魔導士は思い出す。
約二時間後、カイたちの乗る馬車は現場に到着した。
ディンカ達の他、生き残った銀色髪のエルフの少女が懸命に祈っていた。
梟の目を通して見えた冒険者は彼女らしい。彼らの傍らには胸の上で手を組み合わされた遺体が二体安置されている。
サウルの雇った冒険者三人の内、二人は盗賊の凶刃にかかり帰らぬ人となってしまった。
「精霊、魂、安息」
エルフの冒険者は共通語をうまく扱えないのか、片言で祈りを唱えていた。だが、魔導士であるカイの目、耳には別の言葉に聞こえる。
{精霊よ。願わくは死せる魂に安息を与えたまえ。}
エルフ語は独特で、魔法的な要素であるマナの動きが絡む。その為、呪文を使える者、マナの動きを見ることが出来る者にしか理解することが出来ない。
カイは魔導士である。当然、マナの動きを見ることが出来た。
{埋葬のお手伝いをしましょう。よろしいでしょうか?私は魔導士の“カイ・サーバル“と言います。}
とエルフ語で話しかける。
カイの言葉に驚いたような顔をしたエルフの少女は
{よろしくお願いします。私は“ルリエル・ギルヴォーレン”、見ての通りエルフです。}
と安心したような顔で答えた。
カイは埋葬を呪文で手助け、彼らが迷わぬように愛用の武器と一緒に埋める。
亡くなった冒険者の埋葬を終えると、次は貿易商人のサウルを手伝う。盗賊に襲われたため、積み荷が少なからず破損している様だ。
「リモーデで店を構えることになった矢先、貿易商最後の旅で盗賊に襲われるとは・・・。」
「荷物は無事で?」
「いくつか樽が壊れていました。中の薬草はダメになるでしょう。でも多くの物は残っているので大した被害にはならないと思います。」
「薬草の樽ですか・・・良ければ見せていただけませんか?」
カイの職業は魔導士であり魔術師ではない。魔術師は魔法を唱える者を示すだけであるが、魔導士は魔法の理を研究する者を示す。
その為、魔導士は魔法を唱えるだけでなく魔法的な要素を使用する錬金術も使えなくてはならない。
魔導士とは魔術師と錬金術師をある一定のレベルまで収めたものが就くことのできる職業なのだ。
ただ、この事は一般にはあまり知られていない。
(魔法を使う者が秘密主義なところが多いのが原因なのだが・・・。)
「そうですか、少しお待ちください。」
そう言うとサウルは荷台の中から箍の切れた樽を持ち出した。外側にあったため盗賊の武器が当たったのだろう。樽の箍が断ち切られ、隙間から薬草がはみ出している。
カイが中の薬草を調べると良品のオトギリ草だ。この薬草は傷薬など様々な薬によく使われる。ただ、このままでは薬草は空気にさらされ続けるため効果が著しく落ちたものになるだろう。
カイは肩から下げていた鞄から大袋を取り出すと
「このオトギリ草をこの袋一杯分、売っていただけませんか?」
「ええ?良いのですか?樽から出した薬草は長く持ちませんよ?」
「いえ問題ありません。」
サウルは怪訝そうな顔をしながら袋に薬草を入れる。樽に残っているオトギリ草は半分ぐらいになった。
「オトギリ草、一袋で100GPですが、このままでは売り物にならなくなるのと助けられたお礼を合わせて50GPでどうでしょうか?」
「50GPか・・・樽を直すからもう少し安くしてくれないか?」
「樽を直せるのですか?」
「ああ、箍が切れた程度だからそれほど問題にはならないでしょう。」
「樽を直していただけると助かります。では、30GPでは?」
「判りました。30GPですね。早速、樽を直しましょう。残っている薬草は別の袋に移しておいてください。」
カイは杖をバックパックから取り出すと呪文を唱える。
「壊れしモノよ。あるべき姿に戻れ。修復」
杖から色とりどりの光球が放たれ、空になった樽を包み込む。樽は光に包まれると、まるで逆再生されるように元の姿に戻ってゆく。
「いやはや、ダメだと思っていた樽が直ってしまうとは・・・魔法とはすごい物ですなぁ。」
実の所、修復の呪文は冒険者にあまり重宝されない。
樽の箍なら修復に時間があまりかからないが、剣や鎧になると1時間以上かかる。ダンジョンで1時間のロスは収入を減らすことになるのだ。修復の呪文より予備の武器を持つ。
その結果、あまり覚えられることが少ない呪文になった。
ダンジョン探索を主としていたカイが修復の呪文を覚えているのは、魔法に対する彼の考え方によるものだ。
魔法に対する考え、特にダンジョン探索を主とする冒険者は
1)攻撃
2)強化
3)その他
と言う優先順位である。
青年の頃のカイは魔法とは攻撃や強化ではなく、生活に役立つものであるべきであると考えていた。
“魔法が生活に根差すことにより魔法自体の更なる発展がある”と。
実際、呪文の習得もその考えに即した物だった。
その為の研究費を稼ぐ目的でギルドに所属したのだが、日々の忙しい生活に追われ何時の間にかその考えを封印して忘れていったのだ。
一月におよぶ長い旅の間にカイは封印したその考えをゆっくりと思い出していた。