魔導士の意外な来訪者
月の半分を王都で過ごすカイ魔道伯だが、領地での魔道伯の朝は早い。
朝まだ暗いうちから礼拝堂へ行き女神に祈りをささげる。
日が昇る頃、朝食。王国の食糧事情が改善したおかげで小麦の白いパンである。後は肉や魚、チーズ、サラダ類である。
午前中は領地に関する業務。通常の貴族なら領地の経営、領地内の食糧事情などの報告、税金などのお金に関する報告、領地内でのもめごとの判決も行う。カイの場合、これに工房の運営などの報告が加わる。
領地業務の後は昼食。比較的軽い料理を食べる。
午後は工房や市中の視察、もしくは魔法の訓練だ。元々、この時間は工房や市中の視察だったのだが、二日おきに宮廷魔導士のディルマがやって来てカイに魔法の訓練を行っていた。
そのおかげもあって、カイの魔法はそれなりに上達したのだが最強と言うには程遠かった。
午後の業務が終わるころ夕食になる。夕食は肉や魚のコース料理で中には珍しい料理が出る事もある。
食後は談話室で仲間たちと談話……という事にはならず、工房にこもって研究に励む。
夕食後、工房にこもっているカイだが真夜中近くになるとルリエルやフィリアに引っ張られ就寝となる。
さて、朝食を終えて朝の業務に励むカイだが困惑していた。
それもそのはずである。
王都から久しぶりに戻り業務(溜まっていた書類を整理)に励んでいると、我が家に見知らぬ客人が訪れる。
報告によると客人は今まで見たことも無い人。だが、その身なりから見てかなり名の通った貴族であるとの事だった。
カイが客人を通した扉を開けると部屋では白い長髪に白銀の鎧を着た美丈夫が座り、その向かい側に輝く緑の髪の美女が座る。
確かに姿かたちを見るとどちらも異常に美しく貴族の様な服装をしており気品さえうかがえる。
しかし、カイの魔導士としての目には人ならざる者としてのマナの流れが映る。
(何者だろう?)
「おお、カイ。久しぶりだ。」
白髪の男はカイの姿を見るなり手を振る。
「ど、どなた?」
カイが恐る恐る尋ねた言葉に、白髪の男は気付いたのか、
「おお、そうだ、失念していた。私だよ。グヴィバーだ。」
男はシラアエガスの竜の名を名乗った。白髪に白銀の鎧、人ならざる気配。言われてみればその要素はある。
「ふむ。所謂、“人化の理”と言う物だよ。」
“人化の法”とは魔法の使える竜などの生き物が人の姿をとる場合に使う魔法のようなものだ。“人化の法”は能力が低下するなどの制限があるが“人化の理”は制限が無いものである。
(白金竜が人間に化けるとこうなるのか。という事は、こちらのご婦人も……。)
「わらわの名は”ハウメア”。グヴィバーの母でもある。」
カイは”ハウメア”と名乗る美女をまじまじと見た。グヴィバーの母親ということで驚いたわけではない。”ハウメア”というのは世界を作ったとされる12柱の女神の中の一人の名前だからだ。
「海の女神”ハウメア”……。」
「ふむ、懐かしい呼ばれ方じゃのう。左様、わらわがその”ハウメア”である。」
「”ハウメア”?でも確か人魚とかいう話もあったよな??」
「人魚か……それはわらわの体にある鱗を見た者が勘違いした結果じゃろう。ほれ、このように鱗があるであろう。」
ハウメアはスカートの裾を捲り、緑の鱗の生えるふくらはぎの部分を見せた。
「……あーハウメア殿。みだりに足を見せるのはいかがなものかと……。」
カイは顔を横にして出来るだけ”ハウメア”の方を見ない様にする。
「うむ、これは失礼した。人の姿は久しぶりなので人の習慣にはいささか疎くてな……。」
”ハウメア”は人の習慣に疎いと言っているが実際の所、”人の習慣を気にも留めていない”と言うのが正しいのだろう。それだけ”ハウメア”との実力には比べるのもおこがましいほどの差があった。
カイはテーブルを挟んで二人の目の前にある椅子に軽く腰を下ろした。
「それで、今日の来訪はどの様な用件でしょうか?」
グヴィバーは顔をカイの方へ近づけカイの目を見る。
「ふむ、カイ・サーバルよ。汝に我との契約を果してもらいに来た。」




