1.勇者、殺スベカラズ
◇ ◇ ◇
7つの世界に闇が生まれしとき、暗黒神現れん。
その漆黒を打ち破るは、汚れなき英雄の閃光。
ともせ正義の光を。
さもなくば、世界は全て滅ぶなり。
◇ ◇ ◇
時間軸も次元もばらばらの、7つの世界を統べる管理世界。
その中枢では今まさに、七賢者による賢人会議が開かれていた。
議長である賢者Aが、おもむろに口を開く。
「知っての通り、先日7つの世界全てで、魔王の存在が確認された。暗黒神が生まれるのも時間の問題じゃ」
賢者B~Gは神妙にうなずいた。各世界の管理者として当然事態を把握しているが、絶望して取り乱したりはしていない。
賢者Aはその事実に満足すると、円卓の天板を手でなで――顔をほころばせた。
「そこで最近設置した、この『なんか威厳ありそうに見える円卓』の使い心地を試しがてら、対策を話し合ってみようかと思う」
「うむ。高さ・奥行きは申し分ない。威厳増し増しじゃな」
「確かに。加えて肘を突いて手を組み合わせたりすると、実にそれっぽいな」
「しかし天板がぴかぴかし過ぎではないか? わしの目にはちょっときついぞい」
何人かの賢者がモニター意見で盛り上がる中、ひとりの賢者が机をたたいて立ち上がった。
「お主らなにを悠長なことを言っている! この世界滅亡の危機、どう対処するのだ⁉」
「まあまあ落ち着け賢者B。まだ滅ぶと決まったわけではない」
「そうじゃそうじゃ。我らそれぞれの世界には勇者がいる。彼らに救いを求めようぞ」
「う、うむ。そうだな……」
賢者Bは椅子に座り直し、賢者Aへと問いかけた。
「して賢者A。そなたの世界の勇者とは、連絡が取れるのか?」
「うむ。勇者の状況を、このモニターに映してみよう」
賢者Aは最近導入したばかりの自慢のモニターに、勇者の姿を映し出した。
玉座の前で、ひとりの青年が高らかに叫んでいる。
「王様! この勇者グレイテス、ようやく魔王を討ち滅ぼしました!」
「うむ、よくやった勇者よ。もう休んでよいぞ」
途端、兵士たちが素早い動きで勇者を包囲した。
「な……どういうことです王様⁉ なぜ兵たちが刃を私にっ……⁉」
「悪く思うな。世界の安定のためには、強大な力をもつ個は存在してはならんのじゃ」
「そんな……」
「これも運命じゃ。受け入れてくれ」
「そんな馬鹿な! やめろ……やめろ! やめ……うわあああああ!」
ぶつりと暗転するモニター。
ざわつく賢者×7。
「なんと……」
「なんてことだ! 勇者は死んでしまったぞ!」
「……し、死んでしまったものは仕方ない。賢者Bの世界はどうじゃ?」
気を取り直したように言う賢者Aに聞かれ、
「う、うむ」
慌てて杖をかざし、モニターへと向ける賢者B。
画面いっぱいに、血まみれで倒れている勇者が映った。
「俺は仲間なんていらねえ……裏切られるくらいなら、最初からいらなかった。世界を救うのも、自分の利益のためだったんだ……」
皮肉げに笑う。
「……だけど結局同情して手を貸して、やっぱりこんな結末かよ」
ごふりと吐血し、昇天。
「でで、では賢者Cはどうじゃ?」
「ううむ!」
賢者Cは目をおどおどさせながら、モニターに杖を向けた。
描かれる3つ目の世界。勇者が崖っぷちに立ち、慟哭している。
「くそう、畜生……俺は世界なんてどうでもいい。ただ目の前にいる人を護りたかっただけなんだ……なのになぜ、俺から全てを奪うんだ⁉」
山狩りの村人に追い詰められた勇者はそう叫んだ後、見本のように足を滑らせて崖下へと落ちていった。
「賢者Dぃっ!」
賢者Aは引きつった悲鳴のような叫び声を上げた。
「やな予感しかせんぞい……」
言いながらも、一応はモニターに杖を向ける賢者D。
磔にされた勇者を、兵士の一団が囲っている。
「俺の家族を人質にとって、お前たちは俺を抹殺しようというのか? 世界を救ったこの俺を……どいつもこいつも……どうしてこんな外道ができる⁉」
「それが勇者の運命なのだ。受け入れろ」
兵士長らしき男が冷たく言い放つ。
「くそう……畜生っ! 許さねえ……俺は絶対に許さねえからな!」
呪詛の声を上げるもむなしく、勇者は自身の愛剣で刺し殺された。
この後残り3つの世界も確認してみたが、皆同じようなものだった。
勇者の死に際ダイジェストが終わり、円卓に気まずい沈黙が降りる。
しばらくしてようやく、賢者Fがうめいた。
「なんという……勇者が全滅とは……」
その言葉にきっかけを得たのか、賢者Gが拳で天板を打つ。
「主ら、一体どんな管理をしておるのだ⁉ 世界の英雄がことごとく死んでいるではないか!」
「それは賢者Gも同様であろう!」
「そうじゃそうじゃ! 真っ先に糾弾すればごまかせるわけではないぞ!」
紛糾する会議。高尚な者が集う会議であっても、場が乱れることはある。つい先日も、休憩時に出されたアイスクリームの何味を取るかでもめたばかりだ。
「どうするのじゃ、もう勇者が残っておらんぞ!」
「いや……待て!」
賢者Cが瞳を光らせた。
「ここじゃ。この管理世界には、勇者が生きておるはずじゃ!」
「なんたる僥倖! そうと分かれば早急に勇者を召喚せよ!」
賢者たちは喜びに沸き上がり、早速勇者の召喚にかかった。
円卓の中央が淡い光に包まれ、勇者が姿を現す。
純白の鎧に身を包んだ勇者は、周囲を見回し呆然とつぶやいた。
「もしかしてあなた方は、伝説の七賢者……?」
「うむ、そうじゃ」
「! お目にかかれたこと、大変光栄でございます!」
恭しく一礼をする勇者に、賢者Aが代表して述べた。
「苦しゅうない、面を上げよ。早速だが、主には来るべき暗黒神の誕生に備えてほしい」
「暗黒神?」
「うむ。その邪悪を討ち滅ぼすのが、主の運命じゃ」
勇者は凜々しくうなずいた。
「招致いたしました。その暗黒神とやら、必ずや私めが……私めが……討ち滅ぼすわけねえだろ馬ぁ鹿っ!」
豹変して舌を突き出す勇者に、賢者たちはざわついた。
「なっ……」
「なんたる無礼な!」
「ったく、やってらんねえよなあ」
聖剣でぺしぺしと首筋をたたき、勇者。
「使命に燃えて魔王を倒して、なのに王様に殺されて。で転生したらまた勇者で、やっぱりそこでも殺される。その次の世界も、次の世界もなぜだか勇者……なんだかんだで世界を救う羽目になり、それでも今度こそはと信じて、結局いつも殺される。そりゃあ世界に闇も生まれるだろうよ」
勇者は憎しみに目をぎらつかせて吐き出したが、最後に満足げな光を目に宿した。
「でもまあこの最後の転生で、どうやら俺は暗黒神になれたらしい」
「では貴様がっ……」
「なんたることっ……」
「世界を救う役割を負う者が、そんな暴挙……許されると思っておるのか⁉」
「だって伝承にあるんだろ? 従わねえと」
勇者は虎狼の笑みを浮かべて、聖剣改め暗黒剣を突き出した。
「運命なんだろ、受け入れろ」
世界は滅びた。
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