第53話 平和な国、日本は何処へ?
俊たちが4年生になってから2ヶ月近くが経った。
ヒーロー活動もこの頃になってくると慣れてきたもので、最初に感じていた精神的な疲れも感じなくなってきた。
そんなある土曜日の朝。俊はテレビの特集を陽子・優香・直樹そして珍しく家にいる父である真一とともに、ニュースの特集を朝食を食べながら見ていた。
ニュースの内容。それは――
『――では次のニュースです。最近、神奈川県○○市で謎の子供たちが、軽犯罪から重犯罪を犯す者まで事が大ごとになる前に駆けつけて解決し、捕まえるという出来事が多発しております。一体、彼らは何者なのでしょうか?』
そう俊たち、『マギア・クインテット』の話題だ。
活動開始から1ヶ月もするとネットに目撃者や助けられた人が書き込みをし、『マギア・クインテット』の名前が広まった。
もちろん公的な宣伝をしているわけでもなく、犯罪者を捕まえた際の状況がありえない妄想だとして最初はまともに取り上げられなかった。
ようは信憑性の無い都市伝説みたいな扱いだ。
しかし、最近は世間でも「本当にいるんじゃ?」と思われている。
切っ掛けの1つが、ちょっと有名な人物を偶然助けた件である。
とある活動の帰りに菜々美が何かに反応したので寄り道した所、崖から転落したのか大怪我を負った男性と、その側で悲痛な鳴き声を上げる子猫がいたのだ。
どうやら距離が離れていたというのに、子猫の鳴き声に反応したそうだ。後で菜々美に聞いたところ「大丈夫?」という誰かを心配するニュアンスが伝わったらしい。
男性は意識だけはかろうじてあったので、急いで中級の回復薬を飲ませた。
すると、みるみるうちに傷が癒えていく。さすがに全快とまではいかなかったが、動けるまでに回復して驚愕の表情をする男性。
話を聞くと、コンビニからの帰り道にガードレールが切れてギリギリ崖となっている所から落ちそうになっている子猫がいたので、助けようとしたところ、老朽化が原因かは不明だが支えにしていたコンクリート部分がボロッと崩れ、子猫と一緒に落ちてしまったそう。
不幸中の幸いにも、垂直な崖ではなかったのでそのまま地面に激突することは免れたが、激しく体を打ち付けてボロボロの状態になった。
咄嗟に腕の中に抱えた子猫を護ったのも原因だが。
話を聞き終えた俊たちは、さすがにこのままにする訳にもいかず、菜々美が「身を挺して猫ちゃん助けた人を病院に~!」と主張したため、ブタバスに男性と子猫を乗せて病院の近くまで送ることとなったのである。
後日、ネットでの『マギア・クインテット』の反応を寺田から借りたパソコンで確認すると、急に自分たちのことが話題になっているのに気が付いた。
調べると、その原因はすぐに分かる。
先日助けた男性はミュージシャンであると同時に、有名な動画の投稿人でもあったのだ。つまり、動画を投稿してお小遣いを稼いでいる人だ。
その人が、自分が『マギア・クインテット』を名乗る子供たちに命を救われたこと。謎の薬品。空を飛ぶ見えないバス。様々な情報を公開したうえで、彼らが本物であること。魔術が本当にあることを宣伝したのだ。
ちなみに、男性が助けた子猫は野良猫だったらしく、そのまま飼うこととなり、投稿された動画で人気者になっている。
名前は「マギ」。菜々美もファンになった。
そして、もう1つの切っ掛けが警察にどんどん不良や犯罪者、やの付く恐い人たちまで縄で縛って送り付けた件だ。
初陣の時のように、被害者に電話して警察を呼んでもらうのを基本としているが、状況や被害者の状態によっては、直接俊たち『マギア・クインテット』が近くの交番や警察署に届けたりするのだ。
特に初めての時が印象的だったのだろう。
近くの警察署に犯罪者一行を縄で縛った状態で引きずりながら来たのだが……その犯罪者たちが全員マンガのように黒焦げだった。
原因は椿と俊が逃げようとする犯罪者たちを、それぞれ炎と雷の新魔術を使って爆破&アバババさせたから。
さて、ここで警察側の視点で考えてみよう。
ある日、警察署内でいつものように働いていたらコスプレ姿の5人の子供がマンガ風真っ黒こげ状態の大人(顔は不明)を引きずってやってきた。
――ちょっと奥に来てもらおうか……
それが最初に言われた言葉だった。
事情を説明しているのに聞き耳持たない警察ども(激しく混乱中)から逃げるため、さっさと回れ右する5人。
一気に走り出す! シャッターが下りて入り口を塞ぐ!
そして、流れ込んでくる警察関係者。必死に「ボクたち怪しい者ではありません!」と言えば「鏡を見ろ」と言われる始末。
警察の魔の手から逃げつつどうしよう? と頭を悩ませれば、予想外にもキレた菜々美。『召喚』したのはホルスタイン牛(乳を搾る白黒の牛)! つぶらな瞳がチャームポイント。突如現れた牛に警察が困惑。
そんなホルスタイン牛、「モ~」とカワイらしく鳴いたと思えば、一気に加速! シャッターごと入り口を吹き飛ばしてしまいました。
大穴が空いて、風通しが非常によくなった。
なぜ菜々美が闘牛ではなく、ホルスタイン牛を選んだかは謎だ。
受付の女性が悲鳴を上げる。
俊は悲鳴すら出ず、ムンクの叫びみたいになる。
――被害総額いくらになるんだ!?
真剣に弁償すべきか考えたが、結論として全部警察の人が悪いということにした。だって現実的な問題で払えないんだもん!
しかたなく破壊された入り口から5人は脱出。ホルスタイン牛には入り口付近で警察に「モ~!」とカワイらしく威嚇してもらう。
警察関係者は後を追いたくても、できるわけない。
目の前で見せられた破壊力を見れば何もできない!
そんなことがあったものだから、翌日の地元の新聞ではそのことが面白おかしく書かれることに。最悪のファーストコンタクトである。
その場に残された犯罪者たちは、変に自分たちがしたことを誤魔化そうとした為、逆に関係を疑われ壊れた入り口の請求書をプレゼントされた。
菜々美は俊から拳骨がプレゼントされた。
そして、初っ端の大失敗を繰り返さないように気を付けつつ、何度も犯罪者を引き渡す。そうすると、犯罪の度合いによっては新聞やニュースにも取り上げられ、“どのように犯人が捕まったのか?”という話になる。
下手にウソをついてもすぐにバレるうえ、後になってウソだと分かると、必要以上にマスコミに叩かれてしまう。なので正直に「謎のコスプレをした子供たちが引きずって来た」と言うしかない。例え、記者から白い目で見られようとも。
そんなことがあったものだから、日夜スクープを探しているマスコミが食いついてきた。それが現在、俊たちが見ているものである。
俊が把握している限りだと、『マギア・クインテット』がテレビで取り上げられるのは今回が初めてではなかろうか?
俊はできるだけ表情を変えないよう気を付けつつ、朝のニュース番組特有のお笑い芸人や芸能人も交えた議論を聞く。
とはいえ、
『現実的に考えてありえないでしょう。魔術? を使う子供がヒーローとして○○市で活動するなんて。しかも背丈からまだ小学生という話ですし』
『しかしですね、実際に助けられたという人が何人もいるわけですよ? 1人、2人ならばともかく、この2ヶ月近くで20人以上いるんです。頭から否定することはできないでしょう。警察の方でも証言があります』
『えーと、確か5人の子供はそれぞれ、マギア・ブラック、ファイター、テイマー、ニャンコ、ソーサラーと名乗っており、服装から男の子2人に女の子3人ということでしたね。助けられた人やお縄についた人が誰だと聞けば、カッコよく答えると……。背後に爆発の演出をする時もあるほどノリもいいとか……』
『トリックに決まっていますよ』
『そもそも、あまりに突然すぎる』
『だが――』
『しかし――』
こんな状態だ。仕方ないと言えば仕方ない。そもそも情報がほとんど無いのだ。俊たちも聞かれたことは大体答えているが、1から10まで全部を言うわけでもなく、聞かれていない事までベラベラと喋るわけでもない。
俊たち5人の共通目的は『アンノウン』による攻撃が本格化する前に、世間に魔術の存在を認めさせ、行動しやすくすることだ。
しかし、何事にも段階というものがある。
焦って段階を飛ばしても、良いことなど1つも無い。
テレビで紹介されたということは、これから加速度的に『マギア・クインテット』のことが広まる。
そして世間が魔術のことを認め出したら、次の段階だ。
今のところ何をするか、ほとんど決まっていないが……
(魔術の否定派がいるのは予想通り。意外と肯定派がいるのは予想外だな。まあ、どこまで本気は分からないけど……。しっかし、もう前世の記憶を思い出して7年近くが経ったんだよなー。当時はこんなことするなんて思いもしなかった)
そもそも『河童事件』と『ゴミの化け物事件』で『アンノウン』の存在を認識したからこのようなことをしているが、本当に平和な日常のままであれば、今の自分はどうなっていただろうか? 普通の小学生として生活していたのだろうか?
(……やめよう考えるのは。大悟と菜々美はともかく、『アンノウン』とのアレコレが無ければ音子と椿の2人と友人になれたかどうか怪しい)
河童に襲われたのを切っ掛けとして、魔術の修行をするようになったから音子と仲良くなれた。ゴミの化け物との一件が無ければ、椿と友人になることもできず、椿の心を救うことはできなかっただろう。
もし、自分が2つの事件を事前に知っていたとして、4人を危険な目に合わせないように行動できるか? と問えば、答えに窮する。
“もしも”を考えても、意味は無いのだ。変に考えすぎてしまえば、逆に4人に対して失礼だろう。少なくとも俊は、大悟・菜々美・音子・椿と出会えて、友人になれて、本当に良かったと思っている。
(にしても、こうしてニュースキャスターの口からマジメに『ニャンコ』って言葉を聞かされて再度思ったけど、音子の奴、もう少しマシなネーミングは無かったのかなー? 男の人が『ニャンコ』って言うの、かなり恥ずかしいだろうに……)
実は初陣を終えて初めて分かったのだが、お互いの名前を呼べないのはかなり面倒だった。本名をついうっかりで言わないよう神経も使う。
なので翌日には緊急会議を行い、『マギア・クインテット』としての呼び名を急遽決まることとなった。
その結果、俊はブラック、大悟はファイター、菜々美はテイマー、音子はニャンコ、椿はソーサラーとそれぞれ呼ぶことに決定した。
したのだが……
(何でオレだけカラー系にしちゃったんだろ……?)
後で自分の呼び名について後悔した俊。
日曜のヒーローでも必ずいるか怪しい立ち位置のブラック。夜だと背景の中に消えそうなブラック。これからもずっとブラック。
俊は考えるのを放棄した。
(まあヒーロー活動以外は、比較的日本が平和なお陰で日常生活で神経を使う必要が無いのはいいな。こうやって平和に家族と朝食を共にできる)
生まれた国によっては毎日が大変だったろうと、改めて日本に生まれたことを幸運に思う俊。
(平和で安心の国、日本万歳!)
しかし、その1週間後のお昼過ぎ。昼間のバラエティー番組を家族で見ていたところ、番組を中断して緊急放送が流れた。
『速報です! 神奈川県△△市のイベント会場をテロリストが占拠! 1万人以上の一般人が人質になりました!!』
………………
「……平和な国、日本。本日終了、か……」
どうやら“平和な国、日本”という概念は、家出したらしい。
主人公たちが住んでいる県は、後々の展開やそれ以外の要素から神奈川県になりましたが、舞台となっている市は現実には存在しない架空のものです。
Q.なぜにホルスタイン?
菜々美「だって、そのほうがカワイイんだも~ん」
平和な日本「探さないでください( ;∀;)」




