なので、ついてきてくれるのはいいのかもしれないと思うことにした。
屋敷に戻ると何やら騒がしく、焦燥した使用人たちがミーシャが帰ってきたのを見るとほっとしたような顔をして集まってきた。
メイドの一人がぶわっと泣き出した。
「あぁ! お嬢様、ご無事で何よりです!」
「ちょっと、そんなに慌ててみんなどうしたの?」
「実は屋敷で何人かの使用人らが何故か倒れていまして、何が起こったのか……ただ、皆口をそろえて『角が、瞳が』と言うのです。お嬢様にもしも何かあったらと私たちは心配で心配で……」
「角……瞳……」
(どおりで封印されていたはずなのに色々知っていると思った! 魔法を使って情報を皆から引き出したんだ)
ミーシャは、横にいるアロクロを睨むと「少し魔法を使っただけだ。すぐに良くなる」と耳うちされた。
「ミーシャ!!」
怒号が使用人の群れを裂いた。
怒鳴りつけたのはミーシャの父だった。
父が目の前に立つと威圧感で身体が反射的に委縮してしまう。
父はミーシャとその隣にいるアロクロを見ると、みるみるうちにその顔は怒りに満ち溢れていった。
「ミーシャ、どこに行っていたっ!?」
「傭兵団の所です」
「またあの虫けらがいるところに……自分の立場が分かっているのか!? 今やお前は殿下に嫁ぐ身なのだ。お前はこれから王妃としての教育に時間を割かねばならんのというに、傭兵ごっこをして、更には男を連れ込むなどお前をそんなふしだらな女に育てた覚えはないっ!」
説教をされている間、ミーシャの瞳に侮辱に対する怒りが漏れ出てきた。
ミーシャの反抗を見逃さなかった父の表情がぐっと暗くなった。
父が手を振りかざしたと思ったすぐ後に、視界にちかちかと火花がとんだ。
数秒後には、頬にじわりと鈍い痛みがあり、口の中を切ったのか、口の中は鉄の味がした。
「何だその目は?……あのイカれた皇帝にエリザベスが嫁いだ以上は、お前が殿下のもとに嫁がなければ、ディーワ家は繁栄の機会を逃すのだぞっ」
「お前の傭兵ごっこはもう終わりだ。すでにあの虫けらどもにはお前はもう行かないと伝えておく。明日からは殿下に尽くすことだけを考えるんだっ」
怒鳴り散らす父の言葉が単なる雑音になって、視界が灰色に包まれていく。
(まただ……どうしてこんなにも)
「ぐっ……あ?」
「お父様?」
喚き散らしていた父親が突如として首を抑えてもがき苦しみだし、白目をむいて泡を口から出して倒れてしまった。
周りの使用人たちから悲鳴があがる。
ミーシャは、何が起こったのかわからず、唖然としていたが、ハッと気づいて隣をちらりと見るとアロクロが暗く沈んだ軽蔑の眼差しで父を見下ろしていた。
「や、やめてっ」
ミーシャがアロクロの服の袖を引っ張って小声で制止を促すと、父の動きがぴたりと止まり、気絶したようだ。
「何故止める? あのゴミはお前に屈辱的な言葉をあびせ、傷を負わせたのだぞ」
「それでもっ」
アロクロは不機嫌そうにそっぽを向いた。
パンッパンッ、と手を叩く音が玄関ホールに響いた。
「皆、落ち着きなさい」
騒ぎを聞きつけたミーシャの母がいつもと変わらない冷静な面持ちで使用人たちの間を歩いてきた。
そして、使用人たちに父を医務室に運ばせ、他の者は仕事に戻るように指示した。
一通り片付いた後、ミーシャとアロクロを静かに見つめた。
「あなたは、ミーシャの友人でしょうか?」
「はい、アロクロと申します」
「そうですか、もう遅いですし、部屋を用意しますのでそこでお休みになってください」
「……ありがとうございます」
アロクロがいると父のように「嫁ぐ前で……」と母からも何か言われるかと思っていたら拍子抜けだった。
「それと、ミーシャ」
「はっはい」
「部屋に戻って汚れを落としなさい。あとでメイドをよこすから手当てもなさい」
「はい」
母は表情一つ変えず、それだけ言って立ち去ってしまった。
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部屋に戻って湯浴みを済ませ、頬に湿布を張って治療を終えたミーシャは、今は椅子に座り便箋に向かっていた。
(せめてリズに手紙は送りたい……大丈夫かな。ご飯は食べられてる? 誰かにいじめられていない? 皇帝に嫌なことされていない?)
「でも、いくら心配しても、リズだったら『大丈夫』と言って笑うんだろうな……」
それでも胸に込めている心配を便箋いっぱいに書き込んだ。
「……書けた!」
たくさんの気持ちを込めすぎて、便箋をいれた封筒が分厚くなった。
封筒を持って、帝国の城に送るために執事長の部屋に向かった。
「送れないって……どうしてっ!?」
「大変申し訳ございません。公爵様のご命令なんです。ミーシャお嬢様の手紙はにはエリザベスお嬢様には届けるな、と」
「そんな……」
父に対する怒りで握りしめた拳に爪が食い込む。
しかし、執事長は優しい人柄ではあるが命令には逆らわず、たとえ情けで手紙を送ってもらっても執事長に罰が下るところなど見たくはなかった。
「わかった。無理言ってごめん。他の方法を探すよ」
怒りを抑え込んで細く息を吐き、執事長の部屋をあとにした。
部屋に戻る途中、母と廊下ですれ違い、簡単に挨拶を済ませて自室に戻ろうとしたが「待ちなさい」と呼び止められた。
「その手のものは?」
「エリザベスへの手紙です」
「渡しなさい」
「何故ですかっ?」
「……通常の配達ではエリザベスのもとに手紙を送ることはできません。わたしがなんとかしましょう」
「へ? お母様がですか?」
「公爵様にバレては面倒ですから、はやく」
「は、い……」
ミーシャは母がそんな提案をしてくれるとは思わず、随分と抜けた顔をしてしまった。
母は眉を少しひそめてミーシャを咎める。
「なんという情けない顔をしているのですか」
「申し訳ありません。まさかお母様がそんなことをおっしゃって下さるとは思っていなくて」
「……そんなことより、夕食はとったのですか? はやく部屋にお戻りなさい」
「はい……」
母に急かされてミーシャは早足で自室に向かった。
(お母様があんなことを言い出すだなんて……もしかして、心配してくれていたのかな? あいつの滞在も許してくれたし)
(……そういえば、昔リズが言ってたな。お母様は感情が表に出にくいだけで本当は優しい人だって、いろいろ考えてくれているって……あたしはよくわからないけれど)
(それと、あたしがお母様似だってことも言ってたな……一人で何でもやろうとして、色々抱え込みがちって……んー、そんなこと、ない、よね?)
ミーシャの姿が見えなくなった後、ミーシャの母は小さくため息をついた。
「……ミーシャ……エリザベス……」
誰もいなくなった廊下でぽつりとつぶやいた言葉は、響くことなくすぐに消えてしまった。




