リュファスの回想
二つの月が満月となり頭上に輝く夜。
新たなスコルナ伯爵となったリュファスは自室で物思いにふけっていた。
(ようやくこの椅子に座れるようになったか・・・)
伯爵用の椅子の感触を確かめるように触れる。
(思えば長いようで、短かったかもしれないな。)
スコルナ伯爵家の男子と言えば聞こえは良いが、五男ともなれば周りから相手にされない。
ただ、スコルナ伯には正妻がいなかった。
それだけがせめてもの救いであった。
(しかし、人の心と言うのは面白い。
誰もが見たいものしか見ないし、聞きたい事しか聞かない。
だが本人はまんべんなく見聞きしていると思っている。
噂話も人から人へ伝わるごとに変化してゆく。
本人は正確に伝えていると思っているのがまた滑稽なことだ。)
(そう言えば、あれはギルバートの時だったか・・・)
リュファスは椅子に座り、これまでの事を思い出していた。
(あれはそう、ちょっとした実験だったな。
“エレナ嬢はギルバートに好意を持っている”と言う噂を流した場合、どの様に変化するかと言う実験だったな。)
スコルナ伯爵家の長男ギルバート。
文人気質の彼はハートランド伯爵令嬢エレナに乱暴を働いて廃嫡された。
(途中で“男は少しぐらい強引な方が良い”と言う話や“エレナ嬢は文人系の優男は好みではない”と言う噂を流したところ、ギルバートの元に届くころには
“エレナ嬢はギルバートが男らしく強引に口説くのを待っている”
になっていた。
全く、あれは予想通りの変化をしたものだ。
野心の強いリチャードを呼んでいたこともよかった。)
スコルナ伯爵家は長男のギルバートが廃嫡となったことで、年の近い次男のリチャードと三男のアルベルトが嫡子の候補となった。
(リチャードは伯爵家の跡継ぎになることに一生懸命だったが、
アルベルトは逆に消極的でどちらかと言うと伯爵家を継ぐことより冒険者の生活にあこがれていたな。)
「フッ。」
リュファスは思い出したかのように笑う。
(アルベルトに頼まれて人づてに冒険者達を紹介したら、リチャードは何を勘違いしたのかその冒険者ごとアルベルトを亡き者にした。
僕はただリチャードに“アルベルトは凄腕の冒険者を集めている”と言っただけなのだけどね。)
リチャードは無実の冒険者たちの殺害を命じたことで地下牢へ幽閉。
数年後、獄死。
嫡子候補はリュファスと四男のローレンツの二人になった。
ローレンツは王都で役人をしていたが呼び戻された。
(当時、王都から帰って来たばかりのローレンツを嫡子とするように働きかけた。
そして、滞っていた伯爵家の仕事を全て彼に回した。
ギルバートやリチャードはうまくやっていたようだが、王都の役人だった程度では荷が重たかったのか、
半年後、過労で倒れた。)
リュファスはふと立ち上がり窓際に立つ。
(その後は、療養のためと称して、全ての仕事を僕が処理した。
ローレンツに全く仕事を与えず、ただ窓際の机に座っているだけの日々を送ってもらった。
そしてある時、ローレンツは窓から飛び降りた。)
一命をとりとめたものローレンツは療養所行きとなった。
かくして、スコルナ伯爵家の嫡子は残った五男のリュファスとなった。
(気になるのは王室高等弁務官の目だ、あれは何かを疑っている目だった。
何も落ち度はないはずなのだが・・・・。
まあいい。
父上には色々と助言をしたおかげで伯爵家の領地が荒れてしまったがそれを立て直す必要もある。
それにしばらくは道具をそろえる必要があるからね・・・。)
リュファスは窓の外を見た。
屋敷の玄関近くには一般用の走空車が月の光に照らされていた。
 




