或る化け物と王女
「さて、王都に到着ですよ、ファイスくん」
「いやあの、僕は全く理解が追いついてないんですが」
アリアによるファイス執事任命宣言からしばらくした現在、王女と護衛と身元不明の子供が乗った馬車は王都に到着した。
「どうですか? ここが私たちの暮らす王都ですよ!」
「いやどうって……まあ、すごいですね、としか言いようがないです」
ファイスは周りを見回す。整備された道の両端には様々な建物が建ち並んでいた。宿屋に多種多様の露店、武器屋に道具屋。見渡す全てに、活気が溢れていた。
「……ここは賑やかですね」
「そうでしょうそうでしょう! ……まあ私はここをあまり歩かないですし、そもそも外に出ること自体久々なので細かいことはイリスに聞いてください」
「姫様ー? なんか台無しですよー」
主人の引きこもり具合にジト目でアリアを睨むイリス。
「……そういえばずっと気になってたんですけど」
「んー? どうしたんですかーファイスくん」
ファイスはじっとイリスの方を見つめる。そして目線を上から下に、下から上に動かす。
「イリスさんって子供ですか?」
「………………」
「あ……ファイスくんそれは……」
見た目は子供同然なイリスにぶっちゃけるファイス。その言葉を聞いた途端アリアの顔が青ざめた。
「……ふふふ」
「イ、イリス? ファイスくんは純粋に聞いてるだけですからね? その、あなたが幼く見えるのは初対面なら仕方ないことですから、あの」
「アリア様」
なんとか宥めようとしてアリアを呼ぶイリス。顔は笑っているが、青筋が立っていた。
「それは煽りと見做してよろしいでしょうか?」
「え」
「まだギリギリファイスくんを許そうとしていた瀬戸際だったと言うのに、アリア様って人は、もう、ホントに」
間延びした口調はどこへやら、笑顔のままアリアの方へイリスは近づいていく。
「お茶目な人なんですから」
そういうと手を精一杯伸ばし、アリアの頬を引っ張った。
「あにょ、いりひゅ、いやいりひゅひゃん。いひゃいれひゅ(あの、イリス、いやイリスさん、痛いです)」
「あははははは」
「ひょれる、ほほひょれひゃいまひゅ(取れる、頬取れちゃいます)」
「何か言うことがあるのでは?」
「ひゅいまひぇんれひた(すいませんでした)」
「よろしい」
そう言ってようやく手を離したイリス。アリアの頬は伸びたスライムのようになっていた。それをアリア両手でなんとか元に戻す。
「……全く、王女の頬を引っ張るとか、不敬ですよー、ふ・け・い」
「すいませんでしたー」
「反省の色が微塵も感じられない! いくら私の専属騎士とはいえ、やって良いことと悪いことがあります!」
「いくら親しい仲とはいえー、言って良いことと悪いことがあると思うのですがー」
「すいませんでした」
「…………」
一連のやり取りをファイスは呆気に取られたように見ていた。そして軽く微笑む。
「仲、良いんですね」
二人はファイスの方に向き直る。
「んー、まあそうですねー。アリア様とはー長い付き合いですからー」
「子供の時から一緒なんですよ」
「そうなんですね」
「はい。昔も今も私の専属騎士です」
アリアは自慢げに語る。イリスはそう断言するアリアに少し照れくさそうにしていた。
* * * *
「さて、ここで一つ問題があります」
あれから王都の街を歩き回って案内をしていたが、唐突に足を止めてそう言ったアリア。二人の方を向き自信満々に告げた。
「足が、もう、げんかいです」
同時に足を振るわせ始める。
「ええ……?」
「あー忘れてましたけどー、この人体力ゴミなんですよー」
その体力の少なさにファイスは困惑した。
「イ、イリス! あなたに私をおんぶする権利をあげます! だからおんぶしてください!」
「ええーどうしましょーかー」
玩具を見つけたように笑みを浮かべるイリス。
「おんぶしようにもー、私はちっちゃいですからねー」
「さっきのことをまだ気にしてるんですか!」
「いえいえー全く気にしてませんよー。と言うかもう少しで王城に着くんですからー、もうちょっと頑張ってくださーい」
「むぅーーー!」
イリスはアリアを無視してファイスの方を向き、一緒に歩き始めた。
「じゃあー、行きましょーかー」
「は、はい。あの、アリアさんのこと大丈夫なんですか?」
「だいじょーぶですよー。なんだかんだまだ歩けてますしー。と言うかこういう場でないとー、全く歩こうとしないですからー」
「そうなんですか……」
ファイスは後ろを振り向く。そこには救いを求める哀れな少女がいた。
「あの、あのー! ほんとに放ったままなんですかー!? 私王女! わたし、おうじょー! ちょっとー! あのー……」
どんどんとファイスたちと差が広がっていくアリア。結局最後までイリスがアリアをおんぶすることはなかった。