百分の一の理由
男は移送用の走空車を上昇させるとシラアエガスの方角へ向う。
少しぎこちない操縦だったが何とか目的の方向へ車体を向けるとゆっくりと移動を始めた。
空は晴れ渡りシラアエガスの山頂付近に雲が見えるだけ青空が広がっている。
走空車をシラアエガスに破棄するとは言え、山の頂上で破棄すれば自分が帰って来られない。
男は自殺志願者ではないのだ。
寒く厳しいシラアエガスの頂上付近でなく、麓の森が切れる所で破棄するつもりであった。
麓とは言えシラアエガスからそう遠くない所である。
夜になるとシラアエガスからの寒気が下りてきて非常に寒い。
たとえ冒険者でも何の装備も無い状態では死ぬだけの場所なのだ。
「よし、この辺りでいいか。
あまり山へ近づきすぎると俺が帰れなくなるからな。」
男はそう呟くとゆっくり走空車を降下させようとした。
その時、青空が広がっているはずなのに走空車に大きな黒い影が差した。
次の瞬間、走空車の窓ガラスを巨大な鍵爪が突き破った。
鍵爪は操縦席を変形させ乗っていた男の胸に突き刺さる。
「グハッ!」
男は大量に血を吐き絶命した。
即死である。
その巨大な鍵爪の持ち主は走空車を山、シラアエガスの頂上へ運んでいった。
走空車がシラアエガスの山頂に運ばれる少し前、その荷台の中ではカイとハロルドが今後の方針を話し合っていた。
「兄さん、約三時間前と数分前に走空車が動きました。」
カイがそう言うとハロルドは
「動いたと言うのはあの圧迫されるような感じの事かい?」
「ええ。スコルナ伯は走空車を何処かへ隠したかもしれません。
それを確認するために魔法陣を停止させるべきかと考えているのです。」
「魔法陣か・・・百分の一の時間しか流れないおかげで兵糧攻めも平気だが・・・
いっそのこと千分の一とかにしたらどうかね?
そうしたら、一瞬で解決しているかもしれないよ。」
「残念ながら兄さん。そう簡単に千分の一とかには出来ないのです。
千分の一にすると一瞬にして死亡する可能性が高いと思います。」
「!!」
驚くハロルドに説明する為、輸送用の走空車の開発当初の事を語った。
「始め単純に内部時間を百分の一にすればいいと考えて設定していました。
ですが、走空車を動かしたら中身が潰れていたのです。」
「潰れて・・・」
「理由は単純な事でした。
走空車が100秒かけて100m動いたとします。
でも中の荷台では1秒で100m動いたことになったのです。」
「そうか、それほど早く動くための力が加わって・・・」
「ええ、それで積荷は潰れてしまったのです。
その為、その力を吸収する為の魔法、吸収の魔法陣を組み込む必要がありました。
その吸収量と時間遅延の兼ね合いで丁度良いのが百分の一だったのです。」
「そうか、なら仕方が無いな。」
解説するカイにはもう一つ気がかりなことがあった。
それは扉に開けられた穴である。
安全の為に鏡を使い外の様子を窺うのだが、その鏡の像が揺らぐのだ。
その現象はなぜ起きるのか考えていると、走空車が大きく揺れた。
「うぉ、何だ?」
座っていたハロルドは驚いて辺りを見回している。
カイはそう言うと扉の穴から鏡を使い外の様子を窺う。
ほんの少し前まで鏡に映る景色は揺らいでいたが今はその様子はない。
「兄さん何かおかしい。
魔法陣を解除して扉を開けよう。」
「う、うむ。仕方あるまい。
何が起こったのか確認せねば。
だがくれぐれも、慎重にな。」
ハロルドの言う通りカイは魔法陣を解除した後、慎重に、ゆっくりと扉を開けた。
ゴォゥ!
と音がして荷台の中に凍えるような風が吹き込んできた。
カイは咄嗟に保温の呪文を唱える。
<ほう。なかなか早い呪文の展開だ。
銀色の箱に魔術を使う者がいるとは思は無かったぞ>
とカイの頭の上から声が聞こえた。
その声に驚いたカイが見上げる。
そこには白金色の巨竜がカイ達を見下ろしている姿があった。




