第2話【秘めたるモノ】
「特殊鑑定人……なんだ、それは。聞いたことすらないのだが?」
目の前の依頼人―――リザルラと呼ばれる女性は怪訝そうに疑問を投げかけた。
耳にしたのは初めてなのだろう。そういう反応になるのは仕方ないとも言えた。
「知らないのも無理はありません。そもそも特殊鑑定人は世間一般に認知されていません。当支部だけに適用している"架空の職業"というやつですから」
「なるほど、無料なのも当然か。正式に認可も下りてないとなれば、対価を請求するわけにもいかないからな」
アミュリタの説明を兼ねた返答にある程度納得したリザルラは、前のめりに身を乗り出して私を見た。
まるで私を値踏みするかのような視線の鋭さを帯びながら。
「しかし鑑定の後に再び鑑定をやるとは奇怪な……それはただ同じ結果しか返ってくるだけではないのかな?」
至極当然の疑問に、私は自信無さげに答えた。
「正直なところ、やってみないと分からないのですが.....でも、キッカケ作りのための特殊鑑定人ですから。何か分かるといいですね! 」
私は視線を下げ、真白のページを凝視する。
全てを見つけ出そうと、視線に力を注いでいく。
「なんだ……?」
そんな言葉が漏れたのは、真正面に陣取っていたリザルラだった。
彼女は奇妙かつ不思議な光景を目撃していた。
少女の白の双瞳が徐々に透き通っていく。さながら無色透明のように。
それは瞳孔と虹彩の境界線すらも既に判別できないほど曖昧にさせていた。
先ほど鑑定を行ったアミュリタですらこのような兆候は欠片もなかった。
「鑑定する時はいつもこのようになるので心配はいりませんよ」
隣でその様子を見ていたアミュリタは補足を付け加えていた。その表情に慌てた様子は見られず、本当に心配はしていないのが見てとれた。
リザルラは思考を逡巡させた後、どうしても分からない事をアミュリタに尋ねてみることにした。
「そもそも、なぜ特殊鑑定人という役職を設けたのだ? この少女のやっている事が鑑定ならば鑑定士として正式に起用すれば済む話だ。利益にも繋がらないし、それを新たに区分するなんて面倒、私は腑におちんよ」
「理由は単純です。鑑定士になれないからですよ。なにせ彼女は"鑑定眼"のスキルを持っていないのですから」
「………………は?」
思ってもみなかった衝撃の返答に、リザルラは目を白黒させ言葉を失った。
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鑑定眼を持たないモノが、一丁前に鑑定する。そんな矛盾を孕みながら私は情報の深水へ潜航していく。
浴槽に浸かりながら顔を沈めた時のような息苦しさはないけれど、集中力を微塵も緩むことの許されない繊細な作業だ。
我慢して潜って潜ってひたすら潜って……目的のものを見つけた私は声をかけた。
「アミュリタ姐様。神官言語と古代セニム語の解読本をくださいますか」
カウンターの奥へ引っ込んだアミュリタは両手で抱えるほどの分厚い本を2冊手渡した。
読破するのに下手すれば数日はかかるであろう量を、バラバラバラと一気にページを捲り読んでいく。
読んでいるフリだろ?と疑われても仕方ない超スピードで、私は白に浮かぶ黒の羅列を追って読み終えるのに20秒もかからなかった。
「何か分かったのか?」
「解除方法は判明できました。ただ封印を解くには、魔法の心得があるリザルラ様に協力をお願いしたいのです」
「まさかできるとは……しかもこの短時間か。本当なら筆舌に尽くしがたいな。それで私は何を協力すればいいのだ?」
「私が人差し指をあげたタイミングで"ディスペル"を使ってくださいますか」
「ああ、任されよう」
リザルラは相槌を打ち、そして私は解除に必要な見えた文言を唱える。
寸分の狂いなく絶妙なタイミングで放たれた"ディスペル"の効力を紙面で受けながら、二つの言語の螺旋は封印の紐を綺麗に縺れなく解いてくれた。
白に染めあげた貢に徐々に浮かび上がるカラフルな文字達を三人で楽しみながら、私は書かれている内容の確認を始める。
これも先ほどの二つの言語が入り混じった形で書かれているようで、難解だけども無事に把握することができたので一安心だ。
「これ……日記ですね。どうしましょう、ご希望なら読み上げましょうか?」
「周囲に聞かれても差し障りのない部分までで頼む。できるだけ小声でな。託された私としても、この本がどれだけ価値あるものか少しでも認識しておく必要があるからな」
その言葉に頷き、私は文面に目を落とした。カラフルな文字についつい目を奪われがちになってしまうが、いけないいけないと気を引き締めることにした。
「では読みますね……"蒼天の彼方、人想ふ心が我を……えっ!?」
私は凝視しながらビックリして驚きの声をあげてしまう。
本が震えた気がした。いや、もっと正確には大気ごと震えたような感覚に陥ったのだ。
ただ、それだけではなく―――
大丈夫だと思っていた。大丈夫だと疑わずにいた。大丈夫だと映っていた。大丈夫だと確信していた。
それなのに、それなのにそれなのにそれなのにっ……!
なんでなんでなんでなんでなんでなんでっ!?!?!?
今は"危険"の二文字が私の心と視界を支配し飛び交っていた。
今まで喧騒に包まれていたギルド内にまるで停電のように深い闇が包み込む。
本は瞬く間に激しい光輝を放ちながら急激に膨れ上がると同時にその身を跳躍した後、独りでに360°回転しながら高速で開き続けていった。
途切れることのない文字が本から飛び出し、それはまるで獲物を見つけたように私へと襲いかかってきた。
「あぐあっ!!? うう"っがあああわっ、う"あ"っ!?! えぐぅっ!!!!」
突如襲いかかる形容しがたい激痛に、私は立っていることもままならず突っ伏すように床へと倒れた。
その間も容赦なく文字達は私に向かってぶつかってくる。とてもじゃないけど、自分の身体がどうなっているのか確かめる余裕はなかった。
手はあるのか、足はあるのか、頭はあるのか、何一つさえ分からない。
「オクリースちゃんさん!? しっかりして、私が守ってあげるからっ! こんな文字っ……"リフレクション"展開!!」
オクリースの傍にいたアミュリタの周囲に球体のドーム状の膜が出現した。
ある程度の強度を持つこの膜は触れたものを跳ね返す防御魔法の一種だ。
だが非情にも文字達は壊すでもなく取っ払うわけでもなく、まるで最初から障害などないようにすり抜けていく。
身体ごと体当たりしては自身そのものをオクリースの身体に溶け込ませていった。
「アミュリタ、離れていろ! 下手をすればお前まで巻き込まれる! 緊急手段だ、今から強制停止の魔法で強引にでも引き剥がす―――」
魔女の魔力の昂ぶりを感じたからか、それを脅威と思ったからなのか、宙に浮かんだ本から邪魔をするなと言わんばかりに怒号のような衝撃波が発せられた。
「「「「「「「うわあああああぁぁぁぁああああぁぁあああぁぁぁああああああっ!!!!!」」」」」」」
老若男女問わずその場にいた全員が成す術もなく周囲に吹き飛ばされた。
衝撃波で壁は破れ、食器やランプなど備品も音を立て凄まじい勢いで割れていく。
風に呑み込まれながら長剣や料理が飛び舞う様は地獄絵図だ。
その地獄絵図から難を逃れた―――いや、別の地獄を現在進行形で味わい続けている私は生気のない眼差しでその惨状を見つめていた。
「ア‘*……$#さ……リ§……ラ……みん……Θ……ΨεЁ…………」
視界が見えない状況の中、私は意味すら理解できない言葉を並べ、闇へと堕ちていく。
辿り着く未来さえも想像できないまま、拡張していく闇をひたすら見続けながら。
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