竜の結界
イスガルト領
リヒトファラス王国の東に位置する領地であり、気候も海からの暖かい風が吹くため内陸部に比べ穏やかな場所である。
領地の南側には竜牙山脈の東端にあたる位置に峠があり、領地の名前を取りイスガルド峠と呼ばれていた。
イスガルド峠はそれまで2,000mを超える山々の連なりはとは異なり1,000m弱の山になっていた。
その為、ゲインシュタットが雪に閉ざされる冬の間は南へ行く交通の要所として使われていた。
暖かい空気が急に冷やされる為か峠には雲がかかっており視界があまり良くない。
飛行艦”ケフェウス”の異変はその峠にさし掛かった時に起きる。
「ん?眼下に海が見える・・・山のはずだが・・・。」
“ケフェウス”は真直ぐ操縦しているにも拘わらず、気が付けばその進路が曲げられているのである。
その都度、“ケフェウス”の操縦士は方向を修正する。
だが、数分後には眼下に海が見える様になる。
“ケフェウス”はゆっくりとその進路を変えられていた。
操縦士が今の状態をジーンに報告する。
「“ケフェウス”が直進できません。
艦に何か異常が起こっている可能性があります。」
「なに!?直進できないだと!!
直進以外に問題は?」
ジーンは驚きの声を上げる。
峠に差し掛かる前までは以上は無かったのだ。
だが、この場所に来て異常事態。
先の戦闘の影響が今頃出てきたと考えたのである。
「いいえ、直進操縦以外は問題ありません。
ただ、山沿いに進もうとすると方向が徐々にずれて行くのです。」
ジーンと操縦者の話を静かに聞いていたリュファスは
「・・・しばらく直進のみで動かしてみよ。」
「!了解しました!
“ケフェウス”直進を維持します。」
操縦士は復唱すると操縦桿を直進に固定した。
“ケフェウス”はゆっくりとイスガルド峠から離れて行く。
だが奇妙なことにある一定以上はなれると“ケフェウス”は直進する様になった。
「航路安定しています。“ケフェウス”に問題はありません。」
操縦士は安定して直進する様になったことをリュファスに報告する。
「メルケル。これはどう考える?」
リュファスはメルケルに現状を訊ねた。
「イスガルド峠一帯・・・いえ、ひょっとするとサーバル領を含めたこの辺り一帯に障壁・・・いえ、結界が張られているのかもしれません。」
イスガルド峠だけではなくサーバル領を含めると途方もない範囲だ。
これは障壁と呼べるものではなく、結界と呼ばれる。
そして、人間にそのような結界を張る魔力は無い。
「メルケル。そう考えるのには何か理由があるのか?」
「はい。
イスガルド領とサーバル領の間には白竜が住まうシラアエガスが存在します。
そして、サーバルの領主の弟、魔道爵のカイはその白竜と面識があります。
何らかの代償を提示できればあるいは・・・。」
「竜との契約か。
たしかに、古竜である白竜“グウィバー”ならば広範囲の結界を張ることが出来よう。
だが果たしての魔道爵は契約を行ったのか・・・。」
リュファスはすぐさま次の命令を下す。
「現在の位置で“ケフェウス”を海岸線と平行に移動させよ。
進路を変えられた場合、無理をして方向を変える必要はない。
1時間直進の後、方向を修正せよ。
また、1時間ごとにシラアエガスとイスガルド峠がどの方角にあるのか報告せよ。」
リュファスの部屋には1時間ごとにシラアエガスとイスガルド峠の方角が報告された。
その二つの方角を知ることで現在の位置と結界の大きさを測定する為だ。
「見よ、メルケル。
やはり魔導爵はあの白竜“グウィバー”と契約を結んでいるようだぞ。」
リュファスが指し示す地図にはシラアエガスを中心にサーバル領イスガルドすっぽり収まる大きさの円が描かれ、その線上には1時間ごとの飛行艦の位置が印されていた。
「ふむ、確かに・・・リュファス様、今後どのような対応を?」
地図を見たメルケルは今後の方針を尋ねた。
リュファスは嬉しそうに
「最早、この大陸にいる必要が無いな。
このまま直進だとどこへ着く?」
「はい、イグナーツ帝国です。」
「ならば直進だ。
この艦がある限り邪険にはされまい。」
かくてスコルナ伯爵は飛行艦を土産に帝国への亡命を果たした。




