忘れていません (四十代の文官 と 三十代の魔術師)
王宮とは職場であり、出会いの場でもある。若者たちは皆、少しでも良い相手を探そうと躍起になっている。
(もう若者って年齢でもないけど……)
そんな場所で、ぴちぴちの彼らとは明らかに差を感じ始めるお年頃の魔術師は、ひとりの文官に狙いを定めていた。
「……魔術師殿。何度も言いますが、私のような年の離れた者ではなく、他の方を誘った方が良いのではないですか?」
「次官殿と私は十歳しか離れていません。ちょうどいい年の差だと思います」
王宮に入ってすぐのころ、魔術師は環境に馴染めず陰でこっそり泣いていた。そこへたまたま通りかかり、不器用に袖で拭って慰めてくれたのがこの文官だった。
それからずっと、魔術師の想いは変わらない。
「いいえ、あなたにはもっと合う方が、」
目の前の相手はあのときのことなど覚えていないのだろうが、こう何度も断られるとさすがに悲しくなってくる。
(あ、まずい、)
目頭が熱くなるのをうつむいてごまかそうとすると、目元へ袖を押し当てられた。
「……泣き虫なのは、新人のころと変わりませんね」
驚いて顔を上げれば、あのときと同じ、困ったような優しい顔。
覚えていてくれたのだと、ますます涙腺が緩む。
「魔術師殿。あなたの涙を拭うのはこれからも私の役目だと、思っていいでしょうか」
「…………はい」
文官はちゃんと覚えていました。でも魔術師は十歳も年下だし自分にはもったいない、と考えてずっと断っていたのでした。魔術師が押しに押して、ようやく観念したようです。