2.山田君は決してキレない。
ここは私立ごった煮学園。入学の意思さえあれば、神も人間も妖怪も受け入れる、超絶弩級の共生学校だ。
今日もまた、にぎやかな学園に仲間がひとり加わった。
「転校生の山田・クリストファ・権三郎君です。皆さん、仲良くしてあげてくださいね」
幽霊の麗美先生が、教壇に立った山田君を紹介する。
「山田・クリストファ・権三郎です。父の仕事の都合で転校してきました。仲良くしていただけるとうれしいです」
山田君はぺこりとお辞儀をした。
クラスメートたちは「よろしくー」とにこにこ受け入れたが、ふたりの生徒だけは、気に食わなそうな顔をして山田君をにらんでいた。
◇ ◇ ◇
「そこはわらわの席じゃ」
休み時間に突然山田君に話しかけたのは、自称『黄金の国の神にゆかりある新興神族』の息女アムトゥルスだった。
山田君は笑顔を崩さないまま、聞き返した。
「え、でも先生が僕の席だって――」
「この席はわらわの予備席じゃ。貴様ごときが座ってよい場所ではない」
「でも――」
「口答えするな!」
アムトゥルスは鋭く叫び、教室隅に置いてある折り畳み式の机を指さした。
「貴様は臨時の折り畳み机でも使っていればよいのじゃ、この野蛮種族が! どうせ低俗な一族の出であろうに、よくもわらわの席を汚せたものじゃな!」
「ちょっとアムちゃんやめなよ!」
「そうだよ、山田君がかわいそうだよ!」
助け船を出してくれるクラスメートたちに、
「大丈夫だよみんな。でもかばってくれてありがとう」
山田君はにっこりと言った。
アムトゥルスが、かっと顔を赤く染める。
「なんじゃその顔は、へらへらと生意気な! 不愉快じゃ! 肥だめに突っ込んで窒息でもして去ね!」
そんな暴言を吐かれても、山田君は笑顔を崩さない。穏やかな顔で、ただアムトゥルスを見つめるのだ。
山田君は決してキレない。
席については、クラスメートの絵美ちゃんが取り成してくれたおかげで、山田君は引き続き自分の席に座ることができた。
絵美ちゃんも少しばかり前に転校してきたばかりなのだが、その人望たるや、あっという間にクラスの人気者だった。だからこその平和的解決だ。
山田君は絵美ちゃんにお礼を言い、やはりにっこりと微笑んだ。
◇ ◇ ◇
給食の後、突然校舎の外が真っ暗になった。まだ昼過ぎにもかかわらず、真夜中のような暗さだ。
「せんせー。アムちゃんが、また岩戸入っちゃいましたー」
ひとりの女子生徒が、教室後ろの隅――折り畳み式の机があるのとは、反対側だ――を指し示す。そこには豪華絢爛な掃除ロッカーが置いてあった。数人が優に入れるだろう。
「あらあら、またご機嫌斜めなの? 今度はなあに?」
麗美先生に顔を向けられ、絵美ちゃんが困ったように首を傾ける。
「よく分からないけど、突然泣きだしてしまって……」
「困ったものねえ……じゃあ5時間目はお楽しみ会に変更ね。みんな、各自楽器を準備して」
鍵盤ハーモニカにリコーダー、ハンドベル(※ソの音のみ)に角笛と、皆がそれぞれ得意な楽器を取り出した。
アムトゥルスが出てくるまでに、2日を要した。
◇ ◇ ◇
翌々日、山田君が休み時間に本を読んでいると、「おい」と声がかかった。狼人間のクオン君だ。
「てめえ、アムトゥルスになにをした?」
「僕はなにもしてないよ」
きょとんと言う山田君。クオン君は、山田君の机にばんと両手を突いた。
「嘘つけ! あいつ岩戸から出てきた時、山田の小僧が、山田の小僧がって泣きじゃくってたじゃねえか!」
「そんなこと言われても」
眉をハの字に寄せる山田君に、クオン君は顔を近づけてすごんだ。
「いいか、俺は狼人間だ。月夜の晩には狼に変わる。そのなまっちろい肌、引き裂いてやってもいいんだぜ?」
「月夜の晩しか駄目なの? 狼にならないと襲えないの?」
山田君は純粋な疑問として問いかけた。
しかしクオン君には、挑発にしか聞こえなかった。
「なんだとてめえ! だったら望み通り、この場でぼこぼこにしてやらあ!」
「ちょっとやめなさいよクオン君!」
「そうだよ、みんな仲良くしなきゃ。ね?」
絵美ちゃんの取り成しで、今回もまた事なきを得た。
◇ ◇ ◇
給食後、麗美先生はクオン君がいないことに気づいた。
「あら、クオン君はどうしたの?」
「早退しましたー」
「なんか、『月は見たくない。もう見たくない』って涙ぐんでました」
手を上げて言う絵美ちゃんに、隣の席の子がささやく。
「なんか山田君が、山田君がって言ってなかった?」
「どうだっけ? 聞こえなかったと思うけど」
絵美ちゃんは不思議そうに山田君へと目をやった。
山田君は微笑んだ。
◇ ◇ ◇
山田君は決してキレない。
なぜなら山田君の不快指数を上げた者は、妖怪だろうと神だろうと全種族満遍なく、なぜだか勝手におとなしくなるからだ。
山田君には、父魔王の全自動加護がある。百戦錬磨の護衛もいる。
ここは私立ごった煮学園。味方もいれば敵もいる。
しかしどんなに不快な思いをさせられようとも、山田君はただただ穏やかに微笑み、どこかでまた制裁が下る。
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ワード :「神様」「狼」「穏やかな山田くん」
ジャンル:「学園モノ」