白亜の試練 その8
麦の収穫が始まる秋口とは言え、日差しはまだきつい。
人知れず動く帝国軍に置いて、冷たい川の水は暑さをしのぐ為の必需品と言えた。
「おい!
まだ水は汲むなよ。
魔法での鑑定が終わってからだ!」
エルフの魔術師が杖を振りかざし呪文を唱えると川一面に呪文が広がってゆく。
「ふむ、問題ない。
汲んでいいぞ。」
その声と共に兵士たちが水を汲み始めた。
中にはそのまま飲む者もいる。
「うぉ、今日は一段と冷たいな。
もう秋だから仕方が無いか。」
「ひえー!冷てぇ!この日差しにはもってこいだぜっ!」
「うめぇうめぇうひぃーっ。」
「泳いで良いか?気持ちよさそうだ。」
「おいおい、泳ぐのなら水を汲んだ後にしろよ。
なぁ魔術師さん。せっかくいい感じに冷えているんだ。
そのまま持って行けないか?行軍も捗ると思うぜ。」
「・・・仕方あるまい。」
そう言って魔術師は呪文を唱えた。
「温度維持!
これでしばらくは持つだろう。」
「ありがてぇ。
これで今晩も冷てえのが飲める塩梅だぜ。」
「これで少しは進軍が楽になるなら容易い物よ。」
エルフの魔術師はそう呟くが、彼の思惑通りには進まなかった。
「痛ぇ!痛ぇ!痛ぇ!痛ぇ!」
「ぐおおおおおお。」
「腹が腹が!!」
「苦しい!これは呪いだ!呪いに違いない!!」
「森の生き物を殺し過ぎた呪いだ!森の呪いなんだ!!」
その晩、阿鼻叫喚の地獄絵図があった。
「これはどういうことだっ!」
魔術師が慌てて飛び出す。
その目に映ったのは腹痛に苦しむ多くの兵の姿だった。
「大変です。魔術師殿。
兵の半分近くが腹痛で腹を下し、進軍もままならない状況です。
このままでは撤退もやむを得ません。」
「なんだと!呪いだと!!毒物か?」
魔術師は咄嗟に呪文を唱える。
が、
「何も、無い・・・だと?!馬鹿な!!」
魔術師が呪文を何度も唱える。
周囲を、苦しむ兵士を、食料や水を
だが、その目に体を害する物が映し出されることは無かった。
翌日、下痢により体力の消耗した兵を連れて帝国軍は撤退した。
そこから少し離れた場所で撤退の様子を見ている八つの目があった。
「ふー。帝国軍も何とか撤退したな。」
帝国軍の様子を見ていたカイがそう呟いた。
「でもカイ殿。彼らは何故腹痛を起こしたのでしょうか?」
「謎、カイ、説明希望。」
「アイナリンドさんやルリエルはエルフだから知らないのか。」
エルフは森の民であるが肉類はあまり食べない。
まして魔獣は論外である。
「この時期の森の獣は冬ごもりの準備に忙しい。
その為、身体に脂分をため込む。
当然、魔獣も例外ではない。」
「身に脂分が多い、と言うわけですか?」
アイナリンドが尋ね返した。
カイは頷くと
「ああ、魔獣は特に多い。
これは体が大きい分と何らかの要因で体力を使う為だと考えられる。」
「魔獣は食べることが無いのでその様な物だとは知りませんでした。」
ルリエルもアイナリンドの言葉に同意して頷いている。
「話を続けよう。
帝国の地は平地が多く森は少ない。
森にいる魔獣を食する機会は皆無と言って良いだろう。
だからやってはいけない事を知っている可能性は低い。」
「昔からよく言われたのだよ。
“脂っこい物を食べたすぐ後に冷たい物は飲むな”ってね。」




