第55話 VSテロリスト② 作戦開始
5月17日:感想欄でのご指摘から加筆しました。
“荒れている”という表現がピッタリだろう。
「このままでは1万人もの国民が……一体、どうすれば……!!」
ダンッ! と、力任せに机を叩く1人の男性。
近くには悲痛な面持ちの人も複数いる。
ここは政府が用意した緊急会議室。壁には『△△市 テロ事件対策議会』の文字が書かれた大紙が貼られている。
部屋には連絡手段として、異常に多くの電話機やスマホ、さらには無線機まである。だがそれだけあるというのに、どれも沈黙しているのが逆に不気味な光景だ。しばらく前まで部屋にいる全員であちこちに連絡を取り、通話している相手の声が聞きとりづらい程うるさかったのも原因である。
のどが渇いただろうとお茶と茶菓子を持って来た女性も、余りの空気の悪さに普段の笑顔を浮かべることもできず、そそくさと部屋から出て行った。
そんな状態が数十分も経った頃に沈黙を破ったのが先程、机を力任せに叩いた男性だ。よく見れば叩いた右拳は力を入れ過ぎているせいか、赤を通り越して白くなっており、握り過ぎたせいで爪が食い込んで血が滲んでいる。
「総理……」
「やはり、一旦休憩を入れましょう。このままでは、いい案も出ません。何かあれば起こしに行きますので、せめて仮眠を……」
そう。彼こそが現在の日本の総理大臣、大泉士郎である。
50代前半の年齢であるが、元々整った顔立ちだったのだろう。初老に近い年齢だというのに、そんなことを感じさせない若々しさがある。
政治家としての手腕も見事であり、総理になって1年目こそ忙しさに目が回りそうだったが、2年目に突入した今年は総理として慣れてきたこともあり、上に立つものとしての貫禄が出てきていた。各国のトップ陣からの印象も良く、政治家の不正関係を厳しく取り締まっていることから国民からの印象も良い。
……前任までが何人も総理として問題のある人物ばかりだったので、余計に株が上がっているのは本人も自覚しているところである。
だが、そんな彼はほんの1日半という時間で、数年分は老け込んだのではないか? というぐらい肉体的・精神的に疲れ果てていた。
原因は、テロリストと1万人の人質。
テロリストからの声明を聞いてからというもの、彼の頭の中には“絶望的な状況”という言葉しかなかった。
それは偶然か必然か、俊と同じ考えに至ったからだ。
そもそも政府側が各部隊を動かせない理由の1つが、テロリストが所持していると思われる武装の多さである。
1日目はとにかく情報収集を優先させた。テロリストの人数、会場の構造、そしてテロリストたちがどうやって用意周到に行動を起こせたか。
日本は銃規制はもちろん、殺傷能力の高い品の規制も厳しい国だ。
入国はまだ分かる。偽造パスポートの製造技術も呆れるレベルに達しており、予算の目途が出次第、それを見破るための最新機の導入を検討していた。
問題は銃の部品や火薬の購入ルートだったが……
(まさか、日本に協力者がいたとは。嘆かわしい)
ルートを調べる過程で日本にある、とある会社の社長の男に辿り着いた。
その男が経営していた大手金属加工会社はここ数年で経営が火の車だったらしい。残っていた数少ない従業員からも「そろそろ潰れそう」と言われていたほどだった。残っていた者たちも、単に次の就職先が決まっていないだけである。
だが、事態は思わぬ結果となった。
その社長が会社の金を使い事前に大量に仕入れた用途不明な品々と共に行方が分からなくなったのだ。ようは夜逃げである。
その半年後に今回のテロ。
馬車馬のごとく酷使させた調査員たちの調べにより、その元社長がテロリストと大きな取引をしたらしいことが分かった。
その元社長に関しては余った人材も導入して日本全国で探させている。
終身刑は確実。場合によっては死刑もありえる。
(もう後、1日も無い……! 2年目にして決断しなければならないのか? 自らの判断で、多くの国民の命をチップとした賭けを……!?)
現在まで不眠不休で各国や関係各所、さらにはテロリストにまで電話での交渉をしていたが、結果は言うまでもない。
分かっていたことだが、やはり解放するよう言われたテロリストを自国で拘束している国からの反応はよろしくない。
今回の件が終わった後、身を削る思いで支援すると約束した国などまだマシだ。中にはまともに交渉に応じてくれない国もあるのだから。
しかし、それに関してはどうこう言うつもりはない。逆の立場であれば、自分でも危険なことと理解しているからだ。無論、その場合はその国への支援を惜しまない覚悟だ。世間からの批判も甘んじて受けるつもりである。
「あの、総理、仮眠を――」
「いや、いい。どうせ寝れやしない」
時刻はすでに7時を回っていた。
季節的にも夏に近い陽気となり、今の時間になってようやく日が沈み、辺りが暗くなってきている。
下手をすれば、今日が人質の過ごす最後の夜になるかもしれないと思えば、とてもではないが寝ることなどできそうにない。
と、その時、部屋に新たな人物が入ってきた。大泉士郎にとって右腕とも呼ぶべき優秀な人物であり、藁にも縋る思いである組織と直接の交渉を担当してもらったのだ。
「!? 戻って来たか! それで、彼らは何と?」
「……申し訳ございません……」
その一言だけで理解した。
最後に望みを託した相手からの協力も得られなかったと。
本来その相手とは政府の中でも、ごく一部しか知ることを許されない。総理も含め、部屋にいるのはその一部の人間だけだ。
「理由は、やはり……?」
「はい。今回の事件はあくまでも人間同士の問題であり、気持ちは理解するが自分たちが出るのは難しい、と。付け加えれば、このような状況では自分たちの存在を世間に晒すことにも繋がり、日本だけの問題に収まらず、世界中の関係組織からの非難は避けられない、と」
「そう、か」
無茶なことは理解していた。大昔から存在し、例え世界大戦になろうとも首を縦に振らなかったのだ。そもそも彼らとはギブ&テイクの関係。いつだったか、彼らに無理を強いろうとした政治家が療養として表舞台から強制的に退場させられたことは、教訓として語り継がれている。
ならば自分がするべきことは……
「……特殊部隊に連絡を。米国から来た部隊にも協力要請を。情報規制を徹底させろ。これ以上この国で好き勝手はさせん」
「――っ!? 総理、それは……!」
「言うな。全部理解したうえでの決定だ。このまま手をこまねいても、どういう判断をしようと、私の政治家人生は今回の件で落ちる所まで落ちる。ならば、今できる最善をするしかないだろう。……責任は取る」
ただでさえ分の悪い賭けになることは十分理解している。
だが、今から動かなければ、やるにしても間に合わない。
(特殊部隊の連中とは以前顔を合わせたが、皆正義感の強い者たちばかりだった。おそらく急な命令でも動けるようすでに待機しているだろう。一体何人の命が犠牲になるか、救えるのかは私でも予想できん。まだ死ぬわけにはいかないが、数千人の恨みつらみを背負って地獄に落ちる覚悟はできている)
後は犠牲になった人質の遺族に対する補償をどれだけ予算からひねり出せるかだが……意地でも大金を用意するつもりだ。
周りの者たちにそれぞれ指示を出し、これからのことについても今から纏めようと席から立ち上がった瞬間だった。
――リリリリリリリリリリリリリリッ!
1本の電話が鳴り響く。
大泉士郎の記憶通りなら、テロリストが占拠する会場が見える位置で交通規制と同時に人質の親族たちの対応を任せている自衛隊専用からのものだ。
近くにいた男性が受話器をとり話を聞いていくが、受け答えしつつその顔が百面相しだして、最終的に素っ頓狂な声を出すことになった。
「そ、そそそそそ総理!? 至急確認しなければならないことが!?」
「ど、どうした?」
今まで見たことがないような男性の慌てぶりに、周りも困惑する。
「いえ、実はですね――」
男性の口から出た言葉に、大泉士郎は総理に就任してからどころか、生まれてからの長い人生の中でもしたことがないほど口をあんぐりさせた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
時間は少し遡る。
テロリストに占拠されたイベント会場の近くには警戒に当たる自衛隊と報道陣、人質となっている人たちの家族・友人の姿があった。
場所はイベント会場が良く見える大通り。「KEEP OUT」の文字が書かれたテープが張り巡らされたバリケードの前で自衛隊が「心配なのは分かるから、マジ大人しくして」といった表情をしながら目を光らせている。
そこそこ離れているが、堂々と立っているテロリストたちからもその姿は見えており、ジトッと何を考えているか分からない無機質な目で見ている。
見張りのテロリストは銃を所持していないとはいえ、本来なら危険だと、もっと遠くにバリケードを作って報道陣や人質の家族・友人を遠ざけたかったが、テロ発生から一夜明け、千人以上の人が不安から押し寄せてきたのだ。
曰く「会場が見える場所でないと落ち着かない」「友人にもしもがあった時、目を反らすわけにはいかない」と。
警察や自衛隊も必死で宥めたが効果は無かった。この辺は平和な日常に慣れていた分、突然のテロで混乱が大きいのもある。
警察や自衛隊を振り切って無理矢理行こうとする者まで現れ始めたので、仕方なくテロリスト側に連絡を取り、イベント会場は見えるがおかしな行動を起こされないギリギリの距離までなら近づくことを許可した。
実際テロリストとしても、まだ交渉段階の中で政府に関係ない一般人が予定を乱す行動を勝手にするよりマシ、という判断で許可していた。
もちろん政府からは当初否定的な意見を占めた。
銃の種類によっては1キロ以上離れていても届くものまであるのだ。普通に考えれば会場内にいる人とは別に千人の人質が追加されるようなものである。
しかし予想外のところで近づくことが可能になった。
人質となっている人物の親に、強化ガラスを仕事で扱っている人物がいたのだ。その人物は危なくて近づけられないという話を聞くや、自分の所からかなり大型の強化ガラス(水族館用に作っていた)を持ち出して来たのだ。
そして「これをバリケードの所にやりゃあいいだろう?」と半ば無理矢理自衛隊に押し付けた。後は各所に許可を取って、強化ガラスを簡易の方法で設置。小さいながらもテロリストが見える距離にいながら最低限の安全を確保した。
余談だが、事件後に当然のことながらこの時使用された強化ガラスが話題となり、会社がウハウハ状態になったそう。
話を戻すが、自衛隊から警察官を含む千人以上の人で溢れている場所の後方では、テレビ局の報道陣がせわしなく動いている。
人質となった人の心配をする家族・友人を邪魔するような、あるいは逆なでするような行動を起こさないことを条件に撮影と報道が許可されているのだ。
見れば数多くのカメラマンと、ベテランだけでなく新人のリポーターまでいる。本来であればこのような歴史的な事件の報道に新人など使わないであろうが……単純な話、テロリストが大勢いる場所へ行きたいと思う人が圧倒的に少なく、結局それぞれの局で動かせる人材の中から度胸がある人ばかりがこの場に集まったのだ。
普段は世界の秘境だろうがどこだろうが「行け」の一言で送り出している責任者も、テロリストの怖さは分かるので強制することは無かった。
もちろんボーナスは弾む予定である。
そんな度胸のあるリポーターの1人、茶髪のボブカットで緊張した様子の新人、遠藤春奈はカメラを前に中継をしていた。
「こちらは現場の遠藤です。日も沈み出し、もう間もなくテロ発生から2日目の夜を迎えようとしています。御覧のようにテロリストと人質がいる会場付近には多くの親族、友人・知人が集まっている状況です。テロリストたちが提示した期限まで後1日を過ぎましたが、政府からは未だ何も発表がありません」
カメラは不安そうに会場を見つめる人々を映す。これが普通の事故・事件であれば、集まっている人々にインタビューでもするのであろうが、新人リポーターである彼女としてもそんな恥知らずなマネはしたくなかったし、周囲にいる警察が目を光らせているので、上からの指示があったとしてもやらないで済んでいる。
……というよりも、実際にそれをやって警察からボロカスのように非難されながら追い出されたテレビ局をつい先程見ている。
(全く。テレビ局に所属していても、破ったらダメなマナーぐらいあるでしょうに。新人の私だってそれぐらい理解して――?)
他の局のマナーの悪さにうんざりしながら暗くなっていく空を見上げた遠藤春奈は、急にその動きを止めて目をパチクリさせた。
そんな彼女の姿に違和感を覚えた相棒のカメラマン(入社2年目)は、カメラを降ろしていつまでも動かない遠藤春奈に声を掛ける。
「どうかしたんですか遠藤さん? そんなアホみたいな表情して。他の局のカメラは回っているんですから映されちゃいますよ?」
「――!? だ、誰がアホっぽいですか! 余計なお世話です! ……いえですね? 気のせいか空を何か大きいものが横切ったように見えて」
「はい?」
空を大きい何かが横切った? と、カメラマンは再びカメラを構えて空を見上げるが、そこには暗くなった空しか映し出されていなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
テロリストに占拠されたイベント会場はドーム状であるが、外側全てがそうというわけではない。何ヶ所かは一般的なビルの屋上のように、平らな面が広がっている場所もある。テロリストも逃走用のヘリを要求する際、その中の1番広い場所に降ろすよう要求している。
そんな平らな面がある場所の中でも1番狭い場所。一見何もないように見えるが、そこには高度なステルス能力を持つ従魔とその中に5人の子供の姿がある。
そう、俊たち『マギア・クインテット』の姿が。
「いいか? 菜々美――じゃなかった。テイマーがブタバスを『送還』する直前に『ステルス』の魔術を発動して会場の中に侵入するぞ。燃費が悪すぎる魔術だから、中に入ったらすぐに解け。『気配感知』と『悪意感知』の魔術は常に発動していればテロリストがどこにいるのか分かるはずだから、作戦が成功するまで絶対に見つかるなよ? 返事は? 特にテイマー!」
「「「はーい!」」」
「ふぁ、ふぁ~い……」
大悟・音子・椿と元気よく返事する中、菜々美だけは若干覇気の無い――正確には微妙にダメージが残っていて元気が出ない状態だった。
原因は至ってシンプル。
俊からアババの刑を執行されたからである。
俊は早く寝て身体を休めろと事前に言っていたというのに、遠足を明日に控えた子供のように目がさえて眠れなかったとか。
当然5人が集合する際も、1人だけ寝ぼけている状態。
なので俊は菜々美の背中をそっとさする――ふりをして、割と強めの雷属性魔術『雷伝』を容赦なく流した。
寝ぼけている状態で突如流れた高威力の電流に「アババババババババッ!?」と奇怪な声を上げることになった菜々美。
眠気など時空の彼方に吹っ飛んだ!
身体からプスプス煙が出ていたが、みんなサクッと無視だ!
電極の刺されたカエルのようにピクピクしている!
なお、菜々美に使用した威力の『雷伝』は一般人に使うとシャレにならない。普通であれば気絶する。
修行の成果で魔術に対する耐性が強化されているから、ギャグ漫画のような展開で済んでいるのだ。
「じゃ、改めて…………作戦開始」
準レギュラーが新たに登場!




