魔導士は入れるギルドが無いためスローライフを考える
“アルベティ”
リヒトファラス王国が運営する政府組織である。
王国に在住する全ての冒険者は“アルベティ”に登録を義務付けられている。この事により王国は全ての冒険者の動向を知ることが出来た。
登録の特典として“アルベティ”は冒険者に関する様々な業務を行う。その中に一つに”所属ギルドの斡旋”がある。
カイは所属ギルドを斡旋してもらうためにアルベティの王都本部を訪れていた。
解雇を告げられて1週間、王都での仕事先を探していた。
カイには貯金という余裕はあまりない。呪文書や素材、錬金術のレシピ、材料に給料をつぎ込んでいる為だ。
このままだと一月足らずで借家を追い出されるだろう。その為には何処かのギルドに入り稼がなくてはならないのだ。
前に所属していたギルド”フェールズ”は”採鉱系ギルド”である。鉱山ギルドや鍛冶ギルドの下に作られ、鉱石の採集を目的にしていた。
他には麦などの穀物採集する“収穫ギルド”、宝石を採集する宝飾ギルド、肉類(オーク等を狩る)を採集する“食肉ギルド”と様々なギルド系列が存在する。
所属先を探すカイは別の系列のギルドにも履歴書を出していた。
だが一向に所属ギルドが見つかる様子はない。全てが門前払いである。
魔導士は魔法の他に各種鑑定はもちろんの事、錬金術によるアイテム製作も可能、魔術師系にしては防御も高い。
カイは様々な理由を考えて腕組みをしていた。
「ただカイさんに少し問題が・・・」
担当者は書類を見ながら答える。どうやらカイの書類に問題点があるらしい。
「問題?」
「書類では“勝手に来なくなった為、解雇”となっています。」
「なんだって?!ギルド長のライセルは“明日から来なくていい”と言ったのですが?」
「そうなのですか?こちらの聞き取り調査ではギルドの皆さんも“こなくなった”とおっしゃっています。更に、“失態の責任を取らずに逃げ出したSランクギルドの魔導士がいる”と言う話が流れています。もっとも、こちらはあくまでも噂の段階ですが・・・。」
“手の込んだ嫌がらせだ。”カイはそう思った。
残念ながら、この世界では“解雇理由書”を出す義務はないし、それ自体もない。カイに一方的な解雇であると証明することは出来なかった。
がっくりと肩を落とすカイは担当者にギルドのリストアップを頼みアルベティを出ようとする。
そんな彼の前をニタニタいやらしく笑う男がアルベティの出入口をふさぐ。脳筋戦士の“アウスゼン”だ。
“アルベティ”は冒険者に関する業務を行う。アウスゼンがここにいるのはダンジョン攻略の申請に来たのだろう。
「どうした魔導士サマ。新しいギルドはみつかったカイ?」
カイはその言葉を無視して進む。
「オイオイ、折角Sランクギルド筆頭のこの俺様が声をかけてやっているのに無視すんなよ。」
アウスゼンはしつこくカイに絡み始めた。
「・・・いいのか?ここに申請に来たのではないのか?」
カイは少しあきれた様な顔でアウスゼンに注意を促す。
申請は手続き上、前もって予約した時間しか受け付けてもらえない。技術的な説明もしなくてはならず、担当者によっては時間がかかる。
カイにかまっている時間はないはずなのだ。
「ふん。申請など誰でもできることだ。そんなものに時間はかからねえよ」
さも当たり前の様に言い放ってアウスゼンはカイに顔を近づける。
「日夜のギルド探し、ご苦労なこった。で、ギルドから断られてどんな気分だ?これも“無断で休む”からだぜぇ。」
そう囁くとニタリと笑う。
(なるほど、ライセルたちにしては手の込んだ方法だ。誰の入れ知恵かは判らないが意外に効果的な方法か……。)
カイはこれまでの経緯から推察する。
ギルドはアルベティに“無断欠勤のカイと言う魔導士を解雇した”と報告する。
更に“失態の責任を取らずに逃げ出したSランクギルドの魔導士がいる“と言う噂を流しその解雇に真実味を持たせる。
当然、失態の責任を取らず勝手に休む人間を雇うギルドはいない。ましてSランクギルドならば尚の事なのだ。
噂を流した本人も“そのような噂がある”と言っているだけで、直接妨害したわけではない。
「たいした事は無いな。頭の足りない愚かな奴が騙されて噂を流しているだけだ。」
カイはアウスゼンを見ながら鼻で笑う。
「なんだと!!」
アウスゼン激高するとはカイの襟元を掴み上げた。今にも殴りそうな姿を見て周りにいた人々はさっとその場から離れる。
「あの人が俺を騙すはずが無い、いい加減なことを言うな!!だいたいお前さえいなければ俺達はもっと先へ進めるんだ!!くそつ!足を引っ張る魔導士風情が舐めやがって・・・」
アウスゼンはぐっと拳を握りしめる。
「いいのかな?ここは出入り口だぞ?それに忘れたわけじゃないだろう?」
カイはそう言うと右手の指輪を見せた。
「ちっ!復讐の指輪か!」
“復讐の指輪”は精神力を消費して受けたダメージを相手に倍返しする指輪である。
アウスゼンは以前指輪から受けた手痛いダメージを思い出していた。その上、周りにいた人々がこちらをちらちら遠巻きに見ている。
「チッ!この王都でまともなギルドに入れると思うなよ!それとおまえの荷物はこっちで処分しておいたからな!」
アウスゼンはカイを突き離すと捨て台詞を残しながら去っていった。
去ってゆくアウスゼンが見えなくなると、カイはほっと一息つく。アウスゼンも以前に何度か指輪でダメージを負ったことがあるのだが、頭に血が上ると今回の様にその事を忘れる時がある。
「全く厄介なことだ。」
これから先の事、日々の生活を考えると連中にかまっている暇はないのだ。
「そう言えば、荷物を処分しておいたと言っていたな。だが、必要な物は鞄に入れていたし、価値のある物は無かったから問題は無いと思うが・・・」
カイの価値の基準はあくまで魔導士としての基準である。
何時でも作ることの出来る回復のポーションなどの消耗品にはそれほど重きを置いていない。だが、作ることが出来ない者にとって手に入れたい物なのだ。
実際、ギルド長のライセルは回復のポーションを取り上げても問題が無い様、“勝手に来なくなって解雇”としたのである。
その後、何日か所属できそうなギルドを探す。
SランクギルドだけでなくAランクやBランクギルドを探すが面接まで行かない。
AランクやBランクのギルドの場合、“元のランクを落す人には何かある“という事で敬遠される。Cランクギルドも考えるが、これは担当者に止められた。
担当者によると、Cランクの場合、ギルドの収入は低く魔導士を雇うだけの財力が無いため採用しない。
王都にあるギルドの最も下のランクはCランクである。それ以下は王都に存在しない。Cランク以下は地方へ行く必要があるのだ。
王都近郊でBランク以上だと王都のギルドと繋がりが大きいので同じ結果になると予想できる。それより遠くで、条件の緩いギルドを探すしかない。
手元にある募集要項に書かれている物では
”魔導士、錬金術師、魔法師のいずれかであるならば即採用”
という最も緩い条件は辺境の町”リモーデ”のBランクギルド“リムスキレット”ぐらいだ。
貯金の残りは二週間分の生活費しかない。このままだと借家を追い出され路上生活である。
最早猶予はない。
カイの故郷はリモーデほどでは無いが田舎である。だが、カイには故郷に帰るという選択肢はなかった。
リモーデは王都から馬車で1か月はかかる辺境である。王都のように物があふれていることはない。辺境なので物資が豊富とは思えない。生活もままならないだろう。
と言っても辺境なのだから、畑でも耕しながらの自給自足、その合間に冒険者活動をすれば問題ない。
場合によってはそのままスローライフとやらを決め込むのも良いだろう。
カイは新天地では今までしなかった事、出来なかった事をするつもりになっていた。