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5.エーヤワディー香川は異世界転生することにした。

 エーヤワディー香川は異世界転生することにした。

 理由は単純、お笑い芸人として全く売れなくなったからだ。


(俺だって異世界に転生すれば、きっとチート能力を得てウケまくれるんだ!)


 公園のベンチに座りながら、エーヤワディー香川は転生チケットを握り締めた。

 ひょんなことから手に入れた、異世界に転生できる権利(7回分)。

 これを使って転生すれば、人生一発逆転間違いなし。


(よし、早速転生しよう)


 意を決して、1回目の利用券を切り取る。

 突如訪れる睡魔。


(来たっ……)


 転生の際に痛みがないことは、ちゃんと注意書きを読んで確認済みだった。


(さようなら、俺に優しくなかった世界よ……!)


 遠のく意識に身を任せ、エーヤワディー香川はこの世界に別れを告げた。


◇ ◇ ◇


 はっと気づくと、エーヤワディー香川は大剣を構えてモンスターと(たい)()していた。


「気をつけてください勇者様!」

「やっちゃって~!」


 きゃぴきゃぴした声に振り向けば、こちらに声援を送るふたりのかわいい少女。ひとりは(けもの)(みみ)を生やしており、獣人のようだ。


(おお……? おお! これはまさに異世界転生的なアレ!)


 自分の身体(からだ)を見下ろし歓喜する。エネルギッシュな若さに満ちた身体(からだ)だ。()()()を過ぎて、もう(かけ)()も感じなくなっていた活力があふれてくる。

 エーヤワディー香川は息巻いた。


「よし、勇者様に任せろ! チート能力発動だ!」


 エーヤワディー香川の攻撃!

 エーヤワディー香川は一発ギャグをかました!

 しかしなにも起こらなかった!


「あれっ?」


 モンスターの攻撃!

 エーヤワディー香川に300のダメージ!

 エーヤワディー香川は死んでしまった!


◇ ◇ ◇


「早っ! 退場早っ!」


 転生チケットの2回目分を切り取りながら、エーヤワディー香川は身を起こした。

 どうやらモンスターに殺される間際に、なんとか転生権利を発動できたようだ。チケットの効果か死んだ時の痛みがなかったのが幸いだ。

 しかし、


「ほら早く起きろ! 執行の日だ」


 ()()てられ、慌ててベッドから()()る。どうにも今度は囚人に転生したらしいと、鉄格子を見ながらぼんやりと思う。


(ってことはもしかして……!)


 慌てて己の姿を確認する。ほっそりした手足に豊満な胸。囚人用と思われる、身を包む灰色のワンピース。


(なるほど今度は、悪役令嬢ってわけだな!)


 看守らしき男が執行の日とか言っていたから、恐らく今日処刑されるのだろう。


(やばいな、早くなんとかしないと……)


 処刑台への道を歩かされながら、頭を巡らせる。

 処刑は公開されるようで、断頭台の下では人々が群れていた。

 断頭台に頭を乗せると、隣で執行人が告げてきた。


「最期に言い残したいことはあるか?」

「ありますことよ!」


 エーヤワディー香川は不敵な笑みを浮かべて、(こん)(しん)のギャグをかました。

 ()(たん)、群衆が沸き起こった。


「つまんねえぞ!」

「耳が腐るわ!」

「殺せ! とっとと殺せ!」


 処刑は執行された。


◇ ◇ ◇


 その後3回にわたって転生を繰り返したが、エーヤワディー香川のギャグは全くウケず、すぐになにがしかの理由で死んでしまった。


(次こそ……どうだ⁉)


 すでになんらかの身体(からだ)に転生した感触はあった。

 今度こそはと期待を込めて目を開くと。

 なつかしい空気。道行く人々の、見慣れた服装文化。見覚えのある公園の遊具。どの転生先よりもなじんだ手足の感覚。


(てか俺じゃん! 俺に転生してんじゃん! 死体でかつ自分ってありなのかよ!)


 ベンチに座ったまま、頭を抱えてがっくりうな垂れる。大切な転生1回分を無駄にしてしまった。


(てかなんなんだよ。転生したら無双するんじゃないのかよ! みんなチートとかもらって人生満喫してんのに、なんで俺だけことごとく駄目なんだよ!)


 なんだかだんだん腹が立ってきた。

 転生権は残り1回となっていたが、成功する気がしなかった。どれだけ条件を変えても、自分にはお笑いの才能がないのだと突きつけられているようでつらかった。


(もう……転生なしに終わらせてしまおうか)


 そんな選択肢までも、真剣に考えようとした矢先だった。

 いつの間にか、ベンチの前にひとりの幼女が立っていた。真っ昼間から公園のベンチに居座っている男が珍しいのか、不思議そうにこちらを見ている。

 見つめ返しても、なにも言わずにただずっと見てくる。

 手持ち無沙汰になってしまったエーヤワディー香川は、ジェスチャーを使った一発芸を披露した。すると。


 けらけらけら。

 幼女が笑った。屈託なく、ただ純粋に、面白そうに笑った。

 その笑顔が、すうっと清涼剤のように身体(からだ)に染み渡った。


 ひとつの笑顔をつくれること。最初はそれがお笑い芸人を目指した理由だった。

 早い時期にリズムネタで売れてしまって、大勢が自分を求めていると調子に乗ってしまった。どっと沸き上がる大量の笑い声に慣れてしまって、ひとりのありがたみを忘れていた。そしてリズムネタ以降は鳴かず飛ばず。よくいる一発屋のひとりとして終わってしまった。


 ……だけど別に、また始めたっていいじゃないか。

 公園の入り口から、母親らしき人物が幼女を呼んでいる。それに応え、笑顔で手を振りながら去っていく幼女に手を振り返し、エーヤワディー香川は決めた。


「よぉし、最高のネタをつくるぞー!」

(他の世界じゃない。もう一度、この世界でゼロからやり直してみよう。それでも駄目だったら、最後の転生を試せばいい)


 そう思いながらも、もう転生チケットを使うことはないような気がした。





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指定(参考)ワード・ジャンル

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ワード :「芸人」「チケット」「失敗した転生」

ジャンル:「コメディー」

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