魔導士は鉱山町に行く
ドワーフの町、アインヴィル。
リモーデの北へ馬車に揺られて五日、カザドバレル山の中腹にある鉱山町だ。
町には鍛冶ギルド、採掘ギルドが立ち並びドワーフが忙しそうに動き回っている。ギルドに併設されている酒場はいつも多くの人で賑わっているようだ。
「ぐわははは。これこれ、ここはいつ来ても飲めるぞな。」
「グメル。まだ飲む時間じゃないぞ。でも少しぐらいなら・・・。」
「おいおい、ガミラ、グメル」
カイは呆れた顔で口をはさむ。
「「ぐははははは。冗談じゃよ、冗談。」」
「酒好きのドワーフが言っても信憑性がないな。」
「「違いない。ぐはははは。」」
今回カイの旅にエルフのルリエルの他に追加で二名が同行した。鎖帷子を着けたずんぐりした体格、太い眉、ドングリの様な眼、団子鼻、分厚い唇とそれを覆い隠す様な長い髭。加えてまったく同じ顔が二つ。
典型的な?ドワーフのガミラとグメル、彼らは双子の兄弟である。
同行希望のギルドメンバーは何人かいたのだが、酒場でのアームレスリング大会でこの二人に決まったらしい。
「ドワーフ、酒飲み、多すぎ」{ドワーフは酒飲みが多すぎる全く自重してほしい物です}(翻訳)
とルリエルがカイに話しかける。
エルフの話し言葉は独特な表現であり、魔法的な要素の動きを絡めて表現する。魔法的な要素の動きが判らないと片言にしか聞こえないのだ。
魔導士であるカイはマナの動きが読める為、エルフの言葉を正しく理解できた。
「そう言うなよ、エルフのお嬢ちゃん。わしらの体には酒が流れているから仕方がないんじゃ。」
「違いない。」
「「がはははははははは」」
「・・・・騒がしい。」{ドワーフはなぜこんなにも騒がしいのかしら。}
「それはそうと、魔導士殿は鍛冶職人への土産は持ってきたのか?」
どの町の職人でもそうだが、面倒な急ぎの仕事は受けたがらない。錬金術用の大鍋はその最たるものだ。
その為、急ぎで頼むのだから、それなりの見返りは必要になる。
「エルフ産のワインを10本ほど持ってきた。」
「ワイン、フルーティ、飲むの良い」{エルフ産のワインでフルーティ。とても飲みやすい良いワインよ。}
「“ふるうてぃ”なエルフ産ワイン?ダメじゃ!ダメじゃ!」
「むぅ、そのエルフ産ワインはワシ等にとって水みたいなものだ。」
ドワーフ二人にダメ出しされる。
選んだワインはカイが実際に店に行き、それなりの価格で良いと思える物を購入したのだが、どうやらドワーフにとって水と変わらない物らしい。
「仕方がない。違うものを購入するか。」
「ここでか?魔導士殿?」
ガミラは”何を言ってるんだ?こいつは”という顔をした。
曰く、ドワーフの町に酒屋と言うものは存在しない。酒があると店主がすぐ飲んでしまう為だ。その為、大抵のドワーフは自分専用の酒蔵で酒を造っておく。
そして、”ドワーフから酒を売ってもらう”と言う考えは誤りである。自分専用の酒は余程の事が無い限り交換に応じることは無い。だから町の酒場の経営も人間だから成り立っている。
そして、飲みなれた酒場の酒では急ぎの仕事を引き受けるドワーフはいない。
それを聞いたカイは困っていた。
「参ったな。出直す時間はないのだが・・・。」
「ふむふむ。せめてエルフ産ワインが酒精の強い物だったなら良かったのじゃが。」
グメルのその言葉にカイの目が光る。
「酒精が強ければいいのか?」
「ああ、ワシ等ドワーフは日ごろ呑むのはエールがほとんどだ。酒精の強い物は作れんのだ。」
「ま、そうなる前に飲んじまうからな。」
「まったくだ」
「「がはははははは」」
「あのワインを……錬金鍋は……いらない、器具がある……この場合、場所が……。」
カイはブツブツ呟きながら少し考えている。
「何とかなるかもしれない。ガミラ、グメル、調合のでき……いや部屋で料理が出来る宿はこの辺りないか?」
「それならちょうどいい宿があるぞぃ。」
そう言うとドワーフの兄弟は宿屋へカイを案内する。
「カイ?」{魔導士カイ、あなたは何をするつもりですか?}
ルリエルが歩きながら尋ねる。
「ワインの酒精を上げる。手伝ってくれ。」
カイはガミラとグメルに紹介された宿で比較的大きな部屋を借りた。
部屋には簡単な流し台が付いており料理ができるようになっている。そこに鞄から錬金術用の道具、錬金術用の長テーブルやガラス製の器具などを取り出した。
カイは丸いガラス容器を手に取るとワインの中身を入れ栓する。
「これ、何」
ルリエルにとって見たことがない容器の数々だ。
「フラスコ。錬金術は見たことがないのか?」
ルリエルはコクリと頷いた。
「じゃあ、判らない所は説明する。」
カイは説明しながら器具を組立ててゆく。水の入った四角い容器や透明な長い管、それに二つのフラスコが組み合わさった装置である。
ルリエルはその水の入った四角い容器を不思議そうに見つめた。
「これは冷却装置だ。」
カイはそう言うとルリエルに
「ルリエルは保温の呪文や涼風の呪文は使えるか?」
「どちらも可」
「じゃあ、ワインの入ったフラスコに保温を使ってくれ。」
カイはルリエルにそう言うと冷却装置に涼風の呪文を使用する。
ほどなく、フラスコと反対側の容器に透明な液体が溜まってきた。
「ふむ、最初に溜まったものは・・・」
「「「溜まったものは?」」」
「・・・捨てる。」
「「ちょっと待った!!」」
いつの間に入ってきたのか、ドワーフの二人が叫んだ。
「捨てるならワシにくれ!」
「そうだそうだ!それは酒の匂いがする。」
それを聞いたカイはふぅーっと長い溜息をつき、
「目が見えなくなったり病気になったりしても良いなら飲んでもいいよ。」
「「「!!」」」
「エルフワイン、毒無い?」{エルフ産のワインに毒があるわけがありません。何かの間違いではないですか?}
「目が・・・」
「病気か・・・」
「この方法で酒精を上げる場合、最初の保温でできる分に毒が多くなるのは事実だ。」
カイ曰く、酒類にはわずかだが毒の部分がある。低い温度だと、毒の部分が出てくるのだ。極わずかなら問題ないが、それを集めて量が増えると毒の濃度が高くなり体に影響が出る。
「ということで、この部分は破棄。」
カイは毒があるといった液体を流し台に素早く捨てる。
「「あ、あー・・・・ぁ」」
悲しそうな顔で名残惜しそうに流し台の排水溝を見つめるドワーフ兄弟。
「次にできた物を味見してもらうから待っていてくれ。」
「「おおおおおおお!!」」
味見を言われて途端ににこやかになるドワーフの二人。今にもタップダンスを踊り出しそうである。
カイはルリエルに涼風の呪文を担当させ、自分は威力強化(小)の保温の呪文を唱えた。通常、保温のような呪文の場合は持続時間を伸ばす。
だがカイは威力強化で唱えた。保温の呪文の威力強化することで温度をわずかに上げたのだ。
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「よし、完成だ。」
再び容器にたまった液体を二つのコップに分け、ドワーフ兄弟に渡す。
ぐびぐびぐびぐび、ぷはー。
ドワーフ兄弟はあっという間に飲み干す。
「なんじゃこりゃ!!」
「兄者!凄く強い酒精だぞ!」
大声で騒いだ後、カイの方を振り向く。
「「もう一杯!!」」
「ふむ、大丈夫なようだな。では続きをするか。」
カイは何事もなかったかのように作業を再開した。ドワーフの一杯は何杯になるか判らないからである。
「「……もう一杯?」」
「「……もう……一杯??」」
「「一寸だけでもいいから、もう一杯?」」
「……」
空になったコップを持ち少し悲しそうな顔をするドワーフ兄弟。それを見たカイはため息をつく。
「判った、判った、余分に1本ずつ作っておくから明日まで待ってくれ。」
「「おお、一本!」」
途端にお互いに腕を組み踊りだすドワーフ兄弟。
カイは倍の本数を作る為に朝まで作業に没頭するのだった。
 




