第一章
1.
我々が暮らす世界には本物の「魔法」というものは今のところ存在していない。
しかし読者よ、この物語では「魔法」は生活の一部であり、誰もが使えて当然の技術で、例えば我々が話したり、走ったりするのと同じくらい、ありふれた行為の一つに過ぎないということを理解していてほしい。
この物語では人は空を飛ぶし、物を空中に浮かせられるし、何もないところから花を咲かせたりもできる。
『ディズニー』や『ハリー・ポッター』、『ウィキッド』等の数多ある過去の名作と同じように、この物語もまた生活に「魔法」が満ち溢れた世界が舞台となっている。
しかし、この物語にも先ほど述べた偉大な魔法世界の物語達と大きく異なることが一つある。それはこの話の主人公が魔法を全く使えないということだ。
彼女は、読者よ、あなたと同じように自然の理から外れた、奇跡的な現象を引き起こすことはできない。
出かける時は自分の足で歩き、洋服はクローゼットから取り出して自分の手で着替える。パンを焼く時は薪を集めて自分で火を起こすし、物を動かしたければそれがどれほど重く、巨大でも自分自身の力と知恵でどうにかするしかない。
この世界の人々は魔法を使えない者を『不足者』と呼び、彼らに魔力がないのは何か前世で余程の罪を犯したために神様がその力をお取りあげになったか、獣の生まれ変わりのどちらかに違いないと信じていた。故にそれはとても罰当たりで恥ずべきことなのだ。
魔力を持たない者が最も蔑まれ、軽んじられ、差別される世界でシド・ブレイクは生きていた。
彼女は生まれた時から一度も魔法を使えたことがなかった。それどころかほんの少しの魔力の兆しさえ感じたことがない。だからもちろん魔法で空を飛んだり物体を浮遊させることは、たとえ天地がひっくり返ったとしても彼女にはできないし、それこそ魔法を超える奇跡だ。
それでも、シドがほんの子供の頃はまだ希望があった。小さい子供に魔法的現象が何も起こらないのはそれほど珍しいことではない。平均的に遅くても4〜5歳くらいで人は何かしらの不思議な魔法の兆しを見せ始め、6歳の魔法学校入学前には、力の差はあっても魔法の基礎を学び始める準備ができるとされている。シドのような例外はたまに現れるが、学校に入学してしばらく経ってから魔法が発現するという前例もあった。
ところがシドはこの前例からも漏れた。彼女は魔力が発現しなければ『不足者』確定と定められている12歳になっても何の魔法の現象も起こせなかった。
一族中がそれまでにシドをどうにかしようと躍起になって頑張ったが、それは火種のない薪に風を送るのと同じくらい無駄なことだった。
ウィリアムおじはシドを何度も医者に連れて行った。
この子には何か身体的な欠落があるに違いない。
でなければブレイク家の者が––この名門魔法一族の子供が『不足者』なんてありえない!
シドは何度も病院で確かめられた。
彼女自身がどこも悪いところなどないのだと訴えても、誰も聞いてはくれなかった。
医者は彼女の頭や、身体のあらゆるところに呪文を施した。彼女はまるで人体実験の人形のように調べられ、探られ、暴かれた。だが結局、いつもなんの成果もないまま家に帰された。
シドはおじに病院に連れて行かれるたびに屈辱と侮辱を味わう苦しみに耐えなければならなかった。
デイビーおじは自信満々でシドの魔法の指南役を名乗り出た。
彼はこれまで3人の「不足者」予備軍の魔力を開花させた実績があり、その筋の専門家、信頼のおける人物と思われている。彼はそれをとても誇りにしていたし、何よりの自慢だった。彼の手に負えなければ、その者は「見込みなし」の烙印を押されたようなものなのだ。
おじは早速シドを自分の立派な屋敷に呼び出した。彼は一輪の百合の蕾をシドの目の前に「出現」させると、彼女にそれを「開花」させろと命じた。
シドは何時間も「開花」の呪文を唱えさせられたが、硬いテーブルの上に放り出された百合の蕾は結局花を咲かすことなく萎れてしまった。
ああ、彼女がその花にどれほど水を与えたかったことか!花瓶一つとほんの少しの水さえあれば、その百合はきっと何の問題もなく美しく咲いていただろう。
しかしおじはシドが魔法以外の方法で百合を咲かせることを許さなかった。そして花を咲かすことができなかった罰として彼女をアオキジの部屋に閉じ込めた。そこはシドがこの世で最も恐れている部屋だ。暗く、陰気で、壁にはゾッとするほどいかめしい先祖達の肖像画が並んでいて、こちらを抜け目のない厳しい眼差しで睨みつけている。
彼らはシドを見るなり不機嫌な金切り声で喚き散らした。
「ブレイクで『不足者』などありえない!」
「とんでもない大嘘つきめ!」
「一族の恥さらしだ!」
「呪われっ子め!」
「お前は怠けものだ!だから魔法が使えないのだ!」
「ブレイクの名を穢す不届き者!」
シドは恐怖のあまり泣き叫び、外から鍵をかけられた扉を気も狂わんばかりに叩いた。
「出して!出して!お願い、誰か助けて!」
しかし誰も助けに来てはくれなかった。
おじはそれから何時間も経った後、シドが泣き疲れて気を失うように眠っているところを起こしにきた。
そしてもう一度彼女に百合の蕾を差し出し、「開花」させろと命じた。もちろん今回もシドは何もできず、ただ何の意味もない呪文を繰り返し唱え続けただけだった。
するとおじはまた彼女をアオキジの部屋に閉じ込め、彼女が反省し、「魔法を使う気になるまでは部屋から出さない」と鍵をかけた。
その後もおじは粘り強く頑張った。
シドは恐怖の3週間をアオキジの部屋で過ごし、結局何の成果もないまま家に帰された。
おじは大いに憤慨した様子で、シドの母に辛辣に告げた。
「残念ながらアメリア、あの子に見込みはないようだ。この私がどんなに教えてやってもだめなのだから。こんな屈辱は初めてだが、これ以上はどうすることもできない。我々が諦めるか、あの子を諦めるか、そのどちらかだね」
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