第5話 幼稚園と2人目の友人
俊が大悟に上下関係を教えつつ、自然と友人になってから半年以上が過ぎた頃、俊にとっては前世も含めて初めてのイベントが近づいていた。
「う~、後1週間で幼稚園か。緊張する」
「おいおいシュン、はやすぎねーか? 後じゃなくてまだだろ?」
「何言ってんだよ! オレにとって一大イベントだぞ!」
「オレらと同じくらいの年のやつがたくさんいる所で、せんせーっていう人の言うこと聞いて、母さんたちが来るの待つだけなんだろ?」
俊にとっての一大イベント、それは幼稚園への入園だ。
え? そんなこと? と思うかもしれないが、俊は普通の幼児ではない。異世界で生きてきた記憶を持ったハイパー幼児なのだ。そして前世の俊が生まれ育ったレイアラース王国には、幼稚園なども含む同年代が集まる学校のような場所が無かったのである。
平民は親から最低限暮らしていくのに必要な文字や計算などを教わり、貴族は家庭教師からそれらに加えて礼儀作法や将来する仕事の予習などを学ぶ。
そう、自分と同年代の子供たちが集まって、遊びや勉学をする場所が無いのだ。前世の俊が世界中を回った際に、こちらで言う所の寺小屋に当たる勉強を教えるための施設がある国を訪れ、特別に遠くから見学させてもらった時はうらやましいと思った。
日本には小学校・中学校・高校と様々な事を学ぶ学校があり、その前段階として行くことになるのが幼稚園だ。俊もこれまでに調べられる限り学校で行うことを調べ上げ、本人が自覚している以上にテンションが上がっていた。
(単純な勉強や遊びもいいが、給食、運動会、自分たちで店を出すイベント、校外学習、修学旅行、その他いろいろ、年間を通してやりたいことが多すぎる! 今から楽しみだ!)
2度目になるが、俊は本人が自覚している以上にテンションが上がっていた。
(魔術に関しても、魔術師が最初に覚える『魔力玉』や『引き寄せ』も使えるようになったし、小学校までには最低限の自衛ができるようになりたいな)
この半年以上の時間で俊はついに魔術が使えるようになった。と言っても魔術因子にアクセスできるようになった魔術師が魔力に身体を馴染ませてから、最初にできるようになることが求められる『未分類魔術』を2つだけだが。
1つは『魔力玉』という、自身の魔力でできた手のひらサイズの光る球体を創り出す魔術だ。
創り出すのに最低量の魔力しか使わず、普通のボールのように投げることもできるが、人に当たっても大して痛くないので危険性が無く、他の魔術に比べると非常に簡単なため魔術を使うことに慣れる練習としては最適である。
もう1つは『引き寄せ』という、近くにある物を自分の所まで引き寄せることができる魔術だ。
使い慣れると引き寄せる際にその物を短時間であれば宙に浮かすこともできるが、集中が少しでも切れれば落としてしまう。さらに引き寄せる物が遠く、重く、大きいほど、より多くの魔力を消費することになる。しかも、あくまで近くの物に限るので個人で差はあるが、少しでも自分から離れている物が対象だと発動自体しない。
2つとも実戦で使うことはほぼ無いと言ってもいい魔術で、初心者が本格的な魔術を覚えるまでにしか使わないようなものである。
しかし、転生したことで新しい体となり、今まで使えた魔術が使えなくなっている現状では、この2つの魔術が使えるようになったことで一気に先へ進むことができるようになる。
完全な後方から高火力として魔術を放つタイプなら、早ければ小学校の3、4年生あたりまでに全盛期と同じまで魔術を使えるようになったかもしれない。が、残念ながら俊の前世であるアレンは1人で行動することが多く、幅広く魔術の素質があったことから近接戦をメインに、魔術具も使いながらどんな状況でも対応できるようにした弱点は無いが突出した部分も無い万能タイプだった。
そのため、現在の幼児の身体では全力に耐えられない魔術も多く、必要な物も時間も不足しているので、全盛期レベルに戻るには最低でも中学生ぐらいの年齢まで掛かると予測している
「もっとも、この世界でそこまで強さが必要か? って問われたら、首をかしげざるを得ないけどな……」
「あん? 今なんて言ったんだ?」
「なーんでも」
ちなみに、魔術の以外で俊が日常的にしているのは日本語や英語などの習得だ。
いざ魔術を発動しようとした時に、向こうの世界の言葉をこちらの世界の言葉に訳さなければカッコ悪い気がしたのだ。練習すれば魔術名を言わなくても発動できるようになるが、俊は前世の世界に存在した非公式派閥『高らかに魔術名言って発動する方がカッコ良くない会』のメンバーだったので、何とか魔術名をこっちの世界の言葉に訳すつもりである。対抗派閥『無言で不敵に魔術を発動した方がカッコ良くない会』に負けるわけにはいかない。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
そんなこんなで1週間はあっという間に過ぎ、無事に幼稚園への入園を果たすことができた俊と大悟。
2人の住む家の近所には同年代の子供が他にいなかったため、俊は目をキラキラと、大悟は目を白黒としていた。
現在は入園4日目。
大悟はだんだんと幼稚園の様子に慣れてきたようだが、俊は予想外のこと、というかテンションが高かったせいで見落としていたことと直面していた。
そのラインナップがこちら。
~朝来た時の挨拶~
「せんせー! おはよーござーあす」
「はい。友樹くん、おはよう」
「…………」
「あーこらこら、浩太。先生に挨拶でしょ?」
「……おはよ」
「はい。浩太くん、おはよう」
~お絵かきの時間~
「今日はみんなの大好きなお父さんお母さんの絵を描きましょう」
「「「はーーーい!」」」
「えっとー。かおにー、めにー、はなにー、くちにー……」
「ぐーるぐーる、かみがこうこうこうこう♪」
「せんせー、できたー(ピカソ的な絵)」
「あらー、上手に書けたわね。よくできてるわー」
~お昼ご飯の時間~
「あー! ぼくのタマゴより、そっちのが大きいー! とりかえよー」
「やだよ! お母さんがつくったべんとうなんだぞ!」
「かえてよー!」「やだー!」
「2人ともケンカしないの。仲良くしましょう。ね?」
これが入園の翌日からの3日間にあった俊が見た出来事、その一部だ。
俊が見落としていたこと、それは、
(4歳児ってのは、こんなに精神的に幼いもんなの!?)
何を今さら、ということであった。
個人差はあるだろうが、幼稚園に入ったばかりの子供の精神が幼いのは別に不思議な事ではない。今まで家族によって護られてきた環境から、同じ年代で大勢の子供と関わる新しい環境に置かれることで、精神的に少しずつ成長していくのだ。
で、そんなまだ精神が幼い子供たちや先生に怪しまれないよう、必死に頭を使って同じような行動をとる見た目は4歳、中身は元異世界暮らしの30代後半のオッサン、その名は麻倉俊!
当然のことながら、精神的疲労状態になっていた。
母親から「幼稚園に入ってから、この2日で何だかやつれているような気がするけど大丈夫?」などと心配される4歳児、その名は麻倉俊!
大の大人が幼児のマネをするのだ。そりゃ精神的に疲労してやつれて見えるようになってもおかしくないだろう。家族と接する時とは方向性の違う疲れがドッと精神にくる。
一応、俊を擁護するならば、前世の記憶にある幼児は程度の差こそあれ、もっとしっかりしていた。その理由は環境によるところが大きい。向こうでは幼い頃から親の手伝いをするのが当たり前であり、ある程度育ってくるとすぐに家族、もしくは近所の年長組の子どもがどのようにするのかを教える。生活するうえで感じる雰囲気でも違いがあるかもしれない。
一方でこちらの世界の幼児は、お受験をさせる予定の家でもない限り、わりと自由にのびのびと生きている。遊ぶのが仕事だ。最低限のしてはいけないことだけ教えたら、それ以外のことは入園してから学んでいけばいいというスタイルなのである。
そりゃあ精神的に大きく違っていても、不思議ではない。
さらに俊が見落としたもう1つの理由は、大悟が原因だったりする。
お互いに近所にいる同年代が2人しかいなかったので、大悟は急に大人びた(?)俊の変化を家族を除けば1番感じており、元々早熟だったのかどうかは分からないが、精神年齢が大人の俊と一緒に行動することで「オレもしっかりしなくちゃ」と自然に精神的な成長につながった。そんな平均よりも精神的成長をした大悟を見た俊は、このぐらいの年齢の子供はこんな感じだろうと、大悟を基準にして考えていたのだ。
そんな考えのまま幼稚園に入園してみれば、待っていたのは俊にとって魔境かと思ってしまいそうな、幼い子供特有の嵐が吹き荒れる真っただ中。
俊の避難場所は基本、大悟の側だ。ていうか、そこしかない。
今日も大悟と遊ぶことで避難しているが、一部の女子が俊たちを見てキャーキャー言っているのはなぜなのか? 嫌な予感しかしない……
そうしたことが悩みの種となっているものの、俊と大悟はお互いに幼稚園に入園したらしようと思っていたことが1つある。
それは、最低でも1人は共通の友達を作ることだ。
「そんなわけで、そろそろ『ボクと契約して友達になってよ』作戦を本格的に始動したいと思います」
「いや、どういうわけだよ? てか、けいやくって何?」
友達になった瞬間に遠くない未来で不幸になってしまいそうな作戦を始めようとする俊と、初めて聞いた作戦名に戸惑う大悟。
「細かいことは気にすんな。で、この数日でオレら以外の子供たちの様子見てみたわけだけどさ、ちょっとでも仲良くしたい子っていた?」
「うーん……何て言うか、びみょう? ぶじゅつの話をしてみても、ピンとこないやつらばかりだから、オレからはないな」
「そっかー。しかし、安心しろ! 予想外のことで精神的に疲労しつつも、きちんと周りの子どもたちを観察し、比較的オレらと仲良くできそうな子を発見した」
「それは?」
そんな子いたっけ? と疑問顔の大悟の肩を掴み、少し離れた場所で遊んでいる子供の方へ強制的に顔を向かせる俊。
そこにいたのは、
「……女の子じゃん」
動物のぬいぐるみを持って楽しそうにしている、ウェーブのかかった茶髪でおっとりとした雰囲気の女の子だった。
「言いたいことは分かるが、まあ聞け。この先のことも考えると女友達が1人いるかいないかだけで大分違ってくる。何にしても、な。そして女友達を作るのは年齢が高くなるほど難しくなっていくものだ。なら今後数年以内に作るのが望ましい。そのうえであの子を選んだ理由は、オレらと同じでまだ仲のいい子がおらず、他の元気すぎる子供たちと比べても、おとなしい性格だからだ。と言う訳で善は急げだ行くぞ!」
「……お、おう!」
半分以上、俊の言っていることが理解できなかった大悟だが、とりあえず頷いておき、件の女の子の元へ俊と一緒に向かう。
「ん~?」
ある程度2人が近づいたところで、女の子が気付く。
名札が服に付いているので、すでに名前は分かっている。
「えーと、ナナミちゃん、でいいんだよね?」
「そうだよ~。わたしのなまえは~ナナミだよ~」
語尾が伸びる独特のしゃべり方だったが、気にせず俊はあらかじめ決めていた友達となるためのセリフを言うことにした。
「オレらと契約して友達になってくれないかい?」
ほとんど作戦名と一緒だった。俊の側にいるのが大悟ではなく、魔法少女の使い魔っぽい白色の猫みたい生物だったら、確実に騙しにきているだろう。
「いいよ~♪」
そんな怪しい契約に即答する女の子にも問題あるが。
幼稚園への入園は俊にとって一大イベントでしたが、前世の幼児よりも幼い子供にいろいろと疲れてしまいました。
大悟と仲良くしていると、「腐腐腐・・・」と言う女子が何名か。俊の勘が絶対に近づいたらいけない類だと警報を鳴らしています。
作戦名はテレビで紹介していたアニメから取った俊。順調に日本に馴染んできている。
次回、幼稚園で心霊現象が?