誘拐事件報告書
王室高等弁務官のシェラは弁務官事務所に戻り報告書を記述していた。
辺りには何枚も書き損じた紙が散らばっており足の踏場が少なくなっている。
シェラは白い紙の上を流れる様にペンを走らせていた。
そのペンの動きが止まる。
「どうした?何か気になる事でも?」
その様子を見た同僚のガンダが訊ねた。
細身でダークブロンドの短髪。
特徴の無い何処でも居そうな顔をしている。
「ん?ああ少し気になる人物がいてね。」
少し浮かない顔でシェラが答える。
「それはそれは。事務所のエースのシェラ嬢でも悩むその相手とは?」
ガンダは持ってきたであろう紅茶をシェラの傍らに置くと再度尋ねた。
「今回の主犯のスコルナ伯、その後継者であるリュファスだ。
今回の件でスコルナ伯爵家はサーバル男爵家に領地を割譲することになった。
スコルナ伯爵家としては大きな痛手だが、リュファス自身はこの件で領主になることが決定している。」
「偶然じゃないか?
不祥事によって領主が交代するのはよくあることだと思うが?」
「不祥事によって嫡子が家督を譲られる。それはよくある話だ。
その嫡子が五男でなければな・・・。」
シェラは置かれた紅茶を飲みながら答える。
「五男!それは・・・・。」
「スコルナ伯爵家に関する報告書や調査書を調べたがどこも疑わしい書類はない。」
そう言うとシェラはため息をついた。
「でも、何か気になることがある・・・と?」
「リュファスに関しての調査で悪い話が無いのだ。」
「?品行方正な人ってこと?」
「そうじゃない。
悪く言う者が一人もいないのだ。
どんな人でも大なり小なり悪く言う者がいるはずだ。
だがその様な人には一人も出会わなかった。」
そこまで聞いてガンダはハッとした顔をした。
「だが、これはあくまで私のカンだ。その様なことを報告書に書くわけにはいくまい。」
そう言うとシェラは再びため息をつくのであった。
-スコルナ伯による魔導士カイ並びにサーバル男爵誘拐についての報告-
日時
豊穣の月25日に発生、狩猟の月9日に解決
事件の経緯
走空車の開発で名高い魔導士のカイ氏をスコルナ伯爵が拉致および監禁。
その利権を独占する為に犯行に及んだ。
サーバル領からの帰還が遅れている事に不信を抱いた、カイ氏の所属ギルド“リムスキレット”のギルドマスターより調査の依頼を受ける。
調査は貴族案件であった為、直ちに宰相の元に届けられ、王国特別弁務官および王直轄ギルド“フェールズ”がその任に当たることになった。
弁務官並びにフェールズのメンバーが現地にて調査を開始。
サーバル領の調査からスコルナ伯爵領での調査に切り替える。
スコルナ伯爵館にて関係者の事情聴取を試みるも、スコルナ伯爵は逃亡のち死亡。
なお、スコルナ伯爵の死亡原因は頸椎骨折。
回転する走空車から飛び出した際に負ったものと思われる。
この件の賠償としてスコルナ伯爵嫡子リュファスよりサーバル男爵への領地の割譲、
魔導士のカイ氏に対してはダンジョンコアの欠片もしくは精霊石による賠償が提案され
同日、了承される。




