第1話【魔女と鑑定士】
初連載となります。よろしくお願いいたします!
カルヴァース王国領の僻地にある街シルティルナ。
その街中で、整った美しい顔を顰めた黒髪の女性は、愚痴をこぼしながら人の往来が忙しなく行き交うメインストリートを歩いていた。
「まったく......わざわざ特使まで遣わせて私宛てに寄越すとは、国王の躍起ぶりにも困ったものだな......」
その美貌に目を惹かれた人々は、目を輝かせたり、憧れを抱いたり、はたまた連れの恋人に冷たい目で睨まれ耳を引っ張られたり……
そんな多種多様な様相を呈していた。
「しかも国王直々の勅命とは......悠々自適なバカンスを満喫していた私に対する当てつけか何かか?」
左手に持つ数多の宝石が散りばめられた杖を無造作にくるくると回転して遊ばせながら、手荷物の中に忍ばせている依頼品に意識を向ける。
そう、頭痛のタネは鑑定に出されるこの依頼品であった。
とはいうものの、この依頼品自体に何か重大な欠点や問題があるというわけではない。
むしろ鑑定した"後"の事が懸念すべき事案だった。
国王の勅命である以上、鑑定結果を国王に報告する義務が生じるのだ。
つまり否が応でも国王と顔を突き合わせることになる。まさにこれこそが国王の狙いだろう。
「やれやれ。一度ぐらい顔を見せろと叱咤されるか、はたまた私を連れ戻す腹でいるのか。いずれにせよ気分が乗るものじゃないことには違いないな。ただ.....」
それでも感謝するべきことはある。
そう思案したところで、目的の場所が見えてきた。
いささか簡素に作られたギルド支部。
その固く閉ざされた扉に迷うことなく、またどこか逸るような気持ちで手をかけ勢いよく開いた。
足を運びづらかったこの先にいる数少ない友人にこうして会えるキッカケを作ってくれた粋な図らいに、ただただ感謝を。
――――――――――――――――――――
中に入ってみると思いの外盛況な賑わいで、殺到する客の注文に給仕達は大忙しで動き回っていた。
テーブルは満席で埋まっており、席にありつけなかった冒険者達は立ち食いする形で舌鼓をうっていた。
飛び交う話に耳をすませば、どうも近場にて新しいダンジョンが発見されたことが原因の混雑ぶりらしい。
「嬢ちゃーん、こっちも肉追加で頼むよ!」
「はーい、承りましたー!」
ぱたぱたと駆け回る給仕達の中にはあまりにも幼い子供もおり、子供を雇わなければならないほど人手が足りないのかとギルド支部の内部事情に一抹の不安を覚えずにはいられなかった。
それを尻目に通り過ぎようとした時、
「よぉ、ベッピンのネエちゃん。一人かい? へへっ、オイラのお酌に付き合ってくんねぇかね〜?」
進路を遮るように中年の男が顔を覗かせてきた。
顔はこれ以上ないぐらい紅潮しており、ふと横を見ればテーブルの上にはジョッキの山々が乱雑している。
許容量を超えた大人数の客に注文がハイペースなこともあり、給仕達数人では片付けになかなか手が回らないのだろう。
こちらのテーブルに積み重なったものを気にしながらも給仕達は他の客の対応に追われていた。
「あいにくだが私は職務中だ。悪いが他の女子を当たるのだな」
「そんなつれないこと言うなよォ!? ネエちゃんがダメでも、こうなったら実力行使で人に言えにゃいあ〜んにゃ事やそんな〜事もしちゃうもんね〜!!」
酒臭い息を辺りに撒き散らしながら公衆の面前で堂々ととんでもない事を宣った男は、刹那、頭を仰け反らしながら後ろへと倒れ込んでしまった。
いや、気絶させられたというべきか。女性が人差し指で頭を軽く押した、それだけの所作をもってして。
「そういうことは誰にも迷惑がかからない夢の中でやるのがオススメだぞ」
男が倒れ込んだ音で皆は話し込むのをピタリととめて女性へと一斉に注目していた。
簡単にあしらった女性は気にするなと片手を挙げながらも、ギルドのカウンターに向けて再び歩み始めた。
多数の奇異な視線を浴びても女性は意に介さない。
衆目に晒されるのはこの女性にとっては日常の一つに過ぎないからだ。
「やぁ、アミュリタ。久方ぶりに会ってみれば随分元気そうな姿を見せてくれるじゃないか」
「姿を見た時はまさかとは思いましたけど、本当にリザルラさん!? ええっ、どうしてここに!?」
アミュリタと呼ばれた鑑定士の女性は驚きのあまり両手で口を覆ってしまっていた。
それに遅れること数瞬、ギルド内は激しくざわめき溢れ返っていた。
「リザルラ......って、あの"黒曜の狂魔女"か! 超有名人じゃねーか!!」
「誰です、それ?」
「モグリかよっ! 王国最強と呼ばれたギルド"不滅の光陽"の七耀の一人だよ!」
"不滅の光陽"の英雄譚は王国中の人々に広く、そして心の奥深くに刻まれている。
『"不滅の光陽"なくして王国なし』とまで謳われた武勇伝をもし知らない人がいようものなら、その軌跡を誦じられるようにおはようからおやすみまで徹底的にみっちり叩きこまれることだろう。
それだけ国民にとって特別視されている存在だ。
当然メンバーの一員だったリザルラも異名とともに名が広く知れ渡っている。
しかし語り草のほとんどが恐怖を伴うものばかりだが、周りを気にしない当人からすれば自分の噂や評価なんてものはどこ吹く風ではあった。
「お節介な国王からの依頼でね。ホント余計な気を回すんだからまいってしまうよ。それにしてもやたらめったら語尾にさん付けする悪癖、まさかとは思うが未だに直してないのか? 変に思われるからやめておけとあれだけ口酸っぱく言ったというのにな」
「あはは......善処してはいるんですけどね。でも本当に久しぶりだね。魔法学の授業以来だから、10年ぶりかな?」
外野の喧騒など気にも留めず懐かしそうに目を細めあう。
長らく会ってないため積もる話も山ほどあり話題に事欠かないだろう。
できればそのまま話に花を咲かせて語り明かしたいところだったが、すべてはやるべき仕事が終わってからだと切り替える事にした。
リザルラは1冊の本を手元からカウンターの机へと置いた。
金の縁取りがしてある白い表紙の、表題や著名はおろか内容も一切書かれていない本と呼べるかどうかすら怪しいシロモノである。
「古代遺跡から発掘されたやつで、学者連中はこれの特定に難儀していて議論に明け暮れているという話らしいんだが......正直どう見る?」
んーと口元に手を当てながらアミュリタはじっくり見定めていく。
ただ眺めているわけではない。彼女が保持するスキル"鑑定眼"がその綺麗な上辺を剥ぎ取り曝け出すことだろう。
程なくして軽い溜め息を吐きながらアミュリタはリザルラに向き直り告げた。
「一見何も書かれてないように見えますが、筆跡が見えないよう多重封印の魔法処理が施されていますね。リザルラさん、解除できますか?」
「解呪は使えるからな、任せてもらおう。.....と言いたいところだが、おそらく効かないだろうな」
指をパチンと鳴らして"ディスペル"を走らせるが、バチンッ!と甲高い音が鳴り響いた。
その後、いくら待っても表面に効果は顕れず白紙のままだった。
「えっ......もしかして弾かれました?」
「そうだな。ただ封印をひたすらに重ねた魔法程度、いくら積もうが私の前では造作もないさ。術式や解除できるかどうかも一目で分かるが、生憎これは私には見えない。これは予想だが、特定の手順を踏まないと解けないパターンかあるいは―――」
リザルラは切れ目を更に細めさせ、
「神代の魔法。候補としてはそのあたりが妥当だろう」
「神代の......魔法......」
見解を告げられ、アミュリタは固唾を飲み込んだ。
魔法学を一時期かじったことのあるアミュリタにとっても、とりわけ耳に残っている単語である。
過ぎ去りし時の中で失われた魔法。
魔法の中の魔法であり、魔法を使う者が到るべき遙か彼方の境地。
それこそ神々に教えを乞うものだと豪語していた老齢の魔術師の教師もいたぐらいである。
所詮、神話上で語られる存在であり、現代においてはあるかどうかも分からない眉唾もの。
しかしこうして実在の可能性がある、多大な価値を与えかねない要素を施された依頼品を前にしてアミュリタは困り気味に微笑みを浮かんだ。
「そうなると、私の"深度"では力不足ですね。私より上の方々なら何か解ることがあるかもしれません。本自体が作られた年代などは分かりましたので、判明した事は鑑定書にまとめさせていただきますね」
「ああ、悪いがそうさせてもらうとしよう」
アミュリタが鑑定書を作成している間、リザルラは思案していた。
この世界では冒険者のランクがF〜SSまで定められているように、鑑定士もまた同じ幅のランクが存在する。
その鑑定士のランクを定める要素として、一番重要なのが深度だ。
つまりはどこまで情報を開示できるのか、という能力だ。
極論でいってしまえば、全部知る者がいれば一つだけしか知れない者もいるように鑑定眼にも能力の差が存在している。
だからだろうか。鑑定の特性上、必然的に実力が高い者ほどに依頼が集まる傾向にどうしても陥りやすい。
その偏った状態を緩和するために依頼を一元的に管理し、依頼者が知りたい情報の区分に応じて適正にランクに見合った鑑定士をギルドが振り分けて斡旋していた。
アミュリタはB級鑑定士、その中でも上位に位置づいている。
彼女以上となると、A級かS級、または極少数しかいないSS級になる。
だが、大方が殺到する依頼の消化で多忙な日々を送っており順番待ちになる事は予想できたため、多重封印を解くアプローチの時間も考慮すると途轍もない時間がかかることは目に見えていた。
「取っ掛かりでもあれば、少しは楽になるのだがな......」
未知なるものに好奇心をくすぐられたリザルラは、いつの間にか自身の手で解決する気になっていた。
しかしそう上手い話が転がってるとは思えず、これは何年か拘束されるのを覚悟していたところに、こちらの心情を見越してか楽観的な声が耳に入った。
「それでしたらリザルラさんに良いお知らせです。そんな貴女のお悩みを解決する......かもしれない、当ギルド支部の余興、いえ、追加サービス? とにかくそれを受けてみる気はありませんか!? 鑑定が不充分な結果となりましたので、ここから先は無料とさせていただきます!」
アミュリタは丁寧で誠実に対応を行う鑑定士で広く認知されている。
そんな彼女から発せられたと思えない、不明瞭かつ曖昧な言葉の数々にリザルラは怪訝な表情を浮かべた。
「私は構わないが......いったい何をするつもりだ?」
旧友の様子を見て、アミュリタはくすっと笑みを零した。
「―――鑑定です。ですが私ではなく、当ギルド支部に所属している特殊鑑定人が行います」
「特殊鑑定人......だと?」
リザルラがますます眉を顰めるのと同時に、アミュリタは専用カウンターの机に置いてあったハンドベルを小気味よくカランカランと鳴らした。
「オクリースちゃんさーん、鑑定カウンターへお願いしまーす!」
「は、はーい! 少々お待ちくださーい!」
呼びかけに応えた、今も世話しなく動き回っていた年端もいかぬ給仕は同僚に軽く謝りながら伝票を手渡し、大急ぎでカウンターへと走りこんでアミュリタの隣の席に腰をかけた。
「はぁ、はぁ......お、お待たせしました。オクリースと申します。リザルラ様、本日はご期待に添えるよう頑張らせていただきますね!」
ところどころ浅葱色に染めたウェーブがかかった白髪をいそいそと直しながら、特徴のある白瞳を緩ませてはにかみながら、あどけない少女は会釈した。
後にこの出会いをリザルラ自身、また魔女をよく知る者達からは「青天の霹靂」と呼ばれることになる。
それがどういった意味を持つのかは、もう少し先の話である。
この作品を読んでくださりありがとうございます!
少しでも面白いと感じて頂けるよう頑張っていく所存です!
【恐れ入りますが、下記をお願いします】
・面白かった、楽しかった
・続きが気になる
など、感想を少しでも思ってくださった方は画面下部の☆☆☆☆☆に応援して下さると嬉しくて舞い上がります!
ブックマークも大歓迎です!
作品共々今後ともよろしくお願いいたします!