魔導士は辺境伯に会い辺境の事情を知る
リモーデの町の入り口の門を通ると木製の橋が架かっており、その先は石畳の道がまっすぐ伸びている。
道は幅があり、馬車が対向で走ることが出来るほど広い。
町の外周にある木壁は内側を更に掘り下げ、地面には石材を敷設しているのが見える。
どうやら堀を作っている途中の様だ。中に入って判ったのだが、リモーデの町自体が今も建設中なのである。
道の両側には宿屋らしき建物が並んでおり、真新しい家屋もあるが、いかにも年代物の家屋が立ち並ぶ。
辺境にある古い町に手を加え新しい街に変える、と言ったところだろうか。
石畳の道を揺られながらしばらく進むと中央に円形の噴水のある十字路に出る。噴水の外側には露店が立ち並びちょっとした小物や食べ物を売っていた。
ここは商売や町の憩いの場として活用されているように見える。
「カイさん。我々はここで。」
貿易商のアベル達とはここで別れた。商人組合へ向かうのだろう。助け出した商人のサウルもそれに同行する。
カイも冒険者協会へ向かいたかったのだが、辺境伯(下僕だが)に出迎えられた手前、冒険者協会は後回しにするしかない。
辺境伯の城はリモーデの一番奥、石壁に囲まれた高台にある。
城の周りにはすでに堀があり、街の堀と併せ二重にする計画なのだろう。それはこの辺境がそこまでしなくてはならない所であることを示していた。
城壁の四隅には物見櫓が建っており周囲を常に見渡している。城門をくぐると少し奥まった所に天守閣が立つ。
カイはその横手にある扉の前に到着した。
「こちらでございます。」
町の入り口で出迎えた者とは違う人物がカイを案内する。着ている物は同じデザインの黒服だ。
カッン、カッンと音を鳴らしながら少し薄暗い城の廊下を進む。
城の廊下はむき出しの石組のままでタイルや絨毯などの装飾は行われていない。どうやらここの辺境伯は装飾よりも実利を優先する人物の様だ。
「こちらでしばらくお待ちください。」
カイは城の中の客室らしい所に通された。
客室の調度品は可も不可もなく最低限の物が揃っているだけだ。良く言えば質素、悪く言えば貧相と言ったところである。
半時も待たずに扉が開き、先ほどの下僕と少し豪華な服を着た男が入って来た。
「ようこそ。我が領地へ。私はこの地を治めるサミエル・ファウンテン辺境伯だ。」
「歓迎うれしく思います。私がカイ・サーバル、魔導士を生業にしている者です。」
辺境伯とカイは挨拶を交わす。
ファウンテン辺境伯は体格の良い男で年の頃は40を過ぎたぐらい。
短く刈り込んだ明るい金髪に少し白い物が混じる。だがその目つきは鷹のように鋭く、その手には剣だこが見えた。
カイには辺境伯は剣士としても優秀な人の様に思える。
「今日到着したばかりで申し訳ないが、急を要する案件を頼みたい。」
辺境伯は単刀直入に用件を切り出した。
「魔導士カイ。君には回復薬を100本作ってもらいたい。製作期間は一月だ。」
一月で回復薬100本。
並の錬金術師なら毎日夜遅くまで作業をしてギリギリだろう。
だが魔導士になる錬金術師は並ではないのだ。回復薬の100や200は問題になることはない。
ただし、材料と工房がある場合だ。
「材料についてはいくつかを手配中だが、全て集められるとは約束できない。工房は……そうだな、この町の西のはずれにある物を使ってくれ。」
工房はあるが材料は全てそろっていない。この場合、足りない分は自分で調達せよと言ったところだろう。
「それと工房は依頼完遂時の報酬とする。」
「え?」
あまりの報酬の高さにカイは聞き返した。
「ふむ?何か問題でも?」
「いえ、あまりの報酬の高さに驚いてしまって……。」
辺境の領主にとって魔法士は得難い人材なのだろうが、回復薬100本で工房はいくら何でも破格である。
カイはまだ他に理由があることを確信して訊ねた。
「理由はそれだけですか?」
その言葉にサミエル・ファウンテン辺境伯はニヤリと笑った。
「大部分は先行投資も兼ねている。が、それだけでは無い。」
「カイよ、このリモーデの東には森人達の住む森があることは知っていよう。」
「はい。確かエルフ語で“シラギリスの森”、輝く星の森でしたか?」
「そうだ、その森は名前が表す様にマナの光に満ちている。」
「マナが発光現象を起こすほどですか……それは難儀なことですね。」
呪文を使用する場合、マナを集める必要がある。
魔術師系の者は呪文を詠唱することで効率よくマナを集める。集められたマナは発光現象を起こす。呪文を使う時に発光現象が伴うのはこの為だ。
“シラギリスの森”は魔術を使う為に集める場合と同じ密度でマナが存在する。逆にシラギリスの森の中では詠唱が不要であると言える。
密度の高いマナは大地を活性化させ植物は通常よりも大きく丈夫に育つようになる。シラギリスの森が巨大な理由の一つだ。
だが、良い事ばかりではない。マナが集まりすぎると別の問題も引き起こす。
“ダンジョン”
近年の研究で解ってきたことだが、“ダンジョン”は龍脈と言われるマナの通り道が集まる場所に多く発生する。
王都の近くにダンジョンがあるのも龍脈の交点がそこにある為である。
ただダンジョンがあるだけでは問題にはならない。ダンジョンで発生する魔物によって土壌が汚染さる事が問題だ。汚染された土壌は周りの植物を汚染し、更には魔物化する場合もある。
「マナを多く含んだ土壌は雨が降る度に森から近くを通るイシルディン川によって下流の地域に運ばれる。」
「イシルディン川……だから流域が穀倉地帯となるのか・・・」
「その通りだ。が、土壌が汚染を受けた場合、影響は見当もつけられない。我々はダンジョンが出現した場合、速やかに対処。つまり破壊する事にしている。」
王都では特殊な物資の生産の為にダンジョンを破壊することは考えられない。
(ミスリルやオリハルコンはダンジョンでしか取れない。)
だがここ辺境では地域の特性上、ダンジョンの破壊が必要であるようだ。