妙な夢と日常
今宵紡ぐは、とある異界に根差す魂の物語。
一つの魂でありながらも、多くの世界にあらんとする魂の物語。
ともに歩むは”観測者”の思いの欠片。
語り部も観測者も果てを知らぬ物語を始めよう。
――暗闇の中、意識が落ちていく。
胸に強い痛みが走ったかと思ったら、この暗闇。
きっと、ワシは世界から旅立ったんじゃろ。
覚悟はしとったから、怖くはない、きっと”迎え”もすぐにくるやろ。
”彼”に頼んどったからな。――
「にゃーん」
――この声は間違いなく猫
暗闇の中でもはっきり”わかる”灰色の縞と鍵尻尾の猫。
賢そうな猫がこちらをみている――
「あなたがリーフ・ファイトね。
”お兄ちゃん”が迎えに行けって言っていたわ。」
――しゃべる猫、どこかのゲームで見かけた奴みたいやな――
「ゲームで見かけたって、失礼ね。
ほら、ついてきなさいよ。」
――この猫が”迎え”なんか。
ついていくって、どうしたらいいんやろ?――
「姿を思い描くのよ。
いまのあなたはなんにだってなれるんだから。」
――姿を思い描く…――
「(°Д°)こんなもんやろ!!ドヤッ!」
木造りの小屋、これまた木造りの簡素なベッドに、青年は横たわっていた。
青年のお腹の上に丸まって寝ているのは、灰色の縞と鍵尻尾の猫。
「変な夢をみたな……
そういえば、お前いつの間に来たんだ?
…まぁ、ええわ、今日も仕事いくかぁ」
青年――リーフ・ファイト――はさっさと着替え、慣れた手つきで鉄板に油をひくと火を起こした。
鉄板が温まるまでの間に庭の鶏から卵を拝借していく。
「ぷりっといい感じの卵、ありがとなぁ」
器用に片手で卵を割り、軽く溶いて鉄板に流し込む。
「卵焼きは心を映し出す、っていうからなぁ。
卵の声を聴けば綺麗に焼けるってもいうらしいねんけど…
ほいさっと」
こんがりである。
「(°Д°)……ワシの心は…」
リーフはいい感じに焼き色がついた卵焼きを弁当箱に詰めて、
干して甘みを引き出した果物を食べながら手紙を確認する。
手紙にはこうあった。
――貴族トーマス・バルドを始末してほしい
報酬は始末を確認後”牧場”にて――
トーマス・バルド…粗暴で暗愚な地方領主である。
しかし、傭兵崩れの小さな騎士団を所持しており民衆達は逆らうことができない。
「…」
リーフは手紙を放り空中で焼き払うと、羊飼いの杖――シェパーズ・クルーク――を手に取り外に出る。
踏み固めた路地は乾いており、空はどこまでも青く澄み渡っていた。
まさに、放牧日和である。
「……出陣じゃぁぁぁぁ!」
リーフの声を聴いた動物達はぞろぞろと寝床から出てくる。
長い時間をかけて築き上げられたリーフとの信頼関係のなせる技である。
「んなぁ~」
新入りの猫はまだ寝ぼけているようだが、のたのたとついてくる。
「おまえ…なんか夢で見た猫に似とるな。
…そんなわけないか。好きにするとええわ」
「んな?うにゃう」
リーフは牧場に動物達を放つと、様子を見ながら弁当を食べる。
のんびりと時間が流れる、リーフがとても好きな瞬間だった。
「さぁて、どうしたもんか。
曲がりなりにも、地方領主だかんなぁ……」
昼から動物達が満足する夕方までの時間はとても速い。
「このままにして置くわけにはいかんよな。
いってくるよ」
牧畜を生業とするものが牧場に動物達を放したままにするのは”ありえない”。
リーフはその”ありえない”を利用した裏稼業を持っていた。
「鶏達の面倒は僕が見ておくから、いつも通り行ってらっしゃい」
リーフを見つめる白ウサギはそう言っているようであった。
いや、実際そういっていた。
誰も知らないが、リーフは動物達と意思疎通ができる。
この力は生まれながらに持っていたものだが、誰にも知られないようにしていた。
「あぁ、よろしく」
いつの間にか猫は姿を消していた。