魔導士は回復薬を作る。
カイが辺境伯からの依頼を受けて、最初の五日をデスマとも言える薬づくりで過ごす。
依頼に必要な材料を確認するのに1日、必要な薬草の採集とダンジョン攻略で1日。砕けたダンジョンコアの現場検証でさらに1日。
壊れた錬金術用の大鍋の製作を依頼するためにリモーデからドワーフの町アインヴィルまで一週間(五日)の旅。
アインヴィルでワインを蒸留するのに一日。
蒸留ワインをお土産に大鍋の製作をアインヴィルの鍛冶屋に依頼すると一日で完成。余程飲みたかったのだろう。ドワーフの酒好きのおかげである。
そして、アインヴィルからリモーデまで帰るのに一週間。大鍋を求めた日から実に十二日が過ぎていた。
依頼されてから延べ二十日が過ぎていた。
辺境伯の依頼は“100本の回復薬を一月(三十日)以内に納品する。”である。
この時点で回復薬を納品する期限の残りの日数は十日となっていた。
旅の途中、リモーデとアインヴィルを移動中や野営地でカイは何もしなかったわけではない。馬車の中や野営地で出来る回復薬の材料の下準備を行った。その甲斐もあって、ほとんどの下準備は終了した。
とは言え、残りの時間が十分にあるわけではない。町に戻ったカイは工房に馬車を横付けし急いで中に入る。
「カイさん。お帰りなさい。」
カイが工房に戻るとフィリアが出迎えてくれる。カイたちがアインヴィルへ行っている間、週に一回掃除に来てくれていたらしい。
「ありがとう、フィリアさん。おかげで工房はきれいなままだ。」
「どういたしまして。」
フィリアは明るくにっこり笑う。
「実はさらに頼みがあるのだが……。回復薬の作製の手伝をしてくれないだろうか?」
カイはフィリアの顔を見ながら回復薬作成の手伝いをしてほしい事を伝えた。
「判りました!喜んで。それで、後ろの三人は?」
カイが振り向くとルリエル、ガミラ、グメルの三人が工房までついてきていた。
「あ、そうか。護衛の謝礼がまだだったか……。」
カイの言葉にルリエルは首を振る。
「薬、手伝う?」{薬を作る上で手伝えることはありませんか?}
「ワシはこの間の酒があればいいぞ。」
「うむ、ワシも同じだ。」
「「酒を更に追加してくれるなら手伝う事もやぶさかではないが!」」
ルリエルに加え、ガミラ、グメルのドワーフ兄弟も手伝ってくれそうである。
「ありがとう。とても助かるよ。じゃ早速、大鍋に入れる材料を揃えよう。」
カイはルリエルやフィリア、ガミラ、グメルの四人を工房の作業部屋に案内する。
作業部屋には大きな作業台が二つ横に並べて置かれ、材料を細かくすり潰すための道具や道具や手を洗うための洗面台が備え付けられている。
「ルリエルにはこちらで呪文を使ってくれ。ガミラとグメルには材料を挽いて粉にしてもらう。」
カイはそう言うと、鞄からフラスコ等を取り出し作業台の上に置いた。
「ほほう、それはこの間のうまい酒を造るのに使った道具じゃな。」
「また酒を造るのかのう?」
流石ドワーフと言うべきか、酒の関係になると目ざとい。
「これは酒を蒸留する為じゃなく、本来の目的に必要なものなのだ。」
カイは鞄の中から下処理が済んだ材料の一つ、細かく刻まれたオトギリソウを取り出しフラスコに入れる。
オトギリソウは擦り傷や切り傷に使う薬草で、細かく刻みすり潰した物を患部に張り付けることで傷の直りを早くし、新鮮な物ほど効果が高い。
当然、細かく刻むと劣化は早くなる。その為、使うときにすり潰すのが一般的な使い方だ。
しかし空間収納付き鞄の中は時間が止まっている。その為、細かく刻んだオトギリソウでも劣化しない。
オトギリソウを入れたフラスコをエルフワインの時と同じようにセットする。
今回は冷却装置の片方の管は別のフラスコに差し込まれた。カイはそのフラスコを冷却装置より低い位置、流し台に置く。
「ルリエルさんは、このフラスコにこの間と同じ様に保温呪文をかけてくれ。」
ルリエルは頷くと保温呪文を唱える。
「冷却は?」{冷却呪文は使わないのでしょうか?}
「今回は水だけで十分。」
見ると、流し台に置かれたフラスコに透明な液体が一滴一滴溜まってゆく。
「?」{これはいったい何ですか?}
「この液体はオトギリソウの薬効成分を抽出した物だ。」
「フィリアさんはガメラとグメルに材料の場所を教えてやってくれ。」
フィリアはこの工房を掃除していただけあって、材料の場所をよく知っている。
「わかりました。最初は何を?」
「まず薬用人参を五袋。」
ガミラとグメルは倉庫から薬用人参を運び石臼の前に置いた。カイは二人に石臼で薬用人参を粉にするよう頼む。
薬用人参を石臼で挽くのにはかなりの力を必要とする。ガミラとグメル二人には適任だろう。
カイ自身は小鍋でいくつかの材料を煮出していた。奇妙なことに、材料は袋に入れられている。
「袋に入れて煮るのですか?」
「ああ、これで楽にろ過することが出来る。」
薬の調合は材料を煮込んでろ過するのは一般的だが、カイの様にわざわざ材料を袋に入れ投入することはない。
袋を手に取ったフィリアが感心したように袋をなでる。
「でもこの袋、すべすべしていますね。」
「その袋はスパイダーシルク製ですから。」
「え?・・・えええ!!!」
スパイダーシルクはその光沢と肌触りから高級服に使われる素材である。蜘蛛型のモンスターからしか採れないことからかなり高価だ。
フィリアにとってその様な高級素材を調合の道具に使っていること自体が驚きなのである。
「フィリアさんはこの香木を削ってください。」
カイは大工道具の鉋をさかさまにしたような物を鞄から取り出した。聞けば東方で干し魚を削る時に使う道具らしい。
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その後、ドワーフが挽いた薬用人参を袋に入れ煮だし、ろ過する。フィリアが削った香木を煮出しろ過したり、煮出した別の薬草をろ過したりと大忙しの作業を繰り返していた。
ルリエルは保温呪文を使いながらオトギリソウでの抽出を行っている。
そして、全ての材料が大鍋の前に集められたのは、作業を開始して三日後の事であった。
「これから最後の調合を始めます。」
カイは蒸留水を鍋の半分まで入れるとゆっくりと材料を調合してゆく。
「カイさん。あとは何をすればいいのでしょうか?」
ルリエルやガミラとグメルも頷いている。
「そうだな・・・俺は半日ほど大鍋を混ぜなければならないからしばらく休んでくれ。」
「うむ。相判った。」
「でも大変じゃな。これではあの酒を造った方が楽なのでは?」
ガミラとグメルはそう聞いてくる。確かに酒を蒸留する方が楽だろう。
しかし、
「この工房は回復薬の依頼の件で辺境伯から借りている形だ。」
「「え?じゃあ、あの酒は?」」
「報酬が工房だから成功すればここは俺の工房だ。」
「「うむ、それなら一安心だな。」」
回復薬調合の攪拌は一定の魔力を流しながら行う。魔力のパターンは個人により大きく異なる。
その為、途中で交代することは出来ない。交代した場合かならず失敗する。
なぜ失敗するのかは今後の研究が待たれる案件である。
カイが大鍋をかき混ぜ始めて半日が過ぎようとしていた。大鍋の色は緑から青、青から紫、紫から赤へと変化していった。赤い色に変化したら回復薬は完成だと言われている。
だがカイは赤い色のまましばらく攪拌していた。
突然大鍋が眩いばかりの光を放出する。眩いい光は時間がたつにつれゆっくりとおさまっていった。、
「完成だ。」
大鍋の中には赤金色に輝く液体があった。




