或る化け物の状況
「んむんむ、んまんま」
渡された干し肉をリスのようにガジガジと噛んでいる少年を横目に、アリアとイリスは話し合っていた。
「どう思いますか、イリス?」
「どうってー、何がですかー?」
「ほら、あの少年が言っていたことですよ。お腹が空きすぎていたからあそこに倒れてたっていう話のことです」
「んー、正直なところよく分かりませんがー、まあ一度話し合ってから考えることにしましょー」
そう言ってイリスは少年の方へと向かっていく。
「ねえ少年ー、少年の名前はー、何て言うのかなー?」
「・・・僕の名前、ですか?ファイス、って言います」
「ファイスくんかー。私はーイリスって言いますー。あそこにいるのがーアリアって言う子ですよー、よろしくねー」
「・・・はい、よろしくです。イリスさん。アリアさん」
「よろしくー。じゃあファイスくん、なんでファイスくんはーあんな場所で倒れてたのかなー?」
「・・・お腹が空いていたからです」
「そっかー、じゃあファイスくんはー、森の中で何しようとしてたのかー覚えてるー?」
「・・・食べ物を探すためです」
「食べ物をー、ですかー?」
「・・・はい。ここなら、何か食べ物があるのではないかなと、思ったので」
「ちなみに両親はー?」
「・・・いませんよ」
「・・・そうですかー。教えてくれてありがとねー」
そう言ってイリスはファイスの元から離れて、アリアの方へと戻った。
「どうしますかーアリア様。あの子ーなかなか複雑な身の上っぽいですけどー」
「・・・」
返事がないと思いイリスはアリアの方を見ると。アリアは何か考え込んでいるようだった。
「アリア様ー?」
「・・・あっ、どうしましたか、イリス?」
「いえー、あの子のことなんですけどーアリア様はどう思いますー?」
「そうですね。・・・少なくとも嘘はついていないのではないでしょうか。ただ・・・」
「ただー、なんですかー?」
「どうしてあの子は、ファイスくんはあんなにどうでも良さそうに自分のことを話すのかな、と思いまして」
「確かにーそうですねー。まるで他人事のように自分のことを語っていましたねー」
「・・・」
再び考え込んでしまうアリア。
「アリア様ー取り敢えず先にファイスくんをどうするかを決めないとー」
「ああ、そうですね。ひとまず王都まで送り届けましょう。まず何より、あの子を安全な場所まで送り届けなくては」
「まあーそうですねー。では、このまま向かう先は王都ということでー」
そう言うとイリスはファイスに声をかける。
「ファイスくーん。干し肉はー、もう食べ終わりましたかー?」
「はい。お水までもらってしまって申し訳ないです」
そう言うとファイスはアリアとイリスに向き直って頭を下げる。
「こんな怪しさしかない僕のことを助けてくれた上に、食事までもらえるなんて、あなたたちには感謝しかありません」
「いえ、大丈夫ですよ。困った時にはお互い様ですから」
「本当に、ありがとうございました。けど、これ以上お世話になるわけにはいきません。ここまでで大丈夫です」
「えっ?」
それはアリアにとって予想外の言葉だった。
「あの、ファイスくん。もし私たちと離れた後で君はこれからどうするつもりなんですか?」
聞かれたファイスは少し考え込んだ仕草をした後、短くこう答えた。
「森に、戻ります」
「え?」
「森に戻れば、食べ物はたくさんありますし、水もあります。またあそこで生活した方がいいですから。それに、これ以上あなたたちに迷惑をかけるわけにもいきません」
「ま、待ってください!」
アリアは思わずファイスに声をかける。
「なんでまた森に戻るんですか!?」
「なんで、と言われても・・・。さっき言ったように、森には食べ物があるからです」
「そうじゃなくて! 街に向かったりしてそこで暮らそうとか思わないんですか?」
そうアリアが言うと、ファイスは不思議そうな顔を浮かべてこう言った。
「街に行かなくても、生きることはできますから」
「生きることはできるって・・・。そんな世捨て人みたいなことしなくたっていいじゃないですか」
「でも、僕はそれでいいんです。何もいりませんから」
「ーーーっ!」
ファイスからそんな言葉を聞かされたアリアは衝撃を受ける。そして同時にもどかしさを感じていた。そんなことを言われるのはアリアの人生の中で初めてだった。しかもこんな小さな子供に。
「で、でも、あなたは倒れてたんですよ? もし私たちが見つけていなかったら魔物に食べられてたかもしれないんですよ? 生きることさえできないかもしれないんですよ? それでもいいんですか?」
そう反論するアリアにファイスは淡々と、興味なさげに答えた。
「そう、ですね。その時は、その時です」
「・・・生きたいんじゃないんですか?」
「生きたいわけでもないんです。ただ森に、誰もいないところにいればいい。僕はそれだけでいいんです」
「・・・」
アリアは言葉が出なかった。
ーーー何ということを言っているのだろうか、この子は。まだこんな子供なのに、一体何があったらこんな全て諦めたような言葉が出てくるのだろう。
唖然としているアリアにファイスは声をかける。
「あの、大丈夫ですか?」
そう心配そうにこっちを見ているファイスを見て、アリアは心を決める。
ーーーこのまま放っていたら駄目だ。
そう決意をしたアリアはイリスに声をかける。
「・・・イリス」
「はいはーい、どーしましたかー?」
「いいですか?」
「・・・この子をってことですかー?」
「はい。このまま放っておくわけにはいきません」
素性も何もわからない謎の子供を助けたいというアリア。イリスは少しの間アリアを見つめた後、諦めたような顔でこう言った。
「まーいーんじゃいですかー?私は姫様の命令に従うのみですしー」
「そうですか! ありがとうございます!」
「アリア様はやっぱお人よしですねー」
「・・・王族としてはきっと良くないんでしょうけど、こればっかりはどうしようもないんです」
そう苦笑いするアリア。
「まあ、そんなお人よしだからこそ私はー・・・」
「? どうしたんですかイリス?」
「いーえ、なんでもー」
「?? まあいいです」
アリアはファイスの方へと向かう。
「ファイスくん」
「はい、なんですか?」
「実は私、王族なんですよ」
「はい・・・はい?」
急な暴露に、明らかに動揺するファイス。だがそんなことは気にせずに、アリアは話を続ける。
「そして私はあなたのことが気に入りました! なのでファイスくんは私の専属執事になって貰います!」
「へ? え?」
何を言われているのか分からず目を見開いているファイス。
「あ、拒否権はありませんから!」
「ええ? いや、あの、色々と追いつかないんですけど」
「ではイリス、このまま王都に向かいますよ!」
「はーい、仰せのままにー」
そう言ってイリスは王都に向けて馬車を走らせる。
「・・・あの、ええ・・・?」
ファイスは最後までよく分からないまま、二人と一緒に王都まで連れて行かれるのだった。