第58話 VSテロリスト⑤ SF要素には退場願おう
昨日投稿しようと思ったら、pcが更新し始めた。アホみたいに遅かった。おのれWindows……!
今回、区切りや勢いの関係でかなり長めです。ご了承ください。
つい先程までざわついていたその場は、ただただ沈黙が支配していた。
最初に口を開いたのは新人リポーターの遠藤春奈。
「……え? 何これ? どうなってんの?」
自分の目が確かなら、突如イベント会場から光の柱(今思うと雷の柱?)が立ち上がったと思いきや、それが途中で分かれてテロリストたちを襲ったのだ。当たる直前に運良く気が付き避けようとした者もいたが、磁石に吸い寄せられるかのように雷はテロリストを飲み込んで、その身を焼いた。
今自分の見える範囲にいるテロリスト数人が例外なく煙を上げて倒れ込んでいることと、先の途中で分かれた雷と思わしきものの数から推測すれば、イベント会場を取り囲んでいた見張りのテロリストは全員倒れたのではないか?
遠藤春奈は周囲を見渡す。
ここにいるのはテロリストに捕らえられている人質の関係者と、自分と同じように度胸のあるテレビ局の人間、そして自衛隊と警察。
その全員が呆けた顔をしていた。
いや、自衛隊の人たちは反対方向を向いていたので何が起きたかは理解していないだろう。今まで暴走しないように見張っていた人たちが急に大人しくなったので振り返れば、遠くの方で地面に倒れているテロリストが強化ガラス越しに見えて「訳分かんないよ」と言いたげな表情になってしまっているのだ。
遠藤春奈は必死に状況を理解しようとして、頭を回転させる。
今自分がするべきなのは何か?
自衛隊や警察の人たちにを正気に戻すことか?
この状況をすぐにスタジオに伝えて報道することか?
そうこう考えている内に事態はまた動く。
「あら? テロリストの側に誰かが……」
いつの間にか倒れたテロリストの近くに人がいた。
中途半端に離れているので確証はないが……
(コスプレした……子供? それも3人。んー? 倒れたテロリストに何かしているわね。ここからじゃ詳細は……って!?)
途中、ようやく当たり前のことに気付く。
「ちょっとアンタ! カメラマンがカメラ降ろしたまま呆けてるってどういう了見!? さっさとカメラをズームさせて撮りなさいよ!」
「うおぅ!? は、はい!」
正論を言われカメラを構えるカメラマンの久保田哲也。
いつの間にか先輩と後輩が逆転している。
ズーム機能を使って久保田哲也が見たのは……
「遠藤さん、遠藤さん。自分疲れてるんすかねえ? コスプレ姿の3人の子供がこんがり焼けてるテロリストども縄で縛り上げてますよ?」
「……それって、どんな格好?」
遠藤春奈はある程度確信を持ちつつ質問する。
「え~と、3人とも上半分が見えなくなる仮面を付けていますね。黒い格好の子と、青い格好の子、それに巫女の子ですね。3人目は女の子っぽいです」
「――っ!? やっぱり!」
それはつい1週間ほど前、自分が所属している局で話題にしたもの。
最近隣の市で活躍する5人組の小さなヒーロー。
それが自分たちの側にいる!
「哲也くん。すぐに局に連絡入れて。私は警察の方に何か知らないか電話するから。可能ならあの子たちに取材を――」
――ガジャンッ!
「? 何かしら?」
テロリストと謎の子供がいる方から聞こえてきた音ではない。自分たちの後ろ側から聞こえてきた音だった。
図らずもその音によって他の人たちも意識が現実に戻る。
――ウィィイイイイイイイイン!
今度は大型の機械が動き出すような音。
耳を澄まして音の発生源を探れば、近くに停めてあった大型のトラックから。
トラックの荷台部分にはとある局のマークがあった。
(あれって確か、人質の関係者に不快にさせるようなこと聞いて追い出された所の……。あのトラック、追い出された連中と入れ替わるように来たのよね? 警察の方が運転手に身分証の提示とかしてて、そのまま何もせずにいて……)
今思えばおかしかった。
リポーターもカメラマンもスタッフも、どこか焦っているような――何かを恐れているような、そんな風に見えた気さえする。
直感的にここから離れなければならないと思った。
しかし、実行に移すにはいささか遅かったようだ。
――ガバアアアアアアアアアアアアアアアンッ!!
「キャアッ!?」
とんでもない音と共にトラックの横側が吹き飛ぶ。
そこから出て来たのは高さ3メートルほどの鉄の塊。
バランスを取るためなのか非常に不格好だが、辛うじて人型の姿。
左腕を見れば、巨大な4本の指をつけたアーム。
右腕を見れば、画面の向こうでしか見たことがないような巨大なガトリング。
肩には銃口があった。背中には何かを背負っていた。頭部に付いたカメラレンズの無機質な光がこちらを見ていた。
「…………ウソん」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その男は科学者だった。
得意分野はロボット工学。大学を十分な成績で卒業し、その道に進んだ。
男の働いていた所で力を入れていたのは、災害時のためのパワードスーツの開発だ。すでに実用化もされており、実際の災害現場での救出作業に貢献したことで、会社もよりその方向性で事業の拡大を狙っていた。
しかし、男はパワードスーツを平和利用しようという考えではなく、戦争――軍事利用できないかと考え始めてしまった。
考えること自体は悪いことではない。
使うのが“人”である以上、開発されたパワードスーツを人を殺すために使うのか、人を助けるために使うのかはその時になるまで分からない。
実際、会議の中でその話題を出した時も、男以外の全員は防御能力と機動性に特化させたパワードスーツが戦争が行われている場所から逃げ遅れた人を助け出す、そんな想像をしてあれよあれよという間にプロジェクトも進んだ。
複数の人を担いで移動できるよう背中に掴まれる部位を設置しようとか、熱源探知の機能は必要だとか、いっそ簡単な応急処置ができる機材をパワードスーツの一部に組み込むことはできないか? などと仕事仲間は楽しく話し合う。
だが、違う。
男が望んだのは、防御力と機動性に秀で、なおかつ攻撃能力を持った兵器としてのパワードスーツだった。
戦車の砲撃はさすがに無理でもバズーカの直撃を受けても活動を続けられ、状況に応じて複数の兵器で敵を蹂躙する。
男が望んだのは、そんなパワードスーツだ。
人を殺すための新たな兵器だ。
――ここでは私の望みは叶わない。
いつしか男は独自に兵器としてのパワードスーツの開発に力を注いだ。
非合法な取引で部品を購入していたからか、テロリストから協力者にならないかと誘われる。資金を用意するから技術を自分たちのために使ってくれと。
願っても無いことだった。
それから数年、ついにプロトタイプが出来上がる。
大規模な施設を使っているわけでもなく、必要な物もちまちま集めなければならないため非常に時間は掛かったが、それでも男がほぼ1人でソフト部分を創り上げたことから考えれば異常な早さであった。
それこそ……狂気的な執念の結果だ。
気付いた時には、男はテロリストの思想に染まっていた。
自分の願望だけを優先する悪魔の科学者になり果てていた。
研究が形になってからは仕事をやめ、本格的にテロリストたちの仲間になっていた。雰囲気がおかしいと怪しまれていたのも原因だが。
プロトタイプから取ったデータを元に機動力を除けば十分に実戦使用できる兵器としてのパワードスーツ――DPS:003も開発した。
ちなみにDはDEATHを表し、PSはパワードスーツの略だ。
そんな折、テロリスト側から連絡が来る。
近いうちにテロ行為(テロリスト曰く神からの啓示)を日本でするというのだ。その時、DPS:003のお披露目の機会があるかもしれないと。
無論、男はすぐに承諾する。
自身の協力者であり、今では同志である者たちから頼まれたことを要約すれば、2日目の夜から偽装したトラックの中で待機してほしいというものだった。
こちらの要求を突っぱねたい政府が、期日である3日目を待たずに強硬手段に出る可能性も否定できないと。
少なくとも、どのように行動しようが見張りに気付かれずに事を起こすことは不可能。事を起こす場合、すぐに分かる。その時、見せしめにその場にいる者を1人でも多く殺せ。ある程度見せつけたら適当に逃走しろ。
それが男が受けたこと。
冷静に考えれば分が悪すぎる賭けだ。人によっては「注意を引くための捨て駒なんじゃ?」と思ったことだろう。
しかし、男は興奮からそこまで頭が回っていなかった。
――自分の開発したモノが世間の注目を集める!
そんなことばかりが頭を占め、パワードスーツを纏ってからは拍車が掛かって目に見える人物全てを赤く染めたいという狂気的な思考をしていた。
偽装したトラックで近づくのはそう難しくなかった。
事前に目を付けていたテレビ局の者たちを密かに脅し、わざと警察や自衛隊と問題を起こさせる。それっぽい爆弾の写真を送りつけて「こちらの言う通りにしないと、局に仕掛けたこの爆弾を爆破させるぞ。少しでも外に漏らすような言動をしても爆破させる」と脅せば、おもしろいように素直に従う。局のことをよく知らなければ分からないような情報を少し付け加えれば、ダメ押しで言うことを聞く。
関係者を人質に取れれば確実性が増したのだろうが、そのような余裕も無く危険を起こすこともできなかったため今回は断念した。
男以外でこの場にいたのは金で雇われた協力者だけだ。
偽の身分証を持って、男とDPSを会場付近まで運ぶというだけの簡単な仕事。後は連絡が来た時に男に報告するだけ。それだけで金が手に入る。
そんな風に思っていた……
見張りのテロリストたちが倒れたことでDPSに乗り込んだ男は、最初の犠牲者に協力者を選んだ。
報告に来た協力者の頭をアームで掴み、機材に叩きつけたのだ。
協力者は、即死だった。
(くくく、くくくくくく! これが……これが人を殺すということか! 何ともあっけないものだな! すごいぞ私のDPS:003!!)
男は極度の興奮状態のままトラックの荷台部分を破壊して外に出た。
見れば、自分(正確には突然現れたロボットらしきモノ)を見て唖然とする人々が。本来ならもう少しパニックになってもおかしくなかったのだが、続けざまに予想外のことが起きたせいで若干思考を停止していた。
それを不満に思う男。せっかくの自分の傑作の登場だというのに何だこの鈍い反応は! と勝手に憤りを感じていた。
(だったら、嫌でもパニックにさせてやる)
ようやく動き出した警察や自衛隊の人間が銃を構えて警告し、人質の関係者を必死に下がらせようとしているがもう遅い。
数秒後には右腕に装備されたガトリング砲が火を噴き、辺り一面に赤い花を咲かせるだろう。パニックを起こして逃げ始める人々。容赦無くその背中に放たれる最新兵器の数々。悲鳴・絶望・怒り・悲しみ。様々な負の感情が渦巻く世界を自分の手で創り上げようとしている事実に、男の中にあった最後の枷はあっけなく外れてしまった。
見張りのテロリストを倒したらしい政府の犬どもは後悔することになるだろう。今頃会場の中でも虐殺が行われようとしているはずだ。前も後ろも絶望の直前。その引き金は自分たちが引いてしまったということに……!
DPS:003の右腕に装着されたガトリング砲を警察と自衛隊の人間に向ける。今頃になって発砲し始めたが、戦場での運用を考えていたパワードスーツには豆鉄砲でしかなかった。装甲にはまともな傷もついていない。当然、中の男も無傷だ。
「…………死ね」
自らが操作するDPS:003が、ガトリング砲を放――
「させるわけないでしょ! 『激情のヒート・レイ』!!」
――ギュイイイイイイイイイイイイイインッ!
――つことは無かった。
なぜなら、斜め上方向から放たれた熱線が強化ガラスごとガトリングの砲身を貫いたのだから。
僅かな抵抗も許さなかった。バズーカの直撃を受けても破壊できないよう改造されたカバーなど意味をなさなかった。
本来なら爆発してもおかしくないそれはマグマのようにドロドロに溶け、鋼鉄が溶かされた際に発せられる臭いを辺りに漂わす。
「ソーサラー! すぐに中規模の防御結界を張って! この場にいる人たちを誰1人傷つけさせるんじゃないぞ!」
「当り前よ! 今回アタシは防御に専念するから、2人でさっさとその鉄の塊をスクラップにしちゃいなさいよ! こう、グシャッと!」
「いや、反応から中に人が乗ってるみたいだぞ? オメエの言葉通りにしたら、放送禁止な絵面になるってぇの」
男が何が起きたのかと呆然としている内に、いつの間にか目の前に3人のコスプレ姿の子供がいた。周囲にいたはずの人々は不自然に離れている。
(まさか……コイツらが?)
ありえない事態を認めることができず、しかし本当ならば自分の創り上げた傑作を傷つけたことに激しく怒りを抱く。
「後はこのままハッピーエンドってところで水差しやがって。……オマエみたいな世界観が違う相手は、さっさと退場してもらおうか!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
パワードスーツの男は俊たちに怒りを抱いていたが、俊も俊で目の前の存在に対して激しい怒りをぶつけたい気分だった。
(魔術があるっていうことを広めようとしている時に、何をSF要素引っ張り出しているんだよ!? 時代を考えろってんだ!)
科学者の人間が俊の考えていることを知ったなら、こう言っただろう。
――その言葉、自分たちにも言えるからな、と。
科学技術がどんどん発展していっている現代で、いきなり魔術要素を引っ張り出してきたオマエらこそ時代を考えろという話だ。
(しかもガトリング(?)をぶっ放そうとするなんて、椿のチート魔術が無ければ冗談抜きに悲劇が起こっていたぞ……)
――神聖魔術+火属性魔術『激情のヒート・レイ』
椿のみが扱える複合魔術(ハイブリット魔術)である。
当初、自身に関係する神が何なのかが不明なせいで『神聖魔術』が使えずにいた椿であるが、『火属性魔術』の修行中に『神聖魔術』と結びつきが強くなる魔術を創り出せそうなことに気が付いた。本来ならあり得ない反応であるが、地球とエヴァーランド両方の『魔術因子』を併せ持つ椿だからこそ可能であったのかもしれない。
そうして俊も協力して生み出された椿のハイブリット魔術は……“バグ”だとか“チート”とかいう言葉が似合う程とんでもない魔術だったのだ。
その時たまたま側にいた音子によると、うれしさで小躍りする椿と白目をむく俊が対称的であったと語る。
それからというもの、椿のハイブリット魔術のことを俊は心の中でチート魔術と呼ぶようになった。
『激情のヒート・レイ』は簡単に言えば高威力の熱線を放つ魔術であるが、消費魔力や発動までのラグと比べると異常な攻撃力である。
俊からも威力だけでなく貫通力もシャレにならないので、使うタイミングと使い方を絶対に間違えてはならないと念を押されていた。
斜め上方向から放ったのはそのためである。
今回はガトリングが放たれる直前だったため、自分たちとパワードスーツの間にある強化ガラスをモノともせず、なおかつスピードのある魔術が必要だったのだ。
その結果……
「ワ、ワシの強化ガラスが……ワシの、ワシの……」
何やら後ろの方から初老の男性の悲しみに溢れた声がさっきからずっと聞こえてきている。正直、集中力を欠くのでやめてほしいと思う俊。
とりあえず無視することに決めた。
「……なあブラック。後ろのオッサンが……」
「無視しろファイター。気にしたら負けだ」
俊たちの会話が聞こえてきたのか、今度はすすり泣く声まで聞こえてくる。
当然無視だ!
マジでうっとおしいので、やめていただきたい!
なお、周囲の人々は椿が発動した結界の効果によって外側に追いやられている。椿を中心として徐々に広く展開していくようにしたからだ。
普通ならとっくに逃げ出している状況なのだろうが、見えない壁が展開されていることが分かり、こちらを息を飲んで見守っている。
ただし、全員が全員静かに見ているわけでもなく……
「すっご! ねえ、見た見た見た!? あんな大きなガトリングがズバアアアン! って!? 爆発もせずジュウウウッて! それでこの見えない壁? 結界? あの巫女の子がやったのかしら! 今からあのロボットみたいのと他の2人が戦うのかしら!? ほらちゃんと撮っているの!? 永久保存版よ! 未来に一生語り継がれるかもしれないのよ!? カメラの状態は最高なんでしょうね!? ねえ? ねえってば!?」
「ちょっと遠藤さん!? 肩揺らさないでください! 興奮しすぎですよ。お願いだから落ち着いて! カメラ回ってるんすから!」
子供みたいにはしゃいでいるリポーターの人がいた。
周囲の人が静かなのも、半分はやけにうるさい人がいて逆に冷静になれたからかもしれない。それぐらい大きな声でうるさかった。
「………………なあ、アレ――」
「もういいから。オレらは何も見ていない。何も聞いていない。さっさとこのデカブツを倒して帰ろう。……ていうか、早よ帰りたい」
つい数分前まで「思いっきり目立ってやろうぜ!」な勢いだった俊も、冷静にならざるを得ない――というか、うっとおしいことこの上ないリポーターから注目されて精神的に参り始めていた。
テロリストすら瞬殺(ギリギリ死んではいません)するヒーローの心を折りにいくリポーターとは一体?
そんなことを考えていると、ついにパワードスーツ――DPS:003が動き出した。俊たちを殺すために。
右腕のガトリング砲はすでにパージしており、ナイフのようなモノが飛び出した形状のアームが展開されている。
「なあブラック? 最後のおいしい所はあげるからよ、それ以外の戦闘はオレに任せてくれねえか?」
「ん? 別にいいけど……珍しいな。オマエから要望が出るなんて」
「ほらよ、オレが強くなろうとしたのはオマエに護られる立場じゃなく、隣に立って一緒に戦える立場になりたかったからよ。今の自分がどれくらい戦えるのか確認してえんだ。不謹慎かもしれねえが、いい機会だと思って……」
大悟が強くなろうと決意するようになったきっかけは『アンノウン』によって狂暴化した河童と俊の戦いの時だ。
その時の自分は後ろで護ってもらうことしかできなかった。
初めて実戦を経験したのはゴミの化け物との戦いだが、あれは3人での戦いであったし、自分は特別活躍したわけでもなかった。
それから2年以上が経ち、修行の中で強くなったことを実感し、自分1人でどこまで戦えるのかが気になってきたのだ。
「ブラックが相手にしようとしている『アンノウン』はもっと厄介で強いんだろ? だったら、こんな奴に手こずるようじゃオマエの隣で一緒に戦うなんて夢のまた夢だ。だから……やらせてくれ」
仮面越しでも分かる真剣な表情。それに俊は――
「そっか。……じゃ、行って来い。最後の必殺技を決める瞬間だけ貰うから、それ以外では圧倒しろ」
「……おう!」
言ったか言わないかのタイミングでDPSに向かっていく大悟。
向こうも大悟が本気でDPSを相手に戦うと分かったのだろう。左のアームをガションガションと見せつけるように動かす。
少し前まで協力者だった者にしたように、アームで掴んでコンクリートの地面に叩きつけるつもりであった。
DPS:003は唯一の欠点として機動力の低さがあげられるが、動きが遅いのは足だけであり、アームの動きはむしろ早い方だった。
大悟に向かって伸ばされたアームの速さも大人が本気で殴りつけようとする速さと遜色がない。
だが、大悟は武術家の両親を持つサラブレッド。
「お? 意外と遅いな」
なので楽々回避。
ぶっちゃけた話、母親である千秋の拳骨の方がもっとずっと早い。予備動作なく放たれる拳骨は未だに回避できた試しがないのだ!
しかし相手もバカではない。
一瞬驚いたが、すぐに右腕のアームについたナイフを大悟に向ける。
首を突き刺すルートだ。
「『フレイム・アッパー』!」
だがそれが当たる前、下側から繰り出された炎を纏った拳がナイフを粉砕する。
ナイフと言っても、大型の分厚いナイフだ。刃のついていない面を殴った所で壊れるわけないが、ただでさえ『身体強化』を含めた『強化魔術』の素質がバグキャラ並みになってきた大悟が、『アクセサリー:火属性付与』で炎の力を『魔拳』に纏わせた攻撃だ。インパクトの瞬間に肘の辺りからジェット噴射のように炎が噴射したことで威力がさらに上がった攻撃を耐えられるわけがない。
「『フレイム・ナックル』!」
――バガアアアアアンッ!
ナイフを破壊した直後、距離を取られる前に追撃を掛ける。
同系統の技で今度は右のアームを破壊。
続いて左のアームも破壊しようとするが、その前にDPSの肩に備え付けられた銃口が大悟に向けられた。
――ドパパパパパパパパパパパンッ!
「うおっと、危ねえ」
連続して聞こえる銃声。
大悟は銃弾に当たる直前、バックステップで回避した。先程まで大悟がいた場所には数十個の銃痕が残されている。
そして相手は右のアームを破壊されたことで大悟を本格的に危険人物だとして、出し惜しみをしないことにした。
大悟がある程度離れる時を狙っていたのだ。
DPSの背中にあるポッドが開く。中から顔を覗かせているのは、最新式の追尾ミサイル。その数6。
それらが一気に大悟狙って発射される。
生身でミサイルに狙われるなど普通ならたまったものではないが、大悟は不敵に笑っているだけだった。
迫り来るミサイル。それを前にして大悟はただ一言呟く。
「『硬化』」
直後、着弾。そして轟音。
爆炎と煙が上がる中、周囲の反応は様々だった。
結界の外で見守っていた人々は言葉にならない悲鳴を上げる。
DPSの操縦者はあっけない幕引きにただ静かに笑う。
そして俊と椿は……呆れた顔をしていた。
「……前にしゅ――ブラックが、将来的に人間戦車になるだろうなって話してたけど……明らかに戦車の強度を越えていないかしら?」
「あー、うん。実際に見ると驚きより呆れの方が先に来るな。物理系の攻撃じゃもうまともにダメージ与えることなんてできないだろ」
俊と椿にはミサイルが直撃した大悟を心配する声が一言も出なかった。
その理由はすぐに判明する。
モウモウと立ち込める煙が晴れたその場には……全くの無傷で仁王立ちする大悟の姿があったのだから。
「「「「「え? えええええええええええええええええっ!?」」」」」
これにはさすがに周囲の人たちもビックリ!
開いた口が塞がらない! 何度も目を擦ってみ間違えではないかと再確認する人もいれば、「あの子の体、ダイヤモンドで出来てるの?」と疑う者までいる。
というか、DPSの操縦者が正にそれだった。
「けほけほ。うーん失敗しちまったな。ミサイルって直撃すると中途半端に熱いし、煙で視界も悪くなっちまう。今度からは別の方法考えねえと」
――いや、もっと他に言うことないの?
俊と椿以外、全員が思ったことだ。同時に、本当に無傷で痛がっている様子も無いことが証明された。
「よし! 他に目ぼしいことしてきそうにないし、オレも満足したから終わらせるか! おいブラックー!」
「分かってるよ。準備するから、思いっきり上に投げろ」
「おう!」
DPSに向かって走り出す大悟。
肩に装着された銃口が再び大悟に襲い掛かる。ただし。今度は牽制でも何でもなく、恐怖から乱射しているだけだ。
――こっちに来るな化け物め!
それがDPSの操縦者の頭を占めていることだった。
自分の欲望からテロリストと手を組み、人を殺すための兵器を作り出して実際に協力者だった者を殺した本物の化け物が言うとは、実に皮肉な話だ。
大悟は銃弾の雨を気にすることなく突き進む。
『硬化』を発動している状態の大悟にとっては、銃弾如きそれこそ豆鉄砲となんら変わりはない。発動していなかったとしてもBB弾で撃たれるぐらいの痛みで済んでしまったのであるが。
大悟の物理特化が留まることを知らない!
大悟とDPSとの距離、1メートル。
DPSは悪あがきにしか見えないような大雑把な動きで、左のアームで大悟を殴りかかる。だが大悟は真正面からそれを『魔拳』で破壊する。
そのまま破壊された腕部分を掴み、自分を中心に大回転。
ハンマー投げの選手のようにグルグルとDPSを力任せに回し続ける。中の操縦者はすでにグロッキー状態である。
「いっくぞー!」
掛け声と共にDPSを上に大きく投げる。
中にいる操縦士の平衡感覚はすでに正常ではない。どちらが上でどちらが下か分からないような状態である。
そんな状態の中でも見た。
自分(正確にはDPS)に向かって足を突き出した状態のもう1人の子供――俊の姿を!
魔術師であれば分かっただろう。
俊の突き出した右足にとんでもない量の魔力が集中していることに。
例えそれが分からなくても、明らかにヤバイものなのは理解できる。余剰分の魔力がバチバチと放電しているかのように足に纏わりついているのだから。
「これで終いだ」
その蹴りは不自然なほどにDPSに向かっていく。
「『ジ・エンド』!!」
――ガジャアアアアアアアアアアアアアアアンッ!
俊の蹴りがDPSの装甲に突き刺さり、その鋼鉄の外装を木っ端微塵に破壊した。
破壊された破片が降り注ぐ。
中にいた科学者の男は白目を剥いて大量の部品と共に地面に落ち、対して俊は見事な着地を決めた。
「……やっぱ必殺技と言ったらキックだよな。まあ、今回はどう見てもオーバーキルっぽいけど……」
今章も残すとこ後1話!
・DPS:000
プロトタイプ。データ収集用。
・DPS:001
武装を積むと、脚部を含めてバランスが悪かった
・DPS:002
様々な動きをする際、装甲が邪魔になってしまう箇所があった。




