もうちょっと待って2 (待ち伏せしていた彼 と 追い詰められる彼女)
こちら、55個目の「もうちょっと待って」(https://ncode.syosetu.com/n8605hd/55)のつづきを一年ぶりに書き足したものです。
ついでに、既に収録済みの「もうちょっと待って」も一緒に再収録しておきます。
終業後。エレベーターを避けて階段へ向かえば、踊り場に同僚が立っていた。
「よう、お疲れ。もう帰るのか?」
「う、うん。疲れたから、定時上がり」
「疲れてるのに、わざわざ階段?」
「ダ、ダイエットしようかな、とか、」
壁に寄りかかる同僚は、いつもの気さくな笑顔を浮かべている。
なのに威圧的に感じるのは、こちらに後ろめたい気持ちがあるからか。
「……なんか今日、忙しそうだったな」
「あー、そうだったかな。まあ月末だしね。いろいろ立て込んでてさ」
「俺と話す暇も無さそうだったし?」
「そっ、そうだった? ごめんね、気づかなかったかも」
「ふうん」
不穏な様子で目を細めた同僚が、軽い身のこなしで壁から背を離した。
「じゃあ俺、避けられてたわけじゃない?」
「っ、ま、まさか!」
「そっか…………」
頷き、ゆっくりとこちらへ歩いてくる同僚。その一歩一歩が、どんどんこちらの逃げ道を塞いでいくようで。
すぐにも逃げなければと思うのに、どうしてか同僚から目が逸らせず、体も動かない。
どうしようと焦っているうちにもう目の前に立っていた同僚が、腰を屈めて顔を近づけてきた。
吐息を感じそうなほどに近い。
「なあ。俺、まだ昨日の返事もらってないけど。――好きだって、言ったよな?」
********************
「……よくその状況で逃げられたわね」
「頭突きして、ひるんだ隙にダッシュした」
うわあという友人の呆れ顔に、いたたまれずに手元のジョッキを引き寄せる。
あの場からなんとか逃げ出した後、すぐに居酒屋へ飛び込み、呼び出した友人を相手にこうしてくだを巻いていた。
「今度はお酒に逃げたのね」
「うう……。だって、急すぎるでしょ。いきなり好きとか言われても驚くし。今までそんな素振りなかったじゃない」
「いや、わりと分かりやすかったわよ、彼」
「私は気づかなかったし!」
「だとしても、そんなふうにいつまでも逃げていたら失礼でしょうが。ちゃんと向き合ってあげなさい」
「………………わかってる」
「よしよし、じゃ、後はがんばってね」
「ええー、もう帰るの? 薄情!」
「だって、待ってるひとがいるみたいだし」
「え……?」
そう言った友人を振り仰いだことで、うしろに立つ人の気配にようやく気がついた。
********************
友人は、私が呼び出してあげたのよとにっこり微笑み、去って行った。
それと入れ替わりに同僚が隣の席へ滑り込む。反射で立ち上がろうとしたところへ、大きな手に腕を掴まれ阻まれた。
もの言いたげな眼差しを受け、困惑しながらもそろそろと腰を下ろすしかなかった。
それを見た同僚は小さく息を吐き、アルコールとつまみをいくつか注文した。
「……………………」
「……………………」
不意に、右手に触れるものがあった。それからすぐに温かい熱に覆われた。同僚の左手が、右手を握ってきたのだと分かった。
ちらりと隣を見るが、その行動に対して同僚は何も言わない。
「……………………」
「……………………」
間もなく届いた注文の品を、同僚は黙々と口に運ぶ。その左手は塞がっているので、すべて右手で。
こちらは右手が使えないので、仕方なく左手でグラスを傾けた。
「……………………」
「……………………」
しばらくその状態で時間が過ぎ、ふと、気づいた。
もしかして、これは待ってくれているつもりなのだろうか。友人から何か聞いたのかもしれない。
握られた右手を振ってみる。離すものかというように、ぎゅっと力が加わった。
「……………………」
「……………………」
振るのをやめると、それでいいというように力が緩んだ。
「……………………」
「………………ふ、ふふっ、」
無性に、この状況がおかしくてたまらない気分になってきた。
待つといってもこの居酒屋での短い時間だけとは譲歩が小さすぎないか、そして片手で不便そうにしているのにどうあっても手は離さないのか――――そんな子供っぽいことをしている原因は、自分のことが好きだからなのか。
笑いが止まらなくなった自分を不審げに見やる同僚へ、待たせてごめんねと告げ、繋がれたままの右手をぎゅうっと握り返した。
待たせてごめんね。




