帰路
あれから、どのくらいの時間が過ぎたのだろう。
机の上にはカードの山がある。
「ーーーはい、終了」
いや、実際には、ほんの20分ぐらいだったのだが。
「じゃあお疲れ様。頼んだよ、レイ」
負けたのはーーー俺、だった。
こうなるという予感がしていた。確実に。
程よく、押しつけられた気がしてならない。
「ちょっ、ちょっと待ってください!」
「どうすればいいんですか!?こんな状況で俺一人で警護しろって!」
「平気だよ。レイの住んでいる所、市の近くだし…あそこには最強の味方たちが大勢いる」
「最強って…街のおばちゃん達じゃないですか…」
「最強だよ。味方になれば絶対勝てる!別の意味でだけど」
「それにしたって…」
ああ。このままいけば丸め込まれる。口でルカさんに勝てる筈ない。
チラッと伏せ眼がちになっているロゼを一瞥する。
初めて会った時から、少し思っていたことがある。
まるで、人形のようだーーーと。
自分を探しだした者に、恐怖から縋ることも無く、怯えも見えなかった。
笑いもせず、泣きもしない。
ただ、言われるがまま此処に来た、そんな感覚。
どんな所で、生きていたのか、ロゼは。
「怜」
「大丈夫。ーーー自分がされてきた事を、すれば良いだけだよ。
今度は、彼女に」
その言葉に、思わずルカさんの顔を見た。
そして、頑張れという呟きを置いて、
部屋から出て行ってしまった。
“今日はこのまま休みで良いから”
外に出ると、夜の雨は嘘のように止んでいた。
午前中、人通りがとても多い。皆、それぞれ買い物や仕事をしている。
その人混みを避けるように、自宅に向かって歩く。すぐ後ろを雛鳥のようにロゼがついて来るのを確認しながら。
こんな状態の子をどうしろっていうんだ。
されてきた事って言ったって、“あの時”は朧げな記憶しか残ってないっていうのにーーー。
「おやぁ!レイじゃないかい!お帰り。今日は休み?」
突然響いた、大きな声。
びくりと顔を上げて、立ち止まると後ろを歩いてたロゼが背中にぶつかった。
「…ただいま、マーサさん。あー…まぁ、そんなとこかな」
声の主は、この市で主に食料品を販売しているマーサだった。この辺りでは、ちょっとした有名人だ。
大きな袋を肩に乗せ、恰幅のいい体を揺らしながら近づいて来る。
「イヤだ!レイ!!また、痩せたんじゃないのかい!?駄目だよー。一人暮らしだからって、ちゃあんと、食事は摂らないと!
だから、私の家で食べなって前から言っているのに!!」
「ありがとう。マーサさん。大丈夫だよ、ちゃんと自分で作って食べているから、いつもマーサさんの店で買ってるだろ?」
「ああ!そうだったねー!」
けらけらと笑っていた、マーサがふと隠れていた存在に気付いた。
「あらまぁ!レイ!その後ろにいる子は誰だい?とうとう彼女が出来たのかい!?」
「あ、いや、違…」
「まぁぁ!大変!!やっと春が来たんだねぇ!だからって、すぐに変なことするんじゃないよ〜!おっと、こうしちゃいられない!!皆に教えてこないと!
じゃあね、彼女もご贔屓にしておくれよ〜!」
「………」
「………」
颯爽と、マーサは去っていった。
レイは、これからのことを考えて項垂れた。