6.エデンズトマト怪死事件
「デロン隊長、またです」
「うむ……」
あおむけに倒れた被害者を見下ろし、デロンはうめいた。
科学とあふれんばかりの緑が共存する、最初にして最後のエデン。その安寧を揺るがしかねない事件に、デロンたち楽園警備隊は窮していた。
最初のつがいが知恵の実を食べてから、人類は急速な発展を成し遂げた。楽園は科学によってその姿を変えていき、しかし知恵の実が育つ『果実の園』は主への感謝と畏敬の証しとして、その身を変えずに楽園中央に残されていた。
人類は楽園を謳歌していた。
(しかしそんな楽園に、今は恐怖が蔓延している)
最初はただの事故かと思われた。
高年の男がひとり、道に倒れて死んでいた。不審な点はあったものの、病死として処理された。
その数日後、今度は中年の女性が別の道端で死んでいた。これもまた外傷はなかったため、病死と判断された。
そして翌日も、その翌日も……死体は増え続けた。
そうなると当初無視された不審点が注目を集めた。
多くの遺体に共通する不審点。
それはトマトだ。
遺体のそばにトマトが落ちているのだ。1個の時もあれば、複数個の時もある。
当然のこと、トマトの毒性が疑われた。しかしどれだけ調べても、トマトから毒物は検出されなかった。
◇ ◇ ◇
「くそ、なんなんだ一体っ……」
署内のデスクに広げた資料を前に、デロンは頭を抱えた。
「被害者に、トマト以外の共通点はなし。中には病気を抱えている者もいたが、大半は健康体にもかかわらずの突然死……」
先ほど発見されたばかりの遺体の資料に目を通しながら、うめく。
「この男もやはり健康体……分からない。トマトはダイイングメッセージなのか? それとも殺人で、犯人からのメッセージなのか?」
「あんま根詰めると頭も回りませんよ」
横手からことりと、マグカップが置かれる。
振り向くと、整った顔立ちの青年が立っていた。
「糖分たっぷりのコーヒー。補給しなくちゃ。隊長も、隊長の脳もね」
「ありがとう」
「いえいえ」
青年は笑い、白衣のポケットに手を入れた。
この若き青年サバトリートが、科学班の総責任者兼楽園研究所統括責任者だというのだから驚きだ。昔からの付き合いである彼はトントン拍子に出世したにもかかわらず、いまだにデロンを慕って捜査の手伝いを買って出てくれる。
デロンはその人間性に感謝と尊敬の念を抱きながら、マグカップを口へと運んだ。
コーヒーを飲みながらしばらくは世間話に花を咲かせ、一息ついた頃にサバトリートが聞いてきた。
「それでどうなんです? 捜査の方は」
「さっぱりだな。今も先ほどの被害者の資料を見ていたんだが……」
「これ、別の被害者の資料ですよ?」
「なに?」
指摘され、気づく。確かに別人の資料だった。
「ったく、俺は馬鹿か……」
「疲れてるんですよ。少し休憩しては?」
「いや、これからまた現場に行く」
言ってデロンは、椅子の背に掛けてあったコートを取り立ち上がった。
「よければ人工知能で分析しますけど」
「知ってるだろ? 俺はアナログ派でね」
「相変わらずですね」
苦笑するサバトリートにじゃあなと手を振り、デロンは署を後にした。
◇ ◇ ◇
デロンはハイテクよりも、生で触れる感触を大事にするタイプだった。
現場を巡り歩き、関係者に話を聞き、気晴らしに『果実の園』の外園を歩く。
完全に行き詰まってしまった。
「俺にもう少しばかりの知恵があれば……」
デロンは途方に暮れて空を見上げた。塀の向こうから、知恵の実の枝葉がのぞいているのが見えた。
「…………」
知恵の実は、生後一度だけ、赤子の時に与えられる。それにより育つ知性・目覚める才能は人それぞれだ。デロンには残念ながら、それほど高い知能の伸びは見られなかった。
「…………」
周りには誰もいない。
デロンは知恵が欲しかった。
◇ ◇ ◇
翌日、道端に倒れたデロンの死体を見下ろしながら、サバトリートは残念そうにつぶやいた。
「あーあ。食べちゃったんですね、先輩」
残念だった。心底。人としては好きだったから。
「それ、知恵の実じゃなくてトマトなんですけどね」
暗闇とはいえその違いすら分からなくなってしまった愚か者を淘汰するための、毒だった。トマトの毒はもぎ取ってから後、一定時間が経過すると消失する。
知恵の実は人類への祝福だ。
しかしその実は副作用として、著しい判断能力の低下を引き起こすことがある。その症状は摂取後すぐに現れることもあれば、何十年か後に現れることもある。
知恵の実を食べた人類。知性ある者たちが集う楽園に、馬鹿はいらない。
「崇高なる知性のために――ってやつですよ」
サバトリートは冷めたまなざしで、トマトを踏み潰した。
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ワード :「楽園」「トマト」「人工の才能」
ジャンル:「サイコミステリー」
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