或る化け物の死体
超絶遅い次話投稿ですが果たして読んでくださってる方はいらっしゃるのでしょうか。自分でも流石にしっかり完結させないと中途半端だなと思うので頑張って完結させたいなと思います。ただ先に話した通り、この小説は全く先を考えてないので、どんな展開になるかは全く想像がつきません。
―――――『モンデッド森林』奥深く―――――
「もっと速く走らないと―、捕まっちゃいますよー、アリア様ー」
「あああもうなんでこんな目にいぃぃぃぃ!」
鬱蒼と茂る森の中を、一人の騎士と一人の少女が必死に走っていた。その後ろからは、頭に二つの凶悪な形をした角をつけた真っ赤なクマのような魔物が野太い声をあげながら迫っていた。
「なんで私がこんな森の中で鬼熊なんかに追い回されなきゃいけないんですかあああ!」
そう毒づきながら走っている少女、アリア。十四歳にしては大人びて整った顔立ちをしているが、台無しになるほどに表情に余裕がない。美しい銀の長髪をなびかせながら、迫りくる魔物から逃げ回っている。
「多分ー、アリア様の日ごろの行いじゃないですかねー。きっとー、昨日厨房から勝手に持ち出して食べたマカロンの罰ですよー」
そんな場違いなことを言いながら少女と並走している騎士。しかしその声は女性のもの。身長は少女よりも低く、幼く可愛らしい顔とは似合わない鉄製の鎧をつけている。だというのに、息一つ切らさず、間延びした声で少女と話している。
「そんな訳ないでしょう!?っていうかなんでそのこと知ってるんですか!」
「ふふーん、姫様のやることなんて単純ですからねー。適当に言っただけなんですが、案の定当たってましたねー」
「なっ!?嵌めましたね!」
「そんなことよりもアリア様、もっと速く走らないとあの熊の餌になっちゃいますよー」
「えっ」
そう言われて少女は振り返る。すると、鬼熊がすぐそこまで迫っていた。
「ぎゃああああああ追いつかれます!?ちょっとイリス何とかしてください!」
少女が出しているとは思えない叫び声をあげながら隣の騎士、イリスに頼むアリア。
「といってもー今日はアリア様の修行の日なんですよー。だからー私が手を出すのってー違うと思うんですよねー」
「いつそんな日になったんですか!?私そんなこと頼んだ覚えないんですけど!というか何も知らされてないんですけど私ぃ!」
そう、この必死に走りながら叫んでいる少女は、何も知らされずにこの森に連れてこられたのだ。
「あなた私の騎士でしょう!?危機の迫っている主人を助けてくださいよ!」
「まあまあ、逃げることも大事な技術ですよ。どうしても勝てない相手と遭遇してしまったときに生きるためです。頑張って逃げてください。そしてわたしに楽をさせてください」
「それあなたがめんどくさいだけじゃないですかあああああ!」
* *
「はあ・・・はあ・・・はあ・・・に、逃げ切った・・・」
「すごいですねーアリア様。あの魔物ー、見た目に反してかなり早いはずなんですけどー」
あれから暫くして、なんとかアリアは魔物から逃げ切っていた。
「魔術を複数使って走ってましたからね・・・。素の体力で走ろうものなら一瞬で食われてましたよ・・・」
「すごいですねー。正直アリア様が―、鬼熊から逃げられるとはー思ってなかったんですけどねー。流石は魔術の天才、ぱちぱちぱちー」
仮にも主人の危機であったはずなのに、変わらず危機感のない声で話すイリス。
「なんで・・・あなたは・・・息切れしてないんですか・・・」
かなりの距離を走ったはずなのに、相変わらずイリスは息一つ切らしていない。それどころかまだ余裕と言わんばかりのどこか自慢げな表情でアリアの話に答えている。
「ふふーん、わたしは優秀な騎士ですからねー。この程度朝飯前ですー。アリア様もー、これぐらいで息切れしていてはー、これから先やっていけないですよー」
「私姫ですよ!?王女ですよ!?末っ子ですけど!森の中で護衛にいじられながら全力疾走している王女なんて聞いたことないですよ!?」
「良かったじゃないですかー。貴女がー史上初の疾走王女ですよー」
「そんな史上初なんて嫌です!というか私はこんな活発な王女じゃないです!姉様や兄様たちと一緒にしないでください!私は研究向きの王女なんです!」
そう、このアリアという少女、もとい第二王女は、王城からめったに出ることがなかった。ひたすら本を読み、外に出ることを嫌い、そして魔術の研究ばかりしていた。
「というか別に私外に出なくてもいいじゃないですか!私今のままでも十分国のため、民のために役に立ってるじゃないですかぁ!」
実際この王女は頭脳明晰であり、魔術の天才であった。彼女が発表した数々の新魔術は、人々の生活を豊かにしている。ではなぜ、そんな引きこもり王女がこんな森の中で熊から全力で逃げ回っていたのか。
「まあ、そうなんですけどー。流石にー、階段一往復しただけでー息切れする王女様はー、やばいと思うんですよねー」
彼女は、絶望的なまでに体力がなかったのである。
「う、うるさいですね!あれは研究疲れが溜まってた時にイリスが急に体力テストなんか始めるからです!タイミングが悪かったんです!」
「ふーん、じゃあー、パーティーが終わった直後に足の疲れでへたり込んでしまったのはー?」
「あ、あれは二時間もずっと立ちっぱなしだったから!」
「あれー、立食式のパーティーでしたから皆さん立ってましたけどー、普通に帰ってましたが―」
「み、みんながおかしいんです!」
そう言いながら顔を真っ赤にしているアリアに、イリスはため息をつく。
「おかしいのはあなたですよー。そんな体力しかないからこそー、第二王子様にこんな計画たてられるんですよー」
「あんの脳筋お兄様ぁああああああ!」
こうなった元凶に向けて、彼女は恨みを込めて叫んだ。
「はあ、はあ・・・。それで、この訓練はいつ終わるんですか?」
ありったけ叫んだ彼女は、イリスにそう問いかける。
「んー、魔術なしでー、この森のいずれかの魔物から逃げ切ることができれば合格ーと、王子様はおっしゃってましたんでー、それまでこの訓練は続きますねー」
「ええええー・・・。魔術なしで、ですか。それは多分一生無理で・・・ん?」
ふとアリアは、自分の足元に違和感を覚えた。土の感触でも、枝や葉っぱの感触でもない、柔らかいものを踏んだ様な奇妙な感覚。
「今私、何か踏みました?なんか奇妙な感覚が足にあったんですけ・・・ど・・・!?」
そう言って足元を見ると、落ち葉に隠れ、土まみれの人間の脚がそこにはあった。
「きゃああああ!?ひひひひひ人の脚!脚があ!?ちょっとイリス!?」
アリアは急いでイリスに助けを求めた。
「うわー、こんな森の奥で死体ですかー?・・・一体何があったんですかねー」
声は相変わらず間伸びしているが、予想外の事態にイリスは周囲の警戒度を上げた。この森自体なかなかに危険な場所ではあるが、彼女たちにとっては大きな怪我をする様な場所ではない。だからこそこの森で訓練という名の強制連行が行われていたのだが、こうなってくると話は別だ。訓練を中断し、即座に帰還しなければならない事態になるかもしれない。
それを確かめるべく、イリスは検死を行おうとその死体に近づき、死体に被っていた落ち葉を払った。
「んんー?」
しかしそこで、イリスは違和感を感じた。払い終わって見えた死体は男性のもの。白髪の少年で、年齢は12、3歳ぐらいだろうか。着ている服はそれほど高価なものではない。どこかの村の子供が森に迷い込み、魔物に殺されてしまったのかとイリスは思った。しかし、全身をくまなく見ていくが、死因と思わしき傷がひとつもなかった。周りにも血の跡は見当たらない。もしやと思い、少年の首筋に手を当てる。
「アリア様ー」
「どどどどうしたんですか!?」
「この子、生きてますー」
「イイイイリス!?どこかに埋めた方がいいんですか!?でもこの辺りで埋められそうな場所って・・・え?生きてる?」
「はいー。この子ここに倒れてただけっぽいですねー」
「え?ええ?生きてるんですか?その子?」
「そうですよー。何度も言わせないでくださいー」
そう改めてイリスが伝えると、アリアは一気に安堵した表情を見せた。
「よ、良かったぁ・・・生きてたんですね。でも、なんでここに倒れてたんでしょうか」
「それはー、この子に聞いてみるしかないんじゃないですかねー?取り敢えずー、訓練は中止ですー。この子を連れて一旦戻りましょうー」
「そうですね・・・。早く帰って、この子を安全な場所まで連れて行きましょう。折角消えかけてた命を見つけることができたんです。こんな所で死なせては、王家の威信に関わります。絶対に、助けてあげましょう」
そう言って一気に表情を引き締めるアリア。それを見たイリスは、少し笑みを浮かべた。
「そうですねー。ではー、行きましょうかー」
そうして彼女たちは城へと戻っていった。